第六幕 20 『懸念』
「…と言うわけで、指名依頼を受けることにしたよ」
夜になって、念のため今日受けた指名依頼のことをレティに伝えておく。
ルシェーラは何だか忙しいのか気づかないのか、通話に出なかった。
『あ〜、あの依頼受けてくれるんだね。…でも、指名依頼になんかしてたかなぁ?』
「レティは知らなかったの?」
ケイトリンはモーリス商会は大商会だから、細々したところまでは知らないんじゃないか、って言ってたけど。
『依頼自体は私が指示してるよ。確かに早めに確保しておきたいとは思ってはいたんだけど…ほら、今ウチがすごい勢いで鉄を買い付けてるじゃない?戦争の準備でもしてるんじゃないかって勘ぐられて説明に一苦労したよ。でさ、今の状況があんまり続くと鉄の価格も高騰しちゃうから…』
「自前で鉄鉱山を確保しようと」
スケールが違うねぇ…
『そうそう。いくつか採掘を休止してる鉱山を買い取ってね…今の流通には極力影響を与えないようにって。だけど、それも将来に備えての話だし、そこまで緊急ってわけでもないんだ。だから…指名依頼、しかも期限が一週間って…何でだろ?』
「ん〜、よく分からないけど…点数稼ぎとか?」
『あ〜、それはあるかもねぇ…』
担当者が仕事ぶりをアピールするために問題の早期解決を図っている…とか。
「まあ、私としてはレティの夢を応援したいってのもあったからね。丁度良かったんじゃないかな」
『おお!ありがとう!やっぱり持つべきものは親友だよね〜』
「だから、次は私を助けてね?」
『もちろん!…何か困ってるの?』
「特に今は無いけど…もし私が学園に入学したら、その時は助けてほしいかな?」
『学園?何かあるの?』
「ほら、学園って貴族の子女が多いでしょ?私は今までそういう人達との交流は殆ど無かったから…」
『ああ、なるほどね。私もそれほど交流が多いわけじゃないけど、カティアよりはね…。まあ、分かったよ。ルシェーラちゃんと一緒にフォローするよ』
「ありがと、助かるよ」
『でも、カティアはコミュ力高そうだし、問題ないと思うけど』
「どうかな…?レティやルシェーラは話しやすかったけど、皆がそうでは無いでしょ?悪役令嬢がいたりして…ぶるぶる」
『…あなたを虐めようものならケンカを買った挙げ句フルボッコにして返り討ちにしそうだけど』
「私を何だと思ってるのかな…女の子に手はあげないよ」
『もと男だもんね』
「私はもう男としての感覚はあまり無いんだけど、記憶はあるから確かにそういうのはあるかも。でも…そもそもそんなことしたら大問題になるでしょ」
『それもそうか。…じゃあ相手が男だったら?』
「え?そんなの喧嘩を買った挙げ句フルボッコ(物理)にして返り討ちにするに決まってるじゃない」
『男女差別が酷すぎる…ほどほどにね。まあ、王女様にそんなマネする人はいないと思うけど。…身分は明かすのかな?』
「さあ?それは父様や母様の意向次第かな…母様はお披露目がどうとか言っていたけど」
お披露目とか…面倒だけど、それも王族の務めとして必要ならしょうがないね。
『学園で家名を持ち出して威圧することは禁じられてるけど、あくまでも建前みたいなとこはあるからね…先に周知するなら、その方がお互いのためかも』
「でも、それで距離をとられても寂しいな…」
『だいじょ〜ぶだって!』
「うん…でも、そんな心配の前に先ずは試験に合格しないと」
『それも、だいじょ〜ぶだって!』
だと良いのだけど。
ーーーー ケイトリンとリュシアン ーーーー
「……ということなんです」
「なるほど…」
カティアを邸まで送ったあと、王城の騎士団詰め所、リュシアンの執務室にやって来たケイトリンは本日の出来事について報告を行っている。
リュシアンは書類仕事の手を止めて報告を聞いている。
今日一日、目に見えて大きな問題は(ケイトリン的に)無かったが、彼女の表情は珍しく真剣そのものだ。
「考え過ぎであればそれに越したことはありませんが…念のため明日一日探りを入れてみようかと思います」
「…分かりました。あなたがそう判断するなら、その方が良いでしょう。頼みますよ。私の方でも調べてみます」
「お願いします。それで…もしも、の場合ですが…」
「調査の結果を踏まえて、早急に対策を検討しないとですね。カティア様の明日のご予定は?」
「明日は一日王城みたいです。なんでも受験勉強をされるとか…真面目ですよね〜」
「あなたも普段から今みたいに真面目にやってくれると助かるのですがね…」
「いいじゃないですか〜。やるときはやるんですから」
「はぁ、まあ、そうなんですけどね…」
確かに、今回も些細な情報や違和感を見逃さず、こうして動いてくれているので優秀なことには違いないのだが…もう少し普段もしっかりしてくれていればもっと上の地位も望めるだろうに…とリュシアンは残念に思うのだ。
「私のことはいいですよ。明日は城内とはいえ、念のため護衛の手配はお願いしますよ」
「そうですね。カティア様は窮屈に思われるかもしれませんが、仕方ありませんね」
「…と言うか、本来は近衛の仕事じゃないんですか?」
彼らの所属する第一騎士団とは別に、王族や国賓などの警護を行う近衛騎士がいる。いや、正確には近衛騎士も第一騎士団の所属ではあるが、第一騎士団長…つまり国王直属の配下になるので実質別組織のようなものだ。
「近衛も人員に余裕があるわけじゃないですからね。当面はウチから人員を割いて…場合によっては近衛に配置換えも検討しなければですね」
と、意味有りげにケイトリンを見ながら言う。
「…私に近衛は務まりませんよ?主に素行の点で。ビジュアル的にはイケてると思いますけどね〜」
「…それを自分で言いますか。まあ、その話はまだなんとも言えません。ともかく、明日、明後日はお願いしますね」
「承知しました!」
ビシッと敬礼して返事をしてから、ケイトリンは執務室を出ていく。
一人部屋に残ったリュシアンはため息をつきながら独り言ちる。
「はぁ…厄介事が続きますね。ケイトリンの考え過ぎであれば良いのですが…あれは異常に鋭いですから。まだ確たるものは何もありませんが…一応陛下のお耳にも入れておかないとですね」
そうして、彼は再び書類仕事に没頭するのであった。




