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side 和尚(寺子屋の師匠)
なんじゃこの文は。手の震えが止まらん。まだ鳥肌が治らん。経を読んで落ち着かねば。ダメじゃ。経を思い出せん。経本を読もうにも手が震えて読めん。だんだん腹が立って来た。何故あやつのために、こんな怯えねばならんのだ。当人はまた境内で何か掘っているし。内密に??あーー、分からん。内密と言われると誰にも相談出来ないではないか!あやつめ!!
そうじゃ、府中の神主殿と何やら縁があるみたいなことを言っておったな。あのお方なら無用に漏らすこともあるまい。相談に乗ってもらおう。一人で考えるのはムリじゃ、ムリじゃ、ムリじゃ!
side 神主の爺様
大丈夫かの、あの和尚。いくらなんでも慌てすぎだろ。しかし内田殿も、ちとやり過ぎじゃ。自分の持つ肩書きの大きさを、もう少し理解した方が良いのでは?まあ今回に限っては、「算法の才」のためじゃないからこそ、幕府の肩書きを使ったのかもしれんが。
ワシが投げた石の波紋は、どうもワシが思ってた以上に、広く高くなっているようじゃの。
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「みな聞け、急で悪いがな、今日は寺の所用で出かけることになったんじゃ。だから今日の授業はここまで。気を付けて帰りなさい。あっ、それと藤二。この前の書斎分かるだろ?たしかあの中に算法の別の本があったのを思い出してな、出かけるまで多少の時間があるから、探し出したら持っていっていいぞ。その代わりと言ってはなんだが、本の片付けをちょっと手伝ってくれんか」
マジか師匠、ありがたい。そういう目的ならいくらでも片付け手伝いますよ。実利的な人参には弱いんだ。しっかし、もう少し整理整頓きちんとしろよ。そういえば図書館って確か綺麗に分類されてたよな。あれも多分、何らかの規則性を持たせて分類してたんだろうな。子供の声が聞こえない寺って、なんだか不思議な感じだ。
「おーい、藤二、ちょっと来てくれ」。急に呼ばれた。何事かと行ってみると知った顔。「あれ、内田殿、こんにちは。団子ありがとうございました。で、なぜここに?」
「これ、こちらへきちんと座れ」。
「きちんと自己紹介してなかったな。幕府天文方、そして関流宗家預かりの内田五観と申す。」
うーん、この感じ、久々だな。幕府は分かる。天文方は分からん。関流は算法の流派だってことはなんとなく分かって来てた。そーけあずかり、なんじゃそりゃ。単語の切れ目も分からん。ただ、このおっさん、やりやがった。「えらい人?」の問いには真っ直ぐ返さず、好々爺を演じてやがったな。やっぱりあの日、頭回ってなかったんだな、ちくしょー。
「こら、きちんと頭を下げろ」
とりあえず、形だけぺこり。
「では私はこれで。奥におりますので、何かありましたらお声かけていただければ。藤二、くれぐれも失礼のないようにな」
あのね、礼を理解してないんだから、何が失礼なのかわかるわけないじゃん。失礼しようとしてする人間なんていないの。
「どうした藤二、この前みたいに喋らんのか?」
正直カチンときた。こんな騙し討ちみたいなことされて、肩書き振りかざしといて、その上失礼すんなって、どないせえって言いたくもなる。
「…なんとお呼びすれば良いですか?」
「気にするな、内田殿で構わんと言っただろ。そんなことで怒りはせん」
ホントの気にするなっていうのはね、釣り〇〇日誌のスーさんハマちゃんのことを言うんだ。少なくとも肩書きを出すな。怖いから言えないけど。
「早速だがな、この問いを解いて欲しい。ワシはここで見ているけど、ワシのことは気にせんでくれ。何を使っても良いし、どう解いても構わん。」
完っ全にやられた。手足もがれた。どうするのが良いのか。誠実をどう通すのが良いか。
問題に向き合わない 不誠実
不得手な算法で解く 不誠実
解けないふりをする 不誠実
わざと間違える 不誠実
自分なりに解く 誠実
であるならば、やることは条件確認だ。俺の解きやすい状況を作る。土の箱は家だ。寺子屋では境内。
外に出ても良いか ノー
紙と筆以外の使用 イエス
算法の解き方厳守 ノー
解法の解説 どちらとも言えない
ここまでが確認出来た。目線合わせは済。そして、これを即答出来たということは、内田殿、関流とやらの算法でも上の方にいる人なんだろうな。
おもむろに立って、石盤と石筆を床の上に置く。子供の体では重い。何も言わずに内田殿は手伝ってくれた。あれ?悪い人ではないのか?少なくとも、解けるもんなら解いてみろではなさそうだ。
計20問。そのうち、解けそうな問題は18問。残りの2問は多分ムリ。微分積分の知識を掘り起こせてない。で、5問は公式使えば簡単に解ける。が、公式の理由を問われると答えられない。だからスルー。方針も決まった。
では、参る。




