第15話:帰還
ルートヴィッヒ様がいない間。祈る時間が増えた。
ルートヴィッヒ様たちが戦に向け寸暇を惜しんで動いていたこと。領地の兵の方々が熱心に訓練に励んでいたこと。
誰もが人事を尽くされていたことを知っている。
時折もたらされる戦況の報告も、王国軍が予定通り順調に進軍していることを示している。
それでも絶対はないから。教会に祈りにいく。
こういう時だけ縋る者の祈りに価値があるのかはわからないけど、それでも。
教会の人やアーヴェラインの民たちは優しい。
でも派兵の前日にわたしが城壁の塔の階段でルートヴィッヒ様に横抱きにされていたことを、誰もが知っていてによによされているのはちょっと腹立たしい。
「テサシアちゃん!買い物に行くわよ!」
「はい、お義母様」
お義母様もお優しい。わたしが塞ぎ込んでいると町へと連れ出してくれたり、美容のためにと気を配って下さったり。
一度は王都の仕立て屋まで連れ出して下さり、ドレスを作ってくださいました。
夏が終わりに近づき、秋の気配が朝晩に忍び寄り始めた頃。
南西の方角、ナゲイトア領の方で天地を貫く光の柱が立つのが目撃されました。
瑞祥か凶兆か。気を揉むわたしたちの元へ伝令が来たのはそれから数日後でした。
屋敷の玄関付近が騒がしくなり、執事さんがわたしを呼ぶ声がします。
「奥様!お嬢様!伝令が!」
息も絶え絶え、全身を埃と汗に塗れさせた男性が声を張り上げました。
「王国軍勝利!閣下もルートヴィッヒ様も皆様もご無事にございます!」
わたしはお義母様と抱き合い、涙を流しました。
彼を休ませ、その前に懐より取り出した書状によると、ナゲイトア大公は自領の深くに王国軍を引き込んでおいて、占領された城ごと火薬と魔術で崩壊させるという悪辣な作戦を決行。
あの光は聖女ミズキ様がその爆発と崩壊から身を守るために張られた結界の奇跡であったとのこと。
またルートヴィッヒ様たちはその作戦を見抜き、崩壊の前に城を脱出、見事クレイーザ様たちナゲイトア大公一門を捕らえたとのことでした。
無事を祈る時間は、神への感謝の祈りの時間に代わり。
そして祈りを捧げた後はそのまま町を抜け、西の城壁へ。
ニシンスキー、まだ若駒で戦場には連れていかなかったため、今のところわたしが乗馬として使っています。
彼に乗って移動。
城壁の上に登らせていただき、西を見る日々。
ある日のこと、兵士の方が満面の笑みでこちらに手を振って、逆の手で城門の外を指差していました。
わたしは頷くと、ニシンスキーに鞭を入れて城門から外へと飛び出す。
走る。わたしに付けられた護衛を振り切る速度で。
「……ルートヴィッヒ様!」
ニシンスキーは飛ぶような速さで平原を駆ける。
正面の丘の向こう、旗が見えた。
「ルートヴィッヒ様!」
丘の上に立ち、平原を行進する軍を見下ろす。歩哨の方たちがこちらに気づき手を振ってくださった。
わたしも手を振り返す。
軍の奥へと駆ける伝令。
少しして白馬がこちらへと駆け上がってきます。
馬上には軍服姿のルートヴィッヒ様。銀髪をたなびかせ、眼鏡の奥、紫の瞳は真っ直ぐこちらを見据えて。
ああ、少し頬のあたりがおやつれになったでしょうか。
「ルートヴィッヒ様!」
「テサシア!どうしてここに!」
驚いた顔のルートヴィッヒ様が声をかけました。ああ、ルートヴィッヒ様の声!
ニシンスキーが白馬に身を寄せます。近づくルートヴィッヒ様。
「おかえり、なさいを……言いたくて。よ、よく……ごぶじ……」
声は涙で掠れ、ルートヴィッヒ様に抱き寄せられたことで留められました。
ルートヴィッヒ様の胸板を涙で濡らすわたしの頭上から声がかけられました。
「ただいま」
顎の下に手が差し入れられます。
こちらを覗き込むルートヴィッヒ様のお顔が涙にぼやけて見えませんが、そのお顔が近づき唇が啄まれました。
「ただいま、テサシア」





