#14 副社長からのお願い
課長と映画を見に行った次の日の朝。
朝礼が終わり、営業企画室の部屋に戻り仕事を始めようとすると、珍しく内線電話が鳴った。
「山名ですが、荒川君居ますか?」
ウチの会社、山名性が多いから山名って名乗られても誰なのか分かりづらい。
だが、この声はどうやら副社長っぽい。
副社長と言えば、課長のパパだ。
その課長のパパが、朝から何だろうと身構えつつ「荒川です。なんでしたでしょうか?」と答えると、「話あるから後で来てくれないか」と。
これは・・・昨日、課長と映画見に行ったことが耳に入り、怒られたりするパターンじゃないのか?
「課長、副社長から呼び出しあったんですけど、昨日のことで何か言ったりしました?」
「うーん、何も話してないけど? 流石に荒川君と二人でデートしたなんて言ったら、私だって何言われるか分からないわ」
「そうですか。では企画室の業務の進捗とかの確認ですかね」
「そうね。副社長は荒川君に期待してるようだから、何か聞きたいのかもしれないわね」
「分かりました。進捗状況報告出来るように資料持って行ってきます」
「うん。任せるわね」
課長にはこう言ったけど、営業企画室の業務に関しては直属の役員である白石常務に定期的に進捗状況の報告を上げている。
そしてウチの会社は、派閥などは無いが部門ごとに担当役員が分けられており、営業部の担当では無い副社長が俺の様な下っ端に直接用事があるというのは、恐らく営業や企画室の業務とは別の話があるのだろう。
つまり、副社長の娘である山名課長のことだと予想される。
とは言え、どんな話かは分からないので、現在進めているアンケートの準備状況をまとめた資料をプリントアウトして、今現在のSNSのフォロワー数や動画投稿サイトの公式チャンネルの登録数とコメントなんかもざっと流して確認してから、総務部にある副社長のデスクを訪ねた。
「おう、忙しいところ悪いね。あっち行こうか」とミーティングルームへ連れて行かれた。
副社長と二人きりで向かい合って座ると
「営業企画室で色々と頑張ってくれてるようだね。山名課長が凄くホメていたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「それで、コレ読ませてもらったよ」
そう言って、1枚の資料を目の前に置いた。
ん?と思って見ると、最初に俺がアイデアを書き連ねた資料だった。
課長にしか渡してないから、課長経由で副社長のとこまで回った様だ。
「役員会でもこのメモが話題になっててね、役員会の間じゃ『荒川メモ』って呼ばれてるんだよ」
「マジですか・・・」
「こういう自由な発想、アイデアが欲しかったんだよ。 知っての通りウチの会社は会長の代からずっと贈答用お菓子をメインに扱って来たが、どこの部署も保守的で攻める姿勢が足りないんだよな。君の様な既存の業務に捕らわれずに自由な発想が無いと、この不況下じゃ生き残れない。この調子でこれからも頑張って欲しい」
「了解です」
「それと、山名課長のことだが」
「はい」
やっぱり本題は課長のことか。
「君には苦労を掛けると思うが、上司だからと遠慮せずにビシバシ鍛えてやってくれないか?」
「えっと・・・」
「この場だけの話だと思って胸に留めて欲しいのだが、アイナ(課長の下の名前)は甘えん坊で会社員としての自覚もいまいち足りていない。 末っ子で甘やかして来た親である私の責任なんだが、家族だとどうしてもお互い甘えが出てしまうし、今更厳しくしようとしても中々うまくいかなくてな」
「はぁ」
思ってた以上に、込み入った話をしてきたな。
「だが、あの子も君の言うことなら素直に聞くようだし、君の様に仕事に厳しく、そして取引先や顧客に寄り添えるような社員がお手本になってくれたら、今までの自分自身を省みて何かしら感じてくれると思う」
確かに、課長本人も昨日そんなことを言ってたけど。
「本当だったらあの子はウチに入社せずに、お見合いでもして結婚させるつもりだったんだよ。 けど本人が「いずれ結婚するにしても社会人の経験をしておきたい」って言うから、その考え自体は良いことだし、一般の企業で苦労させるよりはとウチに入れたんだが、経営者の親戚、特に女性っていうのはウチみたいな保守的な社内では風当りも強くてな、気づいたら殻に閉じこもる様に周りと壁を作って一人孤立してしてたんだよ」
「はい」
「今のアイナは、そんな自分の不甲斐なさに意地になって、このまま仕事を辞めて結婚することにも抵抗している様で、お見合いの話があっても断るし、なのにもう30目の前で、親としてはなんとかしてやりたいと焦っていたんだ」
言いたいことは分るけど、それを俺に話して指導してくれって頼んでくるとか、めっちゃ公私混同じゃん。
だけど、俺はただの使い捨ての駒。
副社長の要望を拒否することは、この会社での居場所を失うことを意味する。
俺はそれを理解した上でこの会社に居続けている。
ナツキに捨てられてもこの会社に残っているのは、俺にはもうココしか無いからだ。
この不景気、簡単に転職は出来ない。
それに、なんだかんだとやり甲斐も感じてはいた。営業なんてやり甲斐が無ければ続けられるものじゃないしな。
そして、山名課長に対して、最初の頃よりも親近感を感じている。
つまり、副社長の要望だからとか関係なく、山名課長にはなんとか仕事に積極的に頑張れるようにしてあげたいって思っていた。
今までも、そういう気持ちで課長と仕事をしてきたから、副社長に頼まれたからと言って今更態度を変える必要は無いはずだ。
「私は山名課長よりも若いし、社会人になってまだ4年そこそこの若造です。そんな自分がご期待に応えられるか分かりませんが、山名課長とは同じ部署の仲間としてこれからも協力して、会社の為に何か成果を出したいと思ってます。 これから営業企画室では色々なことに挑戦していくつもりですので、その中できっと課長も前向きに頑張って下さると思います。 そして、いずれ営業企画室が実績を残せるようになれば、山名課長もご自分に自信を持てるようになって、今よりも頼もしくなってくださるのでは無いでしょうか」
「そうだな。君の言う通りかもしれないな。 もう子供じゃないんだから、他人に頼るよりも自分自身で成し遂げて行くことが大事かもしれないな」
「はい。生意気言ってすみません」
「いや、大丈夫だ。かえって安心したよ。 自信満々に「私に任せて下さい」って言われるよりも、ずっと信頼出来るよ。 これからも山名課長のことをよろしく頼むな」
「了解です」
「あと、この話は課長には言わないでくれ」
「わかりました」
まさしく、ファミリー系企業の闇だな。
こんな話、普通の一般企業じゃ業務時間中に密室で聞かされることなど無いだろう。
でもまぁ、これも仕事の内だよな。
課長にはこれからもっと頑張って貰おう。
それに、副社長の後ろ盾があると思えば、もし課長がグズったり駄々こねた時は、副社長にチクってやればいいしな。
副社長との密談を終えて営業企画室に戻ると、課長は眉間に皺を寄せてPCのディスプレイを睨んでいた。
「どうしました?何か悩んでるんですか? 顔が怖いですよ」
「え? あぁ荒川君、お帰りなさい。 今ね、ツイッターに夏向けのラインナップの宣伝をツイートしようと思ったんだけどね、画像がいまいち美味しそうに見えないのよね」
「どんな画像を乗せようとしたんですか?」
課長の横に行ってディスプレイを覗き込むと、如何にもカタログやポスターなどに使っている様な商品の固い画像だった。
「確かにこれだと、ツイート見た人は「美味しそう」って気持ちにはならないですね。 実際に自分で食べてる画像にしたらどうです?」
「なるほど・・・食レポみたいな感じかしら?」
「そうです。 後は凍らせたものを用意して、こうすると冷たくてもっと美味しいですよ、とかでも」
「むむ、また荒川君は次から次へとアイデアを。 私、1時間くらいずっと悩んでたのよ?これでも元3課(販促担当)なのよ? なんで元2課(小売店への営業担当)の荒川君が2~3分でそんなにアイデア出せるのよ! アナタ、チート使ってるんじゃないの!」
「何言ってるですか?パワハラですか? 昨日お寿司ご馳走になってせっかく少し見直したのに、台無しですね」
この日、ウチの新商品である夏みかんの果肉たっぷり水羊羹を食べている課長の口元をドアップで写した写真(俺が撮影)と共に『甘くて酸っぱくて冷たくて、これからの暑い夏にはピッタリですわ』と課長がツイートすると、「口元がエロイ」「熟女の色気が滲み出ている」「毛穴が気になる」等のコメントが多数寄せられ、次の日それを見た課長は憤慨していた。




