第七幕 36 『武神杯〜準決勝 ステゴロ』
「オラオラオラぁーーっっ!!!」
「くっ!!」
ラウルさんのギアが徐々に上がってきて、怒濤のラッシュが私に襲いかかる。
躱し、いなし、弾き、合間で何とか反撃するが単発ではどうにもならない。
「うらぁーーっ!!」
渾身の右ストレート!!
私はそれを躱しざま、腕を折りたたむように薙刀を身体に引き寄せながら回転させてカウンターで斬り上げる!!
以前ディザール様にはあっさり躱されたが、今度はどうだ!?
「うお!?危ねえ!!」
既のところで躱されてしまう。
惜しかったけど、これで少し距離を取ることができた。
ここでお互いに一旦呼吸を整える。
紙一重の攻防にいつの間にか息が上がっていたみたいだ。
じっとりと汗ばんでもいる。
思ったよりも体力を消耗している。
一方のラウルさんはと言うと、私と同じように呼吸を整えてはいるが、まだまだ余裕がありそうだ。
やはりこの距離は向こうに分がある。
このまま付き合っていても体力の差で何れは均衡を破られてしまうだろう。
それに…どんなに間合いを取ろうとしても容易に懐に飛び込まれてしまう。
長柄武器の利点を活かせない以上、このまま戦っていては不利になる一方だ。
印の常駐化を使えば何とかなるのかも知れないけど、あれは反則技みたいなものだしなぁ…
できれば自分の本来の力だけで戦いたい。
…ここは覚悟を決めるべきか。
「ふぅ…そんな長柄武器でよくもまぁこの距離で俺の攻撃を捌けるもんだ……だが、いよいよジリ貧になってきてるみてえだな?」
「……確かに、このままでは押し切られてしまいそうですね」
「くくっ…だが、これで終わりじゃねえんだろ?そう言う目をしてるぜ」
それはもう…負けるつもりは微塵も無いからね。
よし!
覚悟は決まった。
『あっと!?カティア選手…武器を地面に突き刺して手放しました!!…これはいったい?』
『…腹ぁくくったな』
『どういう事でしょうか?』
『相手の土俵に立って戦うってことさ。つまり、格闘戦を挑むつもりなんだろ』
『た、確かに昨日のインタビューでも仰ってましたが…』
『長柄武器は懐に飛び込まれると弱いからな。それでもあんだけ捌いてたのが尋常じゃねえんだが…流石にそれも限界らしいな。さて…俺もアイツの格闘スキルがどれほどのもんかはあまり知らねえんだが…お手並み拝見だな』
スキル的には[格闘8]だね。
剣術、長刀術と同じレベルではある。
多分ラウルさんもスキルレベル的には同じくらいじゃないだろうか。
だが、技の系統は少し異なると思う。
ラウルさんは、武器破壊や武器略奪なんかの搦手もあるが、これまで見てきたところで攻撃に関してはパワー重視の『剛』の技がメインだろう。
一方の私の技…【俺】が習っていた古流の技は『柔』の技がやや多い。
『剛能く柔を断つ』のか、『柔能く剛を制す』のか。
あるいは『剛』同士の力と力の激突か。
何れにしても、これまで以上の激戦になるだろう。
「ふ…ふふ…ふははははっ!!面白え!!本当に面白えぜ、姫さんよ!!この俺と格闘戦をやろうってヤツがいるとはな!!」
「さっきも見せたでしょ?」
「いや、さっきは武器と併用だっただろ?まさか完全に素手格闘を挑まれるとは思わなかったぞ」
「出来ればあのまま行きたかったんですけどね……でも、こうでもしないと噛み合わない」
「確かにな。じゃあ…やるか!!」
「ええ…!」
さあ、ここから第2ラウンドの開始だ!!
弾丸のように飛び出したラウルさんを迎え撃つ。
『柔』の技は受け身の技が多い。
後の先と言うべきか…相手の攻撃を躱して隙を突くとか、相手の力を利用するとか、先ずは相手の攻撃があってこそだ。
私の顔面に向かってくる拳を、円を描いた手で、ふわっ、と柔らかく受け止めるように反らす。
そのまま円の動きの流れで身体を回転させてもう片方の手で掌底を叩き込もうとするが、それはラウルさんの腕に阻まれる。
続いて鳩尾を狙って放たれた膝蹴りを、威力が乗る前に手で抑えて、私は震脚で一歩踏み込みながら肩から体当たりする!
ドンッ!
「ハァッ!!!」
ガッ!
肩と肩がぶつかり鈍い音がする。
ラウルさんも腰を落とし、迎え撃つ体勢になって耐えた。
肩が当たった瞬間に私は既に次の流れに入る。
押し込まれそうになる肩を、身体を反転させていなす。
そのまま、くるっ、と回転しながら相手の背後に回り込み、後頭部を狙って回し蹴りを放つ!!
しかし、ラウルさんは体当たりの勢いのまま前方に飛び込むように転がってこれを避けた。
同じような攻防が幾度となく繰り返される。
圧倒的なパワーとスピードで繰り出されるラウルさんの攻撃を、私は最小限の動きと力でそのベクトルを反らすように立ち回り、反撃主体で戦う。
今のところお互いにクリーンヒットは無いが…かなり神経を削られる。
何度か死角からの攻撃を放つものの、恐ろしいほどの勘で躱されてしまう。
この状況を打破するに何かもう一手欲しいところだが…
何度目かの攻防を経て、一旦距離が開く。
これまで幾度となく繰り返されたようにラウルさんが突っ込んでくる、と思いきや…その途中、かなり手前で急制動をかけた?
そこから何を…?
「覇ッ!!」
「!?」
ブォッ!!
直感に従って躱した私の顔のすぐ横を何かが通りぬけ、その衝撃で髪が揺れる。
これは…『氣』か!!
私が回避する隙にラウルさんは一気に間合い詰め、私の目前で大きく足を振り上げて踵を落としてくる!!
「うるぁっ!!」
ガッ!
何とか直前で迎撃体勢をとり、腕を交差させて受けとめるが…!
重いっ!!
「ちっ!!」
押し潰されそうなほど重い踵落としを何とか押し返しながら、軸足を引っ掛けて転倒を狙う!
するとラウルさんは蹴り足に更に力を込めて跳躍し、くるっ、と宙返りしながら私の背後に回り込みつつ背中に蹴りを入れようとする!
そうはさせじと踵落としを受け止めていた腕を、ブンッ!と、後方に投げ飛ばすように大きく振り上げる。
私の背後で着地したラウルさんが、すかさず迫ってくる気配を感じる…
そこに向かって後ろ回し蹴りを放つが、それは虚しく空を切った。
いない!?
気配はあったのに!
…そっちか!!
どうやらまたもや『氣』を使って、今度は気配を偽装したらしい。
すぐさま気配を探ってそれを察知したとき、ラウルさんは既に死角に回り込み、拳を振るうところだった!
「もらった!!」
もらってないっ!!
「[炎弾]!!!」
私は咄嗟に魔法を放つ!
発動速度最優先で威力も狙いも甘々だが、緊急回避には十分だ!
「うおっ!?」
幸いにもラウルさんの顔面に直撃するコースで放たれたのが功を奏した。
回避を優先したので攻撃をキャンセルせざるを得なかったのだ。
やっぱり…
魔法が効かないと言っても、タイミングによっては有効だ。
格闘戦は互角…いや、ややラウルさんの方が優勢と感じる。
彼を打破するにはもう一手が必要だ。
今みたいに意表を突かなければ、勘の良いラウルさんはまともに攻撃をくらってはくれないだろう。
それにはやはり魔法か、あるいは…
私は再び今後の戦闘プランの練り直しを迫られるのだった。




