第83話「進めない現状」
ゲームを終了して、ヘッドギアを頭から外すと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
蒼空はボーッとしながら、ゆっくりと確認するように、部屋全体を見回す。
オレの部屋は、机と本棚とベッドがあるだけの簡素なものだ。
本棚はゲームソフト置き場になっていて、神ゲーとケソゲーで半分に分けられている。
上段に並んでいるのは、オレの中で評価が高い神ゲー達。
下段のクソゲー達には〈剣豪〉や〈心眼の忍〉等の、プレイヤースキルを嫌でも向上させてくれた、錚々(そうそう)たるメンバー達が並んでいる。
神ゲーのクリア時間は、ジャンルにもよるけど大抵一週間からニ週間くらいで終わるのに対して、クソゲーはだいたいソレの倍以上。
最低でもニヶ月以上掛かるのは、基本だ。
ちなみにその一ヶ月は大体ゲームのバグやクセを覚えるのに費やされ、本格的に攻略が始まるのは、それからなのが自分の通例となっている。
なんでそこまでしてクソゲーにチャレンジするのか、昔に真司と志郎に聞かれたことがあった。
まぁ、理由としては世界でも両手の指で数える程しかクリア者のいないゲームを、クリアした時の達成感と充実感がたまらないというのが理由の一つ。
そしてもう一つの理由は、自分のプレイヤースキルがどこまで通用するのか試したいから。
だから掲示板で攻略不可能のゲームを聞いたり、実際にゲームショップを周って掘り出し物を探したりした。
しかし、今のところオレは挑戦したクソゲーを、全て攻略している。
それこそ、攻略不可能なゲームなんて、スカイファンタジーの〈サタン〉だけだ。
「……サタン、か」
蒼空は胸の内にある一つの心残りに向き合うと、両頬を軽く叩いて、暗い意識を強引に切り替える。
それから手足の運動をして、ゆっくり起き上がると、蒼空はPCのある机に向かった。
机の上に乗っているのは、小遣いをためて買った32インチの大きなディスプレイと、キーボードとマウスのセット。
その近くに並べて置いている複数のエナジードリンクから一本を手に取り、封を開けると中身を一気に飲み干す。
炭酸の弾ける感覚とフルーティな味わいに、ボンヤリしていた頭がシャキッとなった。
次に意識を向けるのは、自分の姿。
半袖のTシャツに、短パンというラフな格好。髪は少しボサボサになっていて、少しだけ汗臭いかもしれない。
そういえば帰ってきてから、そのままゲームをしに自室に直行したので、今日はまだ風呂に入っていない。
ちらりと、壁に掛かっている時計に視線を向ける。
時刻は22時30分ほど。
自分の身体とはいえ、女の子の裸を見るのは心は紳士な男子として避けたいので、こうなったら目隠しをしてシャワーだけでも浴びるか。
空になった缶を片手に、蒼空は自室から出て一階に下りる。
すると部屋と同じく、見慣れた広いリビングと、隣接しているダイニングルームがある広い空間に出た。
妹の詩織の姿は、見当たらない。
恐らくは今頃〈アストラルオンライン〉にログインして、炎に阻まれた次の王国に向かう為の道を、どうやったら開放できるのか探しているのだろう。
妖精国と同じように、冒険者達の進路を阻むように道を塞いでいる灼熱の炎〈デスフレア・ウォール〉。
当然だけど触れたらHPが減り、僧侶に回復してもらいながら強引に抜けようとしたプレイヤーは、文字通り炭となって死んだ。
力技での突破は不可能。
ならば炎を鎮火させる方法が、どこかにある筈なのだが、なんと今回は妖精国と違ってノーヒントである。
この手のゲームは、大抵は進行をスムーズにさせる為に、ナビゲートをしてくれるのだけど〈アストラルオンライン〉にはない。
となると、フラグ立てからの進行クエストしかないのだが……。
今回のケースで言うなら「次の王国に行くための道が炎の壁で塞がっている」事が、フラグとなるはず。
蒼空もそう思って〈デスフレア・ウォール〉を見た後に妖精国の王に会ったり、アリアと会ったり、精霊王シルフと会ったりしたのだが、なんのヒントも得られなかった。
「唯一可能性が高い〈ヘファイストス王国〉の国王は、会うことすらできないからなぁ……」
何でも近頃、魔王の配下になっている〈邪竜属〉の活動が活発らしく、これに対抗するために城の中は警戒態勢に入っているらしい。
だから万が一の事を考えて、余所者は誰一人として中には入れてもらえない状況だ。
それが例え精霊の森を救った者達で、妖精王と精霊王に、身分を証明する書類とアイテムを貰ったとしても。
「うぐぅ!?」
考え事をしていたせいか、お腹が『ぐぅ〜』と鳴り響く。
アカン、意識したら空腹感が半端ない。
「とりあえず風呂は後にして、オムライスでもチンして食べるか」
ダイニングテーブルの上に、ラップして置いてある詩織お手製のオムライスを、蒼空は電子レンジに入れてスイッチをオン。
スプーンを用意してしばらく待ち、チンという音が鳴ると皿を取り出して椅子に腰掛け、遅めの夕食を取る。
食べ終わって皿を洗い、食器を直すとタイミング良く妹の詩織が「あ〜、う〜」と何だかゾンビみたいなうめき声を出しながら下りてきた。
いつもはシャキッとしている顔も疲れきっていて、覇気がまったく無い。
髪もボサボサで、ふらふらと左右に揺れながら危ない足取りでダイニングテーブルの椅子を引いて腰掛ける。
「お、どうやら進展は無かったみたいだな」
蒼空はそう言って、コップを二つ用意すると、中身に冷蔵庫から取り出した麦茶を注いで渡す。
妹は「ありがと」と小さな声で礼を口にして、麦茶を勢いよく傾け、一気に中身を飲み干した。
「ぷはぁ! もう、なんで今回も先に進むのに行き詰まっちゃうのよぉ!」
また詩織殿がご乱心の様子。
長くなりそうなので蒼空は、彼女の思いの叫びを聞き流しながらスマートフォンを手にして、アスオンの本日のまとめ情報に目を通す。
そこにはユーザーが減るどころか増える一方である事とか、冒険者ギルドっぽい建物がいつの間にか出来ていて、近づくと扉には準備中と表示される事とか書かれている。
ふむ、また新しいコンテンツが増えるのか。
実はこのゲーム、未だに冒険者ギルドというものが存在しないのだ。
クランは個人で作ることができるし、クエストは街で『!』アイコンが付いているNPCに尋ねたら受ける事ができるから、正直なところ無くても困ることは無かった。
冒険者ギルドという事は、今後はそこで変わったクエストを受ける事ができたりするのだろうか。
そんな事を思いながら画面をスクロールさせて、他に目ぼしいものがないことを確認すると、画面を更新して新着が無いか最後のチェックをする。
すると一番上に『朗報、VRジャーナリスト粛清対象になる』という記事が新しく追加された。
いや、朗報ってアイツどんだけ嫌われてるんだよ。
内容に目を通すと何でもリンネは、〈剣姫応援団〉を中心に上位の冒険者達の間で取り決められている、
『剣姫を困らせる程の、過度な接触』
に抵触したとの事で、粛清部隊に追いかけ回されているのが目撃されているらしい。
オレとしては、知らない所でそんなルールが制定されていた事にビックリである。
添付されている動画に目を通すと、金髪碧眼の少女が必死の形相で逃げながら、その後ろを「Yes剣姫! Noタッチ!」と叫びながら五人の全身鎧の騎士が、陸上選手みたいな綺麗なフォームで追い掛ける姿は、見ていて実にシュールだった。
「リンネちゃん、なんで追い掛けられてるんだろうって思ったけど、そういう事だったのね」
不満を吐き出してスッキリしたのか、詩織が後ろからオレの肩にあごを乗せて言う。
蒼空は視線を向けると、苦笑した。
「あー、腰辺りにべったりひっついてたからなぁ」
「もう、ちゃんとセクシュアルディフェンスを設定してないから、そうなるのよ」
「失礼な、ちゃんと設定してるぞ。女の子以外は、3秒間の接触しかできないようにな」
「ふぅーん、女の子は良いんだ」
間近で冷ややかな視線を向けられて、蒼空は額にびっしり汗を浮かべた。
後ろめたいことは何もしていないのに、何故こんなにも追い詰められているのだろうか。
先程戦った〈グレータードラゴン〉よりも強い圧を感じながら、オレは話題変更を試みる。
「ま、まだ帰ってきてから風呂入ってないから、入れてほしいなぁ……」
「うん、わかった。詳しくはお風呂でじっくりゆっくり聞かせてもらうから」
「え、あの……詩織さん?」
「今日はお引越し準備で一緒にいなかったけど、普段はアスオンでクロちゃんとベタベタしてるもんね。二人の仲がどこまで進展してるのか、お兄ちゃんの妹としてとっても気になるなぁ」
ヤバい、何か変なスイッチが入ったらしい。
詩織は心の底から震える程の満面の笑顔で、オレを引きずりながら告げる。
「今日はちょっと長風呂になりそうね、お兄ちゃん」
「詩織さん? オレとクロは、別にそんな仲じゃないんですけど……」
「はいはい、話はお風呂でキレイにしながら聞くからね」
引きずられながら必死に弁明するものの、どうやら聞いてはもらえないらしい。
それからクロとオレの現状を語り、恋仲というわけではない事をキチンと説明して開放された頃には。
今日の日付は変わっていた。




