第13話:完成っ
奥様は僅かに瞠目され、ふわりと微笑まれた。
「ルーイから、貴女のことは聞いているのよ」
彼のことをちらりと見ます。
「アーヴェライン家に相応しい、素晴らしい才能のある令嬢と紹介しましたよ。ただ、少し自信がないのが難点とも伝えました」
「あらゆるものがルートヴィッヒ様に釣り合っていないとは感じています。ですが、それでも彼の隣に立てるならと思うようになりました」
「まあルーイ。良い子を見つけてきたわね。……あなた」
侯爵閣下はしばし考えて言われます。
「今回の馬の件、いちはやく当家に大きく与したということは勲功に値しよう。
ナゲイトア大公家は取り潰しはしないが、その領地は大幅に減ずる。そこを切り分けて与え、陞爵してもらうよう取り計らえば良い」
「これで爵位と経済力は問題ないわね。後は何が心配かしら?」
わたしとマサキア兄様が唖然とする間にノーザランの陞爵が内定しています。……これが高位貴族の力。
ルートヴィッヒ様が続けます。
「テサシア嬢は容姿と教養についても自信がないようでしたね」
「学問に関してはカウフォードで上位にいるのですから何も問題ないでしょう。ルートヴィッヒは法や政治と国政に関わることを学んでいて、貴女はそうではないというだけだわ。
農学や算術を学んでいると聞いているけど、むしろ領地経営には向いているでしょう。刺繍は職人にも勝ると言うし、馬術もできると。
……後は容姿?」
みなさんがわたしの顔をじっと見ます。圧が!美形に囲まれる圧がすごい!
「私が可愛いと思っているのだから、そこになんの問題があろうか」
うう、ルートヴィッヒ様の言葉に顔が紅潮するのが分かります。逆を向いて髪で顔を隠しました。
「ええ、それに磨けば光るお嬢さんね」
「当然です。ほら、こちらを向いて」
うわ、ホントかなぁ。奥様は大きく頷かれると仰いました。
「良いでしょう、テサシアさんはわたくしが預かります。殿方達が戦などに明け暮れているうちに、当家の娘として恥じぬ装いにいたしましょう」
「ありがとうございます、お母様」
ルートヴィッヒ様がそう仰り、わたしも続けます。
「あ、ありがとうございます、レディ・アーヴェライン!」
ぴくりとミセスの口元が動きました。
「テサシアさん、礼儀がなってませんわね」
「え、も、申し訳ありませんっ!」
急ぎ頭を下げました。ひ、ひぇっ何か粗相を!
「わたしは貴女を当家の娘としてと言ったのです。ミセスではない。お義母様と呼びなさい」
おずおずと頭を戻します。
「おか、あさま?」
「ええ、もう一度」
「お義母様?」
満足そうに頷かれます。
「よろしい」
「は、はい……」
「わ、私のこともお義父様と呼んでみてくれないか?」
侯爵様までそんなことを。わたしはくすりと笑って言いました。
「これからよろしくお願いします。お義父様、お義母様」
侯爵夫妻との対面を終え、侯爵家での生活が始まりました。わたしと兄様はそれぞれ客間に通されましたが、広くて落ち着きませんわねこれ。
その天蓋付きのベッドの大きさくらいの部屋が良いのですが、使用人部屋ですらそれより広いと笑われてしまいます。
数日の間、侯爵様もルートヴィッヒ様もお忙しそうにされていました。
わたしは早朝は馬の手入れをし、ええニシンスキーがここまでついてきてしまったので。朝食をご一緒にとらせていただいてから、午前中は学校の課題などの勉強、午後は奥様から社交のマナーの勉強。夕方からは刺繍の時間と規則正しい時間を取らせていただきます。
そしていよいよ戦の間際となって、刺繍が完成いたしました。
後ろが透けて見える極細のリネンで作られたハンカチ。その周囲は全て野の草花の図案によるレースで取り囲まれており、中央には神剣を授ける女神の意匠、それを受け取る位置にルートヴィッヒ様のイニシャル。
「ふふふ、できたわ!」
わたしにつけてくださった部屋付きのメイドの少女が興奮した表情で、瞳をキラキラとさせハンカチを見つめます。
「すごいです!素敵です、お嬢様!」
んふふー。これはわたしでも自信作って言えるわ!
メイドに先触れをお願いし、ルートヴィッヒ様の元へ。
ちょうど侯爵閣下の執務室でマサキア兄様も交えて話をしているとのこと。お忙しいのなら後でも良いと伝えたのですが、休憩するから来て欲しいとのこと。
メイドにちょっと髪だけ整えてもらってお邪魔します。
「失礼します」
初めて入る侯爵閣下の執務室。深い飴色に輝く胡桃材の本棚で囲まれ、執務机にはナゲイトア近辺の地図。その上には無数の駒が散乱しています。
今はみなさんソファーに座られお疲れの表情。
ちょうど紅茶が給仕されているところでした。
「やあ、テサシア。私に会いたいと?」
ルートヴィッヒ様が甘やかな声で尋ねられ、自分の隣へと座らせます。
あれ、兄の隣では無く?
侯爵閣下も苦笑されました。
「あの、刺繍が完成したのでお持ちいたしました」
「ああ、以前私が『注文』した」
くっ……。わたしは頷き、連れてきたメイドからハンカチを受け取ってルートヴィッヒ様にお渡ししました。
正装の胸を飾るためにスリーピークにずらして畳まれたハンカチ。
それを手にした途端、ルートヴィッヒ様が息を呑まれました。
「これは……広げてみても?」
「もちろんです」
慎重な手つきでルートヴィッヒ様が広げられると、向かいの侯爵閣下とその後ろに控える執事さんまで息を呑み、マサキア兄様の呑気な声が響きました。
「うわ、また腕前を上げてるじゃない」
ξ˚⊿˚)ξ <ぜ、全15話で……(震え声)





