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守旧派は金で殺す、攘夷派は理で殺す。――幕末に転生した効率厨サラリーマン、内戦はコスパが悪いので和算と裏金で歴史を書き換える  作者: dora


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 内田様との極秘勉強会、なかなか進まない。理由は簡単だ。前提条件が違いすぎるからだ。俺の頭の中では、算法の問いを数学に「読み換え」て、数学的に解法を示し、答えを出す。他方、内田様は算法の解法が、悪い言い方をすると「身につきすぎて」いる。変換するタイミングすら分からないのだろう。


 「内田様、もしよろしければ、私の解法を塵劫記からやり直しませんか?実際に塵劫記を解いていて、私が『なぜ』と思う箇所が何箇所もありました。今一度、基礎に立ち返りどこが内田様の腑に落ちないかを知りたいのです」。


 もしかしたら怒られるかもしれない。数学の大学教授に、他言語の四則演算からやり直せって言うようなもんだ。だが、即答で「理解が進むのであればそうしよう」。この人の知識欲半端ない。素直に尊敬する。貪欲だ。こういう姿勢を見せられると、俺も負けてられない、と思う。やる気のある生徒の家庭教師をすると、こんな感じなのかな?用はないかもと思いながらも、宝物だからと持って来てた塵劫記が役に立つとは。


 目の前で解き始める。そうすると目線合わせが少しずつ進む。俺が困った単位と「0」の理解がやっぱり曖昧だったんだ。そして、1行目の式。俺のやってる「数学の式への読み換え」こそ、1番の躓きに繋がってた。


 とは言え、やっぱり頭脳でのし上がった人。徐々に掴めて来ると理解も早い。塵劫記をほぼほぼ解き終えるのに、3ヶ月と掛からなかった。やっぱり読めると、それだけで有利だな。完全に解き終えない理由は簡単。「不適」。これこそが、認識の違いを顕著に、明確に炙り出した。


 「実際に、この建物の縦横高さを他の書物で知っておる。その数値を使って何が悪いのだ?」


 「それを誰もが知っている前提で、問いとしていることこそが不誠実だと私は言っているのです」。


 「知っておるものを明示するのが、なぜ誠実になる?なぜ誠実でなければならぬ?知っておるのだぞ?」


 「ではなぜ、知られているものは省き、知られていないものはきちんと明示しているのです?それがなければ解けぬと分かっているからでしょう」。


 「そうじゃ。知らぬものは明示する。知っているものは明示する必要がない。ただそれだけのことよ」。



 いつもここに帰結する。理解してもらう良い方法はないものか。それでも、お互いが「理解するため」の討論は、とても面白い。算法の理への造形も増している。ただそれでも合理的とは思えない。


 一番助かっているのは「なぜ算法を知らず、そんな解法を知っているのだ」が来ないことだ。それが来ないからこそ安心して討論できる。


 ちょっと休憩で、ずっと気になってたことを聞いてみた。


 「幕府の天文方という役職は、どのような仕事をされてるんですか?」


 そしたらびっくり。あまりにも多岐に渡り、専門職の匂いしかしない内容だった。天体観測から、正確な暦を知る。その計算を知る。そのために蘭学書を解読する。また、天文から派生して測量技術の向上も担うという。


 スーパーエリートじゃん。我ながら無知って怖いね。ん?蘭学?蘭学書を読めるの?


 「内田様、例えば内田様が幕府の命で『塵劫記を輸出せよ』と言われたらどうしますか?」


 「それは当然、問いを蘭語に翻訳し、図を蘭語に翻訳するわな」。


 「では先ほどの問い。縦横高さが書かれておりませぬ。あの問いはどうされますか?」


 「どう、というのはどういうことじゃ?」


 「先ほど内田様は『算法をやっている者なら誰でも知っているから書かぬ』とおっしゃいました。書かぬまま、輸出されますか?」


 「もちろんそうじゃ」。


 「そこです!算法を知らぬオランダ人がそれを解こうとした時に、縦横高さが分かると思われますか?」


 「算法を知らぬ者なら分からぬかもしれんな」。


 「分からぬ、ではなく、分からせようとしてない、解くために必要な条件を明示していない問いに見えてしまうんです。それだけならまだしも、それを見たオランダ人はどう思うでしょうか。必要な条件すら書けぬ日本、と侮るかもしれません」。


 「藤二の言わんとしてることが分かってきたぞ。問いの中に解を導くための条件を明示『できるのにしない』のが、お主の言う不誠実と言うことなのか?」


 「そうですそうです。解のために必要なものは条件。条件すら明示していない問いは、問いとしての条件を満たしていない。だから不誠実。解く者が知っているか知らないかは関係ない。そういうことです」。


 「確かにそういう考えに立てば、不誠実なのかもしれぬな。そういうもんだと思っておったが」。


 「逆にお伺いしますが、内田様が普段読まれてる蘭学書、そのように必要なものが省略されているものはございますか?」


 「正直分からぬ。いや、これはワシがというよりは、誰も分からぬ、という方が正しいのかも知れん。正解を知るものが誰もおらぬのでな。蘭学書を『こう書かれているはずじゃ』までは辿り着けても、『間違いなくこのように書いてある』と言い切れるものは、ほぼおらぬ」。


 1週間続いた討論がようやく終わりを見せた。そう、良い悪いじゃないんだ。不必要なものは書かない。これも美であることは間違いないんだから。



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