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「…なんじゃ、これは……?」
相変わらず溜める爺様だ。宿題とプレゼントだよ。そう言っただろ。特に宿題の方はアラビア数字使わずに答え書いてあるだろ?父に怒られながらも綺麗に書けたと思うぞ。
沈黙長い。そろそろ足痺れそうなんですけど。
「藤二、一つずつ教えてくれ。この解法を知らんのだが、これはどうやって?何故このように解いた?」
愚問だよ、爺様。数学は美しくてなんぼだろ?xとかyとかπとかrとか使えないから、◻︎とか〼とかどう表記するかも明示してあるじゃん。=だって使えないからきちんと「等シク」ってしてあるでしょ?塵劫記の解き方の遠回り具合耐えられない。より美しくだよ。
だから長いって。
「この問いは不適である、とは?」
うん、そのままの意味だよ。数学である以上、使うべき条件はきちんと明示しないと、解けるもんも解けないでしょ?解くものの礼儀、出すものの礼儀ってのがあって然るべきでしょ。
やばい、そろそろ来るかもしれん。早くしてくれ。
「…この方陣のようなもの、これは一体…」
もうダメだ、痺れるまでカウントダウンしてる。思わず立って、爺様の元へゆっくりと足を伸ばしながら向かう。間に合った。
ここで取り出したのは、正方形の紙。漢数字で1から4まで書かれてある。3枚ずつ、計12枚。これだけあれば絶対足りるように問題を作ってある。
俺が用意したプレゼント、それは4×4の数独だ。父の添削のもと、一応やり方も書いておいた。9×9の数独は流石に作れんかった。いや、作れるんだけど、「問題として楽しい」レベルの調整がムリだった。そこで、4×4。これなら何とか作れた。爺様の手元にある問題を1枚奪い、解き方の説明。少しずつ理解してくれて、最後は自分の力で解けるようになった。頭の体操にもってこいだから、ボケ防止のためにと思って頑張って作った。喜んでくれてるみたいで何よりだ。
「数独と言います!」
子供らしく元気よく。その由来は?なんて聞かれたからから、さて困った。「数独」が何故「数独」と言うかなんて考えたこともなかった。なんて伝えよう。
入る「数」はただ「独」つ。故に数独です。分かってる。非常に苦しい。でも知らないんだもん。それっぽいこと言えば何とかならんかな。それ以上突っ込んでこないでくれ。
その後は雑談というか近況報告というか。塵劫記終わらせたよとか、括要算法もらったよとか、箱ありがとうとか、寺子屋では先生やらされてるとか諸々。箱は何に使ってるかを聞かれたから、計算用紙の代わりに使ってるよってちゃんと報告した。嘘ではない。ただ他の人に見せられない計算過程なだけで。
で、爺様がおもむろに立って、「ついて来い」と言うから付いてったら書庫って言ったら良いのか、本が積んである。ガサガサ探し始めて、まだ早いかもしれんが、と言いながら一冊の本をくれた。
「発微算法」
またまた算法書ゲットだぜー、なんて呑気なこと考えてたら父が迎えに来た。良い年越しになりそうだ。
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藤二が去ったあとの神主
あれはなんじゃ。あんなことになるなら手元に置いてきちんと見ておくべきだったかもしれん。狐憑きとか妖とかそんな可愛いもんじゃない。物怪か何かか?まだ鳥肌が収まらん。大体塵劫記終わらせたって、あんな子供が言ったところで誰も信じぬぞ。
全く違う理におる。これは間違いない。あの子は下手なところに預けるべきではない。それだけは分かる。野に放っておくには勿体無い。だが、どこに預けるのが、誰に任せるべきか見当も付かん。伝統技法を求める算法を「美しくない」と言い切る。それだけで「異端」と判断されても何ら不思議はない。そもそも藤二の言う「美しい」とはなんじゃ?「不適である」の解もそうだ。算法の理ではあり得ぬ答え。でも、藤二の理では「不適」と言い切る。これをどう説明せよと言うのだ。
これは直接、内田殿に相談した方が良いのだろうか。それとも塾頭の外山殿で良いのだろうか。下手に算法塾に通わせても波紋しか起きんぞ。
そしてこの数独とやら。このような遊戯を思い付くその根源はなんだ?説明されれば理解できる。算法とは全く違う。だが、算法の様に決められた手立てを必要としない。算法を知らずとも算術を知らずとも、誰もができる遊戯。
いずれにしても儂の手には負えん。それは間違いない。他方で誰の手なら負えるんだ?それが分からん。
そうじゃ、算額は奉納されるのを待つだけではない。こちらから奉納しても良い。来年の恵方は南西。江戸市中から恵方詣に人が集まるじゃろう。それに間に合うように、この数独とやらを算額にしたためるとしよう。方陣と勘違いされぬよう、藤二から教わった解法を例として示した上で、奉納せねば。年の瀬に余計な仕事を増やしおって。とは言えこの数独、本当によく出来ておる。




