第六幕 25 『反撃の狼煙』
「オズマ、あんた囮になりなさい」
「囮?」
「そう。逆スパイと言ってもいいかな?」
「…なるほど。暗殺に成功したふりをしろ、って事か」
「そゆこと。坑道の中までは入って来てないみたいだけど、たぶん監視がいるんでしょ?」
「ああ。気配に鋭い奴がいるって話をしてるからな。あまり近付けないんだろ」
「ケイトリン、[探知]を使ったの?」
以前もいつ使ったのか分からないくらいだったので、今回もそうだと思ったのだ。
「ええ。巧みに気配を断ってるようでしたけど…[探知]を誤魔化せるほどのヤツではなさそうです」
[探知]の魔力走査を誤魔化すには周囲の魔力状況を的確に把握して自分の魔力をそれに同調させるとか…離れ業が必要になってくる。
そんな手練がいるならそもそもソイツが刺客になった方が手っ取り早いだろう。
「でも、なんでオズマさんが刺客に選ばれたんだろ?」
「推測ですけど。先ず第一に…本来無関係なやつを刺客に仕立てることで、黒幕まで辿り着くのが困難になる。第二に…元騎士の冒険者だから腕が立つ上、比較的自由に動ける。第三に…守るべき肉親がいるから、そこを押さえれば言う事を聞かせやすい。ざっと挙げてもこれだけの理由が考えられますね。ああ、あとは元騎士だから護衛の警戒を弛められるかも、というのもあるかも知れません。結局それは裏目に出たのですが」
ケイトリンは立て板に水の如くスラスラと推論を述べる。
なるほど、彼女の推論は的を射ていると思う。
オズマさんはまさに適任だったというわけだ。
だが、こうやって逆に取り込まれるリスクもあったという事だ。
それに…襲撃場所を鉱山なんかにしたものだから、こうやって密談されていることも誤算だろう。
「それで…これからどうしようか。オズマさんには先にここから出てもらって私達から監視の目を外してもらわないとだよね」
「そうですね…オズマ、当初の計画ではどうなってたの?」
「もし暗殺に成功していたのなら…意図的に落盤を起こして事故に見せかける筈だった」
「ああ…だから鉱山なのか。事故に見せかけるなら自然だものね」
「じゃあ、落盤は予定通り起こして…私達はしばらく隠れておくって事だね。あ、なんなら私の髪の一房でも持ってく?私の髪って特徴的な色だし、その方が信憑性も増すでしょう?」
「…良いのか?」
「構いませんよ。髪の一房くらい別に…それでリスクが減るなら。何なら魔物の血でも付着させてそれっぽくするのも良いかも。でも、問題はその後なんだけど。先ずは妹さんをどうにかして救出しないとだよねぇ?」
どこに囚われているのかを突き止めて、なおかつ身の安全を確保しながら救出しなければならない。
それは困難を極めるだろうが、必ず成し遂げなければならない事だ。
「…それなんですけど。昨日、オズマの妹が行方不明だと言うのが分かった時点で私の調査状況はリュシアン様に引き継いでるんです。そう言うのは地道な聞き込みとか、人手が要りますからね。もしかしたら何か進展があるかも…。カティア様、ルシェーラ様に連絡が取れませんか?例の通信の魔道具で」
「ルシェーラ?ああ、リュシアンさんと一緒にいるのか」
「はい。昨日のうちにお願いしておきました。折を見て連絡すると」
ほんと、手際が良いというか…抜け目がないと言うか。
ケイトリンの優秀さが留まることを知らないね。
「じゃあ、連絡してみるね。…繋がるかな?」
鞄から魔道具を取り出して起動させる。
使う場所の魔力状態に左右されるので、まだ繋がるかどうかは分からない。
プルル…プルル…
『はい、ルシェーラですわ。カティアさんご無事ですの?』
お、どうやら問題なく繋がるみたいだね。
「ルシェーラこんにちは、私は大丈夫だよ。リュシアンさんは一緒?」
『はい、今はリュシアン様の執務室ですわ。え〜と、スピーカーモード?にしますわ…確かここをこうして…』
あ、こっちもスピーカーにしようか。
因みに…結構深部まで来てるから大丈夫だとは思うけど、念の為防音の結界も張ってるので外まで会話が漏れる心配はない。
『カティア様、リュシアンです。ケイトリンはそちらに?』
「はいは〜い、あなたの可愛い手駒のケイトリンですよ〜」
『……ひとまず状況を教えてもらえますか?』
あ、取り敢えずスルーしておくことにしたらしい。
慣れてるね。
そして、ルシェーラがまた膨れてるのが目に浮かぶよ。
「はい。カティア様に対する襲撃計画については…やはりクロでした」
『…そうですか。それで、実行犯はどうしました?』
「一緒にいます。もう当人には襲撃の意思は無いと判断してます」
「もともと明確な攻撃の意思は見られませんでしたよ。彼も被害者だと思います」
私からもフォローしておく。
正直、私のせいで彼が裁かれる事は望んでいない。
甘いと言われようとも。
『そうすると…やはり?』
「ええ。妹を盾に脅されている、と。リュシアン様、調査の方はどうですか?」
『仮に誘拐されてどこかに囚われている、と仮定して調査をしましたが…結果、いくつかの候補が挙がっています』
「おお!さすが!」
『まあ、組織としての捜査能力があなた個人のそれを下回るのは情けないですからね…』
騎士団の意地を見せた、と。
頑張ったんだろうなぁ…
「それで、絞り込みは出来そうなんですか?」
『それだけでは特定まで至らないのですが…もう一つの情報と合わせればあるいは…なんですが、モーリス商会に関してはレティにも協力してもらいました。なのでレティにも繋げますね』
プルル…プルル…
「あ、レティ?」
『はいは〜い、レティシアです!…カティア、ごめんっ!何かウチの商会が迷惑掛けたみたいで…』
「ううん、別に何の被害もないし」
『レティ、昨日頼んだ調査の結果について教えてもらえますか?』
『うん、兄さん。カティアに指名依頼を出した担当者は、もう商会を辞めていたんだけど…何とか押さえることは出来たよ。もう少し遅かったら足取りが掴めなかったかも。で、そいつをおど…オハナシさせてもらったんだけど』
…いま、『脅して』って言おうとしなかった?
一体どんな『お話し』をしたのやら…
『もともとその人って、ある貴族との取引を主に担当してたんだけど、どうも今回の件もその伝手だったみたい』
『…その貴族とは?』
『アグレアス侯爵だよ』
『…そうですか。我々の調査で挙がった候補の一つにアグレアス侯爵家が所有する施設があります』
「!!そこに、妹が!?」
それまで黙って話を聞いていたオズマさんが思わず声をあげる。
今すぐにでも飛び出しそうな勢いだ。
「落ち着きなさいオズマ。焦ってはだめよ」
『その通りです。今はまだ状況証拠に過ぎません。確実に黒幕を追い詰めるには、言い逃れのできないタイミングで証拠を押さえねばなりません』
「確かに…今までの話だけでは、その侯爵が怪しいってことしか言えないよね…。そもそもなんですけど、仮に黒幕がその人だとして…何で私を狙うんです?私のことを知ってる人も限られてるんですよね?」
『カティア様がカリーネ様の遺児…即ちイスパル王国の王女であることは、国家上層部には知られています。アグレアス侯爵もその内の一人です。彼がカティア様を狙うとすれば…一つ考えられるのは、彼の息子がクラーナ様の婚約者候補ということでしょうか』
「クラーナの…?ああ、そうか。息子さんが将来の王配になるはずだったのに、私がいるとその目論見が潰えるかもしれない…ってこと?」
『考えられる理由としてはそのくらいですね。ですが、余りにも短絡的でリスクが大き過ぎると思いますが…』
「それは捕まえてから聞き出せばいいんじゃないですか?とにかく、やる事は決まってますよ。先ずは今私達を監視しているヤツを泳がせてどこに繋がるのかを見極める。今までの推論で挙がった候補地に人員を配置して接触したところを押さえる。それが出来れば言い逃れのできない証拠もあがるでしょう」
『そうですね。…オズマ』
「…はい、リュシアン様」
リュシアンさんの呼びかけに、オズマさんは緊張した面持ちで応える。
『いかな理由があれど、あなたが王族に刃を向けた事実は変わりません。その罪は償わなければならない。それは分かってますね?』
「はい。覚悟しております」
「待ってください!私は何の被害も被っていませんし、彼だって被害者ですよ!?」
『カティア様のお気持ちは重々承知しております。ですが…今回の彼の行動に関して不問にすることは、国家の秩序を毀損することになりかねません』
「で、でも…」
「カティア…様。ありがとうございます。ですが、これは自分でも分かっていたことなのです…」
リュシアンさんの言わんとしてることは分かる。
分かるけど…!
『ですから…オズマ。あなたの汚名はあなた自身の手で雪ぐのです』
「え…?」
『先程ケイトリンが言っていたことですよ。あなたを監視している者を泳がせて根城を突き止める。それはあなたの役目です。見事それを成し遂げたならば…全くの不問というわけには行きませんが…悪いようにはしません』
「リュシアンさん…」
「ありがとうございます…!」
『それでよろしいですよね?陛下』
へ?
陛下って…?
『ああ、構わん。オズマとやら、見事成し遂げてみせよ』
「へ、陛下!?…は、はいっ!必ず…!命に替えても!」
「父様、ずっと聞いてたのですか?」
『まあな。娘の命が狙われてるんだ、黙ってはおれんよ。確証が得られなければうかつに動けんが…ただでは済まさんぞ…!』
おおぅ…父様、口調は静かだけど激怒してるのが伝わってくるよ。
オズマさんも青い顔してる。
とにかく、ここからが反撃開始だ…!




