第七幕 6 『月の光』
私達を襲った暗殺者の一人が突然黒い靄を纏った…と思ったら黒い靄は再び身体の中に吸収されて、ソイツは苦しそうなうめき声を上げる。
「うう…うぐぐぐっ……」
ボコッ!ボコッ!と身体の各所が不気味に蠢いて盛り上がり始める。
その肌は吸収した闇に染まったが如く、漆黒に変容していた。
余りにも異様な光景に皆が呆気にとられ…
…はっ!?
何をぼーっと黙って見てるの!?
今のうちに倒さないとマズイ気がする!!
「お客様を会場の外に誘導して!早く!!」
そう叫びながらも私は印を発動するために集中する。
戦闘に備えて邪魔なドレスの裾は膝までたくし上げて腰のところで縛っておく。
はしたないとか恥ずかしいとか言ってる場合じゃない!
意識を集中した私は[絶唱]を発動しつつ『禍祓の神祇歌』を歌い始める!
「避難誘導する者以外で戦える者はカティアが印を発動するまで時間稼ぎをしろ!!相手は邪神の眷属だ!迂闊に手を出さずに護りに徹するんだ!!あと、誰か俺に剣をよこせ!!」
父様も騎士たちに指示を飛ばす。
…剣をよこせって、父様も戦う気満々だよ。
私と父様の指示に、あまりの展開に呆けていた者たちも我に返って己の役目を果たすべく動き出す。
ある者は招待客を逃がすべく避難誘導を、ある者は異様な変貌を遂げようとしている元暗殺者を取り囲んで臨戦態勢となる。
その間もボコッ!ボコッ!と異様な音を立てて肥大化を続けている…!
「はあーーっ!!」
ビュッ!!
グニュンッ!
様子を窺っていた騎士の一人が果敢に剣を振るうが…まるでゴムのように柔軟に受け止めて、全くダメージを与えていない様に見える。
「くっ!?ダメだ!効いてない!!」
「まだだ!!迂闊に手を出すんじゃない!!」
「カティア様の印が発動すれば動きを封じて攻撃も通るようになりますわ!それまで護りに徹するのです!!」
テオが再度注意を促し、ルシェーラも指示を出しながら戦列に加わる。
テオは聖剣、ルシェーラも神聖槍戦斧を構える。
二人ともいつの間に…常在戦場の心構えだね。
さらに、閣下や父様も騎士から剣を受け取って戦列に加わった…って、あなた達護られる側でしょうが。
『うごぉるぅああああーーーっっっ!!!』
そしてついに…元暗殺者は横も縦も元のサイズの何倍にも及ぶ見上げるほどの巨体となる。
辛うじて人型を保っているものの、肥大化によってとうに服は破れ去り…ただの黒い肉塊とでも言うべきものに変貌していた。
そして…肉塊からいくつもの触手が伸びて騎士たちに攻撃を始めた!!
ビュンッ!
ブォン!
ビシュッ!
槍のように、鞭のように、剣のように…鈍重そうな本体とは裏腹にその触手の攻撃はかなり鋭い!
だが、騎士たちも流石の精鋭揃いだ。
意表を突かれながらも直撃を受けた者はいない。
しかし…!
「ぐっ…!?」
少し攻撃が掠めた何人かが膝をついた。
「か、掠るだけでもヤバいぞ!!避けるならギリギリじゃなくキッチリ避けろ!!」
膝をつきながらも声を振り絞って、無事だった他の騎士たちに警告する。
おそらくは、あの触手の攻撃は『闇』と同じなんだろう。
掠っただけでも生命力を奪われるんだ!
「攻撃をくらったものは無理しないで下がれ!!とにかく防御に徹して時間稼ぎしろ!!」
「[[守護聖壁]]!!」
!
レティの結界魔法!!
あの子も逃げてないの!?
でも、頼もしいよ!
「たしか、一息に身体を滅するのはNGなんだっけ…全く面倒な。とにかく魔法支援は任せて!!」
よし!
印、発動するよ!!
歌が終わると同時に印が発動、身体から溢れた星光の奔流が黒い肉塊に向かっていく!
そして巨大な肉塊を光の結界に閉じ込めた!
よし、これで動きを封じて……!?
光の結界に閉じ込められているはずなのに、触手の攻撃が衰えない!?
肉体が健在だと直ちに闇を滅することはできないけど、今までのケースでは動きを封じることは出来ていたはず…
だけど、アイツはまるで影響を受けていない…?
「くっ!ダメ!!効いてない!!」
「エメリール様の印が効かない…?コイツは異界の魂ではないのか!?」
「ならば、神聖武器の攻撃ならどうです!!」
ルシェーラが無数の触手の攻撃をかいくぐって、本体に神聖槍戦斧を叩き込む!!
『うぐぉおおーーーっ!!!!』
「でりゃあああーーーっ!!!」
続けざまにテオが聖剣で斬りつけると、大きく肉塊をえぐり取った!!
「よしっ!神聖武器は効くぞ!!闇も漏れ出してこないようだ!!」
じゃあ、私もディザール様の印で…って!?
「ああっ!?こんな時に剣がないよっ!!」
ルシェーラとテオの攻撃はかなり有効だったみたいだけど、いかんせんあの巨体だ。
ゆっくりとだけど再生も始めている…
今はとにかく手数が欲しいのに…!
「[[虚空滅却]]!!」
と、そこにレティの最強の攻撃魔法が撃ち込まれた!!
だが……
「なっ!?」
本体に直撃する前に大きく威力が削がれて、辛うじて着弾はしたものの、それはごく僅かに肉を削いだだけに留まった。
しかも、神聖武器で付けた傷よりも再生が早い!
「うぇ〜……魔力そのものを減衰させる結界でも張ってるみたい。こりゃ私は役に立たないね…しょうがないから支援に徹するよ。ごめんね〜」
「ああ、もう…剣があれば印が発動出来るのに…!」
今、騎士たちも防御で手一杯で剣を借りる余裕もない。
すると、まだ避難せずに私の後ろに留まっていたステラが話しかけてきた。
「カティア、剣は私がなんとかします」
「え?」
「月女神パティエット様の眷属たる私、ステラが希う。夜を照らす月の光よ、現と夢を分かつ扉を開け放て。現し世は夢幻のごとく、夢は現の如く…幻想結界」
ステラが凛として祝詞のような言葉を紡ぐと…
月の光のような淡い光が彼女の身を包み、その額には光り輝く印が現れる。
これが、パティエット様の印か…!
彼女を包んでいた光は漣のように広がって会場中を照らし出す。
「幻想奇譚・夜刀」
続けて彼女が言葉を紡ぐと、その手にはいつの間にか一振りの剣が現れていた。
いや…まるで三日月のように反り返った刀身は、剣と言うよりは『刀』だ。
「カティア、これを使ってください」
「う、うん…」
私はステラから渡された刀を構え、再び意識を集中させる。
すると、私の身体から青い光が溢れだしディザール様の印が発動する。
そして、青い光は刀に集まって輝きを増す。
「ありがとう、ステラ!これで私も攻撃に参加出来るよ!!」
ステラにお礼を言いつつ、テオとルシェーラのもとに駆け出そうとすると…
「お待ちください、供の者を呼び出しましょう…幻想奇譚・朧妖」
すると…
オォーーン!!
すーっとステラの影から銀色の毛並みの巨大な狼が現れて遠吠えする。
「さあ、カティアを護って、魔を滅しなさい」
ワオンッ!
彼女に命じられて、まるで『任せろ!』と言わんばかりに返事をする銀狼。
…可愛い。
「では私も…幻想奇譚・夢想弓」
今度は彼女の手に美しい装飾が施された銀色の長弓が現れた。
「これでも弓の扱いには自信がありますので、後方支援はお任せください」
おお…何だか凛々しくてカッコいいぞ!
私達に挨拶してきたときとはまるで別人のようだよ。
「うん、分かった!じゃあ後方支援お願いね!行くよ、ポチ!!」
ワウッ!!
私と銀狼は矢のように飛び出して前線に向った!
「………ポチ?」
彼女の困惑したようなその呟きは、私の耳に届くことはなかった。




