第六幕 12 『リディア』
ミーティアとクラーナが遊び疲れて寝てしまってから暫く立つと、いつの間にか窓から夕日が差し込むような時間となっていた。
外の景色を見てみようとバルコニーに出てみる。
私の部屋は城の三階にあるが、一階あたりが高いので地上からは結構な高さがある。
加えて城自体が丘陵の高い位置にあるので、夕日に染まる街並みを一望できる。
…なんて綺麗なんだろう。
再び懐かしさが込み上げてくる。
やはり私はこの風景を知っている。
きっと…マリーシャの言うとおりなんだろう。
仮にそれが事実だとして…私が再び王族として生まれた事に何か意味があるのだろうか?
分からないけど…これから私はここで生きていくんだ。
私の願いも、人々の幸せな暮らしも守りたい。
そう、この美しい景色に誓った。
「二人とも、そろそろ起きなさい。もうすぐ夕食の時間だよ」
まだ眠ってる二人を起こすべく声をかける。
大きめのソファで横になってる二人は、いつの間にか抱き合って眠ってる。
「ふぁ…ん〜っ!」
「うにゃ…うに〜っ」
私が声をかけたことで小さく欠伸しながら身動ぎし、起き上がって二人同時に伸びをする。
その愛らしさに思わず身悶えする。
くっ…私を萌え殺す気か!
レティ、やっぱりカメラ作って!
「おはよう、二人とも。ごめんね起こしちゃって。でももうすぐ夕ご飯だからね」
「おねえしゃま…おふぁようごじゃます…あふ」
「ママ…おはようなの…にゅぅ」
まだ眠そうだけど、とりあえずは起きてくれた。
コンコン…
「カティア様、失礼します。お夕食の準備が整いましたので、食堂までご案内いたします」
マリーシャが夕食の時間であることを知らせてくれる。
ということで、ミーティアとクラーナも一緒に食堂に向かうことに…の前に、二人は寝癖が付いてしまったので髪の毛を整えてもらった。
「カティアはテーブルマナーは問題なさそうだな?」
夕食の席で私の様子を見ていた父様がそんなことを言った。
「あ、はい。これまでも貴族の方に招待されることはありましたから、基本的なことは習ってました。あとはマリーシャに少しチェックしてもらって…」
「そうか。これからは他のマナーや最低限の教養も覚えてもらおうと思うが…マリーシャだけでは負担も大きかろうからな。お付きの使用人と講師は早急に手配しよう」
「はい…」
…マナーに教養。
きっと社交界的には大事なことなんだろう、とは思うけど結構大変そう…
私の貴族のイメージ的には楽器とか詩とか刺繍とか?
楽器とかは舞台の幅が広がりそうで良いかも。
カイトと一緒に演奏しながら歌う…うん、楽しそう!
詩なんかも作詞作曲してシンガーソングライターなんてのも憧れる。
そう考えると楽しみになってきた。
前向き思考が私の取り柄だよ!
「おねえさま、わたくしピアノをならってるんですのよ。いっしょにならいませんか?」
「ピアノかぁ…いいね。考えておくよ」
「ぜひ!」
「ママ、ミーティアは『りゅ〜と』をならいたいの」
「そっか〜、パパと同じだね」
「うん!」
ちびっ子二人とも楽しく会話しつつ、夕食は終始和やかに進むのであった。
「ふう…」
「お疲れ様ですカティア様」
「ありがとう。今日一日、自分でも思った以上に緊張してたみたい。早く慣れないとね」
夕食が終わって部屋に戻り、湯浴みを終えて今はリラックスしてるところだ。
ミーティアは入浴後早々に寝てしまった。
日中あれだけ寝てたのに…ほんと良く寝る子だね。
初めて会う父親…ましてや国王という事で相当緊張していたらしく、今になってどっと疲れが押し寄せてきた。
でも、父様も母様も…クラーナも私のことを家族として受け入れてくれてるのが良く分かった。
きっとすぐ慣れるだろう。
「それじゃ、私はそろそろ休むことにするよ」
「はい。では私はこれで失礼させて頂きますが、何かございましたら呼び鈴にてお知らせください。当直の者が参りますので」
「うん、分かった。じゃあお休みなさい。マリーシャ今日もありがとうね」
「はい、ごゆっくりお休みくださいませ。では失礼いたします」
…さて、ようやく一人になれたか。
以前は寝る前にステータスチェックをしたりしてたのだが、【私】と【俺】が一人の私になった影響なのか、それ以降見ることができなくなってしまった。
元々は【俺】の魂を接合するための魔術的なインターフェイスって事だったし、その役目を終えたということなのだろう。
まあ、ギルドに行けば有料だけど調べることはできるので大きな問題ではない。
今日は他にやることがある。
以前レティに貰った通信の魔道具を取り出して操作する。
プルル…プルル…
呼出音…まんまスマホだね…
『は〜い!もしもし!レティシアで〜す!』
『あ、え、えっと…これで良いのかしら…?もしもし?』
元気の良いレティの声と、少し戸惑うようなルシェーラの声が聞こえてきた。
「あ、ルシェーラ聞こえてるよ。二人とも、今大丈夫?」
『うん、だいじょ〜ぶだよ』
『はい、私も』
「良かった。こうして話すのは初めてだね」
『うんうん、感度良好。試作品でもイスパルナ〜王都の通話は問題なさそうだね』
『本当に凄い魔道具ですわ…鉄道といい、生活が一変する発明ですわよ』
ぴーちゃん涙目だね。
『まあ、まだまだ改良しないとだけどね。で、二人とも、王都は慣れたかな?』
「私はまだいろいろ忙しくて街をあまり散策できてないんだよね」
『私もそうですわ』
『そっか〜。私もさ、もう少ししたら王都行くから一緒に遊びに行こうね。二人よりは詳しいと思うから、あちこち案内するよ』
「そうだね、楽しみにしてるよ」
『ぜひお願いしますわ』
『それで、カティアは何か用事があったの?』
「うん、用事と言うか、知らせておこうと思って…。今日ね、王城に来て国王陛下…父様にお会いしたのだけど」
『お、どうだった?』
「私の事歓迎してくれた。上手くやっていけそうだよ」
『まあ、それは良かったですわ』
『陛下も王妃様もお優しい方だから、私は心配してなかったよ』
あ、レティは面識あるんだ。
「でね、いろいろ話はしたんだけど…学園の入学を熱心に勧められてね…試験に合格したらだけど、私も通うことになったよ」
『おお、それは楽しみが増えたねぇ』
『本当ですわね。カティアさんなら試験も問題ないと思いますし』
「…本当に?一応過去問もあるらしいけど、他の貴族みたいに教師がついて勉強してた訳じゃないから不安なんだけど」
『だいじょ〜ぶだよ、『あなた』ならね』
『あなた』は日本語だ。
…その言い方は、前世の知識が役に立つ、と言うことか?
「まあ、まだ時間はあるし、試験勉強を頑張るよ」
『ええ、頑張ってください。一緒に通えること、楽しみにしておりますわ』
『私も!』
その後はレティから王都のオススメのお店情報を聞いたり、ルシェーラの近況を聞いたりなどして、長電話になってしまった。
こうして私にとっては忘れられない一日が終わるのだった。
…?
この感じは…久しぶりだ…
あの不思議な夢を見るときの感覚。
私の視界は初めは白く塗りつぶされ何も見えなかったが、少しずつ霧が晴れるように景色が変わっていく。
(ここは…私が今泊まっている部屋と同じ…?)
場面はある部屋の中になったのだが、どうも今日私が泊まっている部屋に似ている。
いや、調度品などは異なるが、部屋の作りや雰囲気等を見るに…恐らくは同じ部屋なのではないだろうか?
初めて訪れたはずなのに懐かしいと感じたこと…
確かに知っていると感じた部屋…
それらのことから、私の前世もイスパル王家の者だったのでは、との話をしていたのだが…
これは…前世の私の記憶だろうか。
すると、場面は更に変わって寝室へ。
天蓋付きの大きなベッドの傍らには使用人らしき女性。
そしてベッドに寝てるのは…
『姫様、御加減は如何でしょうか…?』
『…大丈夫よ。あなたも心配性ね…』
『もちろんですよ。姫様は無茶をしがちなんですから』
『う…そう言われると否定できないわね…。でも、本当に…もう大丈夫よ。私は死ねないわ』
そう言って、彼女は起き上がる。
金髪翠眼の少女…以前も夢で見た、イスパル王国のリディア王女だ。
以前夢で見たときよりも大人びた表情で、少しやつれているようだ。
だが、その瞳には力強い決意の光が見て取れた。
『いつまでも悲嘆にくれていたのでは…あの人に顔向けできないわ。それに…私には新しい使命ができた』
決然とした表情から一転、切なくも優しい表情で愛おしげに自身のお腹を優しく撫で擦る。
『私はこの命をかけてでも、あの人が残してくれたこの小さな命を守り育てる。あの人が自分の命をかけてまで取り戻してくれた…この平和な世界で』
それはまさしく我が子を慈しむ、強く優しい母親の表情だった。
…これが前世の記憶が見せている夢であるならば。
私の前世は…リディア?
今のやり取りを見るに、既に魔王は倒されて…そして彼女の恋人だったテオフィールも亡くなっているのだろう。
そして、彼女のお腹にある小さな命と言うのはきっと…
私がリル姉さんとディザール様の両方の印を発動できたのは、イスパル王家とアルマ王家の血が混ざったから。
以前の推測は正しかったと言う事だ。
…夢の出来事が証拠になるのであれば、だが。
でも、これはただの夢ではないだろうし、おそらく間違ってないだろう。
きっと…愛する人を喪って酷く嘆き悲しんだのだろう。
だけど、自分のお腹の中に愛する人との子供がいることが分かった。
その時は一体どんな気持ちだったんだろう?
分からないけど、きっと彼女にとっての救いだったのだと思う。
今の彼女は悲しみを乗り越えて…力強い光が瞳に宿ってるように見える。
強いな…母親と言うのは。
私の母も同じ気持ちだったのかな…
自分の命に替えてでも私を守り…父さんに託してくれた。
父さんは実の娘ではない私を、実の娘同然に愛情を注いで育ててくれた。
私もいつか…そんな強く優しい人間になれるのだろうか?




