第六幕 13 『王城の朝』
「カティア様、今日のご予定は…劇場へ向かわれるのでしたか」
「ええ、そうよ。その後はギルドに行って、エメリール神殿総本山ね。で、今日は邸の方ね」
「畏まりました」
髪を整えてもらいながら今日の予定の話をする。
格好は街歩きを想定して、ドレスではなくシンプルなスカイブルーのワンピース。
これも贈られてきたもので、私が持っているものよりも仕立ての良い高級品だ。
と言っても街で周りから浮いてしまう程ではない。
最初は戸惑い、国民の血税から贅沢するなんて申し訳ない…と思ったのだ。
だけどそのような話をマリーシャにしたら、父様と母様の個人資産からとのことだったので、せっかくの好意だからと素直に受け取ることにした。
そうなるとオシャレ好きとしては色々な服が着られるのは純粋に嬉しいわけで。
にへら〜、と思わず顔が緩んでしまった。
でも…何でサイズがぴったりなんだろ?
謎だ…
なお、頂いたドレスなどの半数は王城の私の部屋の方に運んでもらってる。
そして、ミーティアにも服が贈られていて、今日は私とお揃いの格好で年の離れた姉妹と言った感じだ。
親子と言われるよりはそちらの方が自然な気がする。
彼女が普段来ているプルシアさん傑作のワンピースは、頂いたドレスなどと比べても高級感がある。
だけど、さすがに毎日そればかりでは…何より私が色々な服を着せたいので、ミーティアの服も頂けたのは有り難かった。
そうして身支度を整えて、朝食のため食堂に向かうのだった。
「父様、母様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん?何だ?」
「何ですか?」
朝食の席で私は父様に尋ねる。
昨夜見たリディア姫の夢について気になった点を聞きたかった。
「私がエメリール様の印をも発動できる事についてです」
昨日の初対面では、私が二つの印を発動できる点についてはあまり話題にならなかった。
それはつまり、イスパル王家がアルマの血筋をも引き継いでいることを知っていたからではないか、と思ったのだ。
そのような疑問をぶつけてみた。
「それについては私から。公にはされてませんが…確かに我がイスパル王家はアルマ王家の血も受け継いでいます」
「それはやはり…300年前のリディア姫が…?」
「そうです。アルマ王家のテオフィール王子との間に子供がいたのです。当時は秘密にしていたようですが…現在は特に秘密にしてるわけではありません。…態々公表するようなこともありませんが」
やっぱり。
昨夜の夢は事実…つまり、前世の記憶に基づくものだった可能性が高い。
…まあ、だからといって今の私がどうこうという話では無いのだけど。
以前リル姉さんにも言った事だ。
でも、彼女の想いが…彼女が守りたかった小さな命、その血筋がこうして今まで受け継がれたという事実が嬉しかった。
「ですが、それ以降エメリール様の印を発動した者はおりません。ましてや二つ同時になど…あなたはエメリール様やディザール様ともお話をされてると聞いておりますが、そのあたりの理由については何か聞いてませんか?」
「あ、それなら…」
と、以前ディザール様に聞いた事を話した。
「…なるほど。カティアはまさしく奇跡の子と言う訳なのね」
「…お母さんが、命がけで守ってくれたから」
「そうだな。カリーネは本当に強く優しい娘だった」
「その点、カティアは姉さんに似てるわ。本当に、昔のような懐かしい気持ちになったもの」
そうなんだ…
そう言ってもらえるのは、何だか嬉しいな。
ちょっとだけしんみりしてしまった朝食を終えて、私は外に出る支度をする。
「カティア様、馬車を手配しましょうか?」
「あ〜、いいよいいよ、歩きで十分。ね、ミーティア?」
「うん!街を歩いてみたい!」
「…畏まりました」
ちょっと不服そうだけど。
でも、これから行ったり来たりする度に馬車を出すのも面倒だし、一座の活動だってあるし、なんなら冒険者だってやってるんだし。
その辺、マリーシャも理解はしてくれてるのか、不服そうではあるけど特に何も言ってこない。
ちょっと申し訳ない気もするけど、今後のためにも黙認しておいてくださいな。
「ですが、せめて護衛はお付けくださいませ。まだ城内にもカティア様のことを知らぬものもおりますゆえ、暫くは供の者がいたほうが要らぬ詮索もされないかと思います」
「う〜ん…そっか〜、じゃあお願いします」
「はい、少々お待ちくださいませ」
そして待つ事しばし。
やってきたのは…
「は〜い!呼ばれて参りました、第一騎士団のエースことケイトリンでっす!お供しますよ〜」
「あ、あはは…よろしくお願いしますね」
「あ、ケイトリンお姉ちゃんだ〜!」
「お、ミーティアちゃん、よろしくね!」
マリーシャに連れられてやって来たのはケイトリンさんだった。
まあ、優秀には違いないんだろうけど、今日もテンションがおかしい。
ホント、初めてあったときはもっとまともだったのに…
「ケイト、くれぐれも失礼のないように、しっかりとお護りしなさい」
「分かってるって、マリー。ど〜ん、と任せなさいって。まあ、カティアちゃ(ギロッ)…様の方が強いんだけど」
「自称エースなんだから盾になるくらい出来るでしょう。最悪は肉壁になりなさい」
「…リュシアン様より人使いがヒドイよ。と言うかどこの戦場に行くんだか…」
「…二人は知り合いなの?」
気安いやりとりを見てると、どうもそのようだ。
まあ、勤務場所が同じ王城なのだから不思議ではないけど、それだけではなさそう。
「ええ。私としては残念なことに、幼馴染でございます。残念なことに」
「言葉のトゲがグサグサ来るね」
大事なことを二回言ったよね。
「言動は軽薄で軽率でたまにイラッとくることもございますが、まあ腕は確かでやる事はちゃんとやるので信頼はできます」
「いや〜、そんなに褒められても…」
褒めてる…のか?
「ま、まあ、私としてもケイトリンさんは信頼してますし話しやすいからありがたいですけど…騎士団のお仕事の方は大丈夫なんです?」
「あ、カティアちゃ…様、私にさん付けや敬語はいらないですよ〜。…そうですね、仕事はまあ、大丈夫ですよ」
「どうせ訓練をサボってるくらいなので、カティア様が気に病むことはございません」
「サボってるなんて人聞きの悪い。なかなかお休みをくれないから自主的に休んでるだけだって」
…それを人はサボりと言う。
「あなた、そうやって普段の勤務態度が悪いから休ませてもらえないだけでしょう。というかクビにならないのが不思議なくらいよ」
「ふふ〜ん、そこはほら、私ってば優秀だから」
「はぁ…まあ、いいわ。くれぐれもしっかり頼むわよ」
「りょ〜かい」
という事でケイトリンが同行することになったけど…私としてはマリーシャの素が見れたのが良かったね。
何れは私に対しても見せてくれると良いのだけど。
「さあ、それじゃあ参りますか!最初は国立劇場でしたよね?」
「うん、稽古を始めたので様子を見るのと、侯爵閣下がいらして父さんたちと打ち合わせするみたいだから」
「なるほどなるほど。それではれっつご〜!」
「ご〜!」
…ノリノリだね、君たち。
一緒に王都まで旅する間にミーティアもすっかり懐いてるし、その点は彼女で良かったよ。
という事で、私達は国立劇場に向かうのだった。




