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「ごめんくだされ。わたくし、府中の大國魂神社におられる神主殿のご紹介で参った、内田と申します。こちらの、藤二殿に、少々、算法のお話をお伺いしたく…」
「はあ、藤二ですか、おると思いますが。美祢、藤二は?」
「にいに、あっちで寝てる」
「「寝てる?」」
「師匠からの紹介と言われましたかな?」
「ええ、神主殿から藤二殿の話を伺いましてな」
「お待ちくだされ、連れてきますので」
ほんの数時間前、剣術道場で俺はボッコボコにされてた。厳密には俺だけではないが、俺は特に、という感じで。
珍しく勝太さんと石田さんが言い争いをしていた。話をまとめると、どうも勝太さんが狙ってた女の子に、石田さんが手を出したようだ。子供がいる場所でその手の話は教育的にどうかと思うのだが。古今東西、いつの時代もその手の話は尽きないなぁ、なんて呑気に構えてた。
「もっと腹から声出せ」
「そんなんじゃ立派な武士にはなれんぞ」
「気合いが足りん」
根性論全開。
思わず「女取られたからって子供相手に当たるなよ」って声に出したのが運の尽き。どうも聞こえちゃったらしい。
「よーし、年少組は終わり。今日は疲れただろ?早く寝ろよー。藤二、お前はまだ元気ありそうだから、そうだな、トシから一本取ったら終わるとしようか」
は?宗次郎でもムリなこと俺にさせんなよ。ってか石田さん、あんたのせいでもあんだから、この熱血漢どうにかしろよ。
声には出せない。結局ヘロヘロ。竹刀を杖代わりにしたくなるくらい、疲れた。もう何も出来ん。
「にいにおかえりー、遊ぼー」。すまん、美祢。お前の可愛さも太刀打ちできないくらいの疲労だ。無事帰宅できて安心したのか、俺はさっさと意識を手放した。
「藤二、起きんか!」
「藤二、お前にお客が来られてる。早くしろ。」
全然体力回復できてない。しかももう筋肉痛が来てる。若いって凄いな。でも、さすがにあれはやり過ぎだろ。まだぼーっとしながら懸命に体を起こし、伸びをする。まだダメだ。頭が回る感じがしない。今日はもう括要算法は出来なさそうだ。もうすぐ暗くなりそうだし、いつの間にか父が帰って来てるし。
「師匠の紹介で来られたんだ。お待たせするな!」
師匠?寺の?なんで家に?別に寺でも良いだろ。あーー、ダメだ、ほんっとに頭回らん。昔っから理由なく強要されるのほんと嫌いなんだよな。
「すいません、お待たせしました。」
とは言ったものの、誰だこの人?見たことない人だ。
「誠にお主が藤二殿?いや、子供とは聞いていたが、ほんとに…」
「あのー、すいません、どこかでお会いしましたか?」
「これは失礼、ワシは内田と言ってな、大国魂神社の神主殿からお主の話を聞いてな、是非とも算法の話をしたいと思い、突然で申し訳ないが伺ったしだいじゃ」
あっ、神主の爺様の方ね、そりゃそうか。父の師匠だもんね。
「そうですか、どんな話を?」
「もう夕食の準備を始める時間でしょうから、父上殿、この辺に何処か茶屋はございませんか?半刻もせぬうちに送り届けますゆえ」
「それでしたら、一本向こうの通りにございます。藤二、分かるな?」
「うん」
「師匠の客人ゆえ、失礼のないようにせよ。分かったな」
「はい」
おいおい、こんな簡単に知らんオッサンに預けられるの?大丈夫か、その危機意識の低さ。すぐに帰って来れる距離ではあるけど。一緒に行く流れになっちゃったから行くしかないけど。
「あのー、おじさん偉い人ですか?偉い人との喋り方知らないんですけど」。
「なんじゃ、そんなこと気にする必要ないぞ。ただ算法好きなだけじゃ」。
良かった。無礼者!!!って急に切られることはなさそうだ。
「何てお呼びすれば良いですか?」
「そうじゃな、内田殿で構わんぞ」
「じゃあ神主の爺様と同じ感じで喋っても怒られない?」
必殺、子供の上目遣い。効果があるかは知らんけど。
団子と茶を飲みながら、談笑。爺様に言ったのと同じようなことを言った気がする。気がするのは、頭が回ってなかったからはっきり覚えてないんだ。
最後、家族の分の団子のお土産も持たせてくれて、良い人だ。でも、最後まで何しに来たかよく分からんかったな。
「で、あのおじさん、結局誰なの?」
誰も知らない。でも、爺様の知り合いだから問題ないだろってことで落ち着いた。どんだけあの爺様、信頼度高いんだ。それともやっぱり危機意識が低いのか?
兄弟で「団子団子」と踊って食べて、さっさと寝た。中途半端な睡眠で、結局回復できてなかったんだろうな。
side 内田五観
なんじゃ、あやつは。算法の解法が美しくない?図形は非常に美しい?前提条件が出されていないのは問いとして成立していない?あやつの求める機能的とはなんだ?あやつの根源はどこにある?あの解法にどうやったら行き着くのだ?江戸に戻らなければならないのがもどかしい。府中で一泊して、神主殿と再度話をしてから昼頃戻ればなんとかなるか?




