#53 許可ではなく、強制
お昼にココへ来た時におばあ様からお仕事の話を聞かせてほしいと言われていたので、食事の後にお茶でも飲みながらお話しをすると思い、食事をした和室にそのまま留まっていた。
専務やマナミさんのお子さん達が退出し、和室には会長とおばあ様と俺の3人が残った。
そういえば、会長に会ったら国見家のご当主を口説き落とした『幸せを提供』の話をしようと思っていたので、早速その時の話を会長に報告した。
俺が「会長から教えて頂いた『お菓子を売ることは幸せを提供することです』ってお話をしたから、ご当主を口説き落とすことが出来ました。あのお話が無かったら、カドキューさんとの話は無かったと思います。ありがとうございました」と話すと、「そうか。荒川君は俺の話を覚えてくれてたんだな」と目を細めて嬉しそうに微笑んでくれた。
いや、忘れたらダメでしょ、と思ったが、先ほど馬鹿(元次長)が入社当時会長に言われた大切な話を忘れてたんだっけ。 会長もそのことが悲しかったんだろうな。
その後も国見のご当主の様子などを報告していると、キッチンで食事の片付けの手伝いをしていたアイナさんが、「私は会社に戻ります。また近々顔を出しますね」と和室に顔を出した。
するとおばあ様が「ちょっと待ちなさいアイナさん。今からお話しがあるからおばあちゃまのお部屋に行きましょ。 荒川さんもよ」と言って立ち上がり、スタスタと和室から廊下に出ていってしまった。
慌てて俺も立ち上がって追いかけるとアイナさんも付いてくる。
部屋を出る時にチラリと会長の方を見ると、もう少しお喋りをしたかったのか、一人だけ仲間外れにされて寂しそうな顔をしていた。
廊下を歩きながらすぐ後ろを歩くアイナさんへチラリと振り向くと、俯いて目線を逸らされる。
照れてるのかな。
それとも何か気まずいのかな。
理由は分からないけど、余所余所しいな。
二人とも言葉を交わさないまま、おばあ様の後に続いておばあ様の部屋に入ると「二人ともソコに座って頂戴」と言われ、部屋の中央にあるローソファーにアイナさんと並んで腰掛ける。
おばあ様も向かいのソファーに腰掛けると、じーっと俺たち二人を見つめて話し出した。
「早速だけど荒川さん。山名と山霧堂を守って下さって、ありがとうございました。 それに、マサシさんのことも気遣って下さって、ありがとうございました。 山名を代表してお礼を言わせて頂きます」
「いえ、俺は何も」
「いいえ。 今日アナタを呼んだのはね、アナタに私たちを止めてもらう為だったの。 身内だけだとどうしても話が偏ったり行きすぎたりするでしょ? 今の山名家や会社の経営陣には山名とは違う考えや価値観を持った人材が必要なの。 私は、荒川さんアナタが適任だと考えてたのね。 そして今日アナタは私の期待以上のことをしてくれました」
それで要件を言わずに強引に俺を呼び出したのか。 要するに、俺は試されていたのかもな。
「そう仰られても、俺はただ生意気なだけの若造ですよ?そんなお役目を果たせるほどの人間では無いです」
「アイナさん、荒川さんはこう言ってますが、アナタはどう思う?」
「私は・・・年齢は関係無いと思います。ワタル君は誰よりも強くて自分の哲学をしっかりと持っている方です」
「そうね、私もそう思うわ。 この際だから回りくどいのはヤメるわね。 あなた達二人はお付き合いしてるんでしょ?早く結婚しちゃいなさい」
「え!?」
「はい!?」
付き合ってること、既にバレてた!?
まぁ、今日の話し合いの時にお互い名前で呼び合っちゃってたし、バレるわな。
それより、おばあ様の方から結婚しろって言い出したぞ!?
「アイナさん、荒川さんを絶対に逃がしてはダメよ。 この歳までずっと待ってたんでしょ?荒川さんを逃したりしたら、あなたもう2度と結婚出来ないわよ?」
「そ、そそそそんなことおばあちゃまに言われなくても分かってます!」
「あの~・・・」
「だったらモタモタしてないでさっさと結婚しなさいよ。何してるのよ。アナタもうすぐ30なんでしょ?」
「だってしょうがないじゃないですか!会社が大変な時だったし仕事だって忙しかったし」
「あの~・・・」
「どうして?それはタダの言い訳じゃないのかしら?結婚したかったらアナタも九州に付いていけばよかったんじゃないの?」
「そんな簡単な話じゃないんです! 私だって本当は離れたくなかったもん・・・」
なんか凄いな。
おばあ様、かなり無茶言ってるぞ。
アイナさんもタジタジになってるし、コレどうしたら良いんだ?
「あの~すみません。俺たち結婚はするつもりですよ? ただ、ご家族や会長ご夫妻の同意を得てからって考えてて、そしたら色々トラブルが発生しちゃって、今は保留になってるみたいな感じでして」
「そのトラブルはもう解決したわよね?ならさっさと結婚しちゃいなさい」
「えっと、はい、分かりました」
あれ?
会長やおばあ様からどうやって結婚の許可を貰おうか、俺散々悩んでたよな?
なんか思ってたのと全然違うんだけど、いいのかな?
逆に結婚しないと怒られそうなんだけど。
「決まりね。入籍だけでも早く済ませなさいね。式なんて落ち着いてからでいいですからね」
おばあ様はそう言って席を立ち、俺とアイナさんの前に来ると俺達の手をそれぞれ持って、それを重ねて一人で満足気な顔をした。
「はぁ」
コレはいわゆる『お節介ババア』ってヤツだな。
まぁ、結婚を許可してくれるって話だから、俺としては大歓迎だが。
それにしても、おばあ様って結構ぶっ飛んでるよな。
横に座るアイナさんをチラリと見ると、俯いたまま黙ってる。
やっぱりまだちょっと余所余所しいな。
「これでおばあちゃまからの大切なお話はお終い。 あとは久しぶりにお喋りしましょ!荒川さん、九州でのお話をいっぱい聞かせて頂戴!今日は楽しみにしてたのよ?うふふふ」
その後、2時間ほどおばあ様のお喋りの相手をした。
最初は俯いてたアイナさんも途中からは顔を上げて、俺の話にクスクスと笑っていた。
ただ、フミナさんの話題を出した時は、ムっとした顔をしていた。
そういえば、フミナさんが熊本まで俺に会いに来てたこと、アイナさんに内緒だったの忘れてた。
俺の方は途中トイレに行きたくなったが、アイナさんと手を重ねたままで、何となく手を離しづらくてずっと我慢していた。
「あら大変!もうこんな時間! 折角久しぶりに二人は会えたのよね?いつまでもおばあちゃまに付き合わせたら悪いわよね。 荒川さんは今夜はコチラで泊まるのかしら?ならあとは二人でゆっくり過ごしたいわよね」とおばあ様が言って、ようやく解放された。
二人でおばあ様の部屋を出て、書斎に居る会長にも一言挨拶してからお手洗いを借りて、玄関に向かう。
今日は朝早くて熊本からの電車移動だったし、お昼の話し合いとかおばあ様の相手とか、なんだかゲッソリと疲れたからアパートに帰って休みたいなと思いつつも、それもアイナさん次第かなって思って、玄関で靴を履いてから聞いてみる。
「アイナさんは会社に戻るんです?俺、このままアパートに帰ろうかと思ってるんですけど」
「そうね。もうこんな時間だし、私も一緒にアパートに帰ることにするわね。車が会社だからソコまで歩きましょ」
「了解っす」
玄関でおばあ様と使用人さんにお礼を言ってから二人で歩いて会社に向かう。
ようやく二人きりになれたので、歩きながら気になってたことを聞いてみた。
「アイナさん、久しぶりに会えたのに、なんか今日余所余所しくなかったです?」
「それは・・・だってぇ」
「だってぇ?」
「ワタル君、絶対怒ってると思ったんだもん」モジモジ
「なんで俺が怒るんです?俺何かされましたっけ?」
「・・・異動の話、私が決めたって聞いてたでしょ? 今日の話し合いの時にパパと私が相談して決めたってパパが言っちゃったし」
「ああ、そういえば言ってましたね」
「だからワタル君に怒られると思って・・・」モジモジ
「怒るというか最初は超絶凹みましたね。副社長にもアイナさんにも見捨てられたぁ~って」
「えぇ!?そうなの?」
「ふふふ。でも事情は全部聞きましたからね。さっきの話し合いでも俺言ってたでしょ?二人は俺を守ってくれた恩人だって」
「じゃぁ怒ってないの?」
「ええ、怒ってなんかいないですよ。むしろ感謝してるんですからね」
「ホントに?」
「ええ、ホントですよ」
「うふふ、よかった」
そう言って、アイナさんは俺の右腕に腕を絡ませてデレデレしはじめた。
なんだか凄く懐かしいな。
相変わらず俺の右側に立つのも、強引に腕を組んでくるのも、漂ってくるアイナさんの香りも。
今朝出てくる前は会えると思ってなくて、でも会う機会があったら色々話したいって思ってて、なのに折角会えても二人っきりになる前に山名の集まりだとか、おばあ様とのお喋り相手とか有ったせいで何を話したかったか忘れちゃって、でもアレコレ喋らずに腕組んでタダのんびり歩く時間も懐かしくて、やっぱりアイナさんとそうやって過ごす時間は幸せだった。




