第460話 逆にやっちまいたくなるな
魔大陸に生息している魔物は、僕たちの住む大陸とは凶悪さが桁違いらしい。
「魔大陸の全域が、我々の大陸で言う魔境のようなものだからな」
「そうねぇ。アタシも昔、魔大陸で訓練したことがあるけど、強いだけじゃなくて、狡猾なのが多いのよねぇん」
相変わらず物知りなフィリアさんに対し、頷くゴリちゃん。
ていうか、魔大陸で訓練したことあるんだ……。
「どうやって魔大陸まで来たの?」
「さすがのアタシでもあの海域を泳ぐのは無理だったから、鳥の魔物を手懐けて乗せてもらったのよねぇ。でも、魔大陸に着くなり、魔大陸の魔物に食べられちゃったの……あれは悲しかったわぁん」
普通の人間には真似できない移動方法だった。
そんな話をしていると、やがて進路は海岸線から内陸方向へ。
やはり森の中を進んでいくことになったものの、上陸した地点と比較するとそこまで深い森ではない。
「この辺りは少し森が薄くなっていて、早く抜けることができるのだ。できるだけバトルエイプには遭遇したくない」
「バトルエイプ?」
「好戦的な猿の魔物だ。一匹でも攻撃すると、延々と仲間を呼んで、敵を肉片一つ残らない状態にするまで戦い続ける。下手をすると何百何千匹と戦う羽目になるからな。魔族にも恐れられている」
そんな話をしていると、どこかからキィキィという鳴き声が聞こえてきた。
「……バトルエイプの鳴き声だ。気を付けろ。もしやつらに何をされたとしても、絶対にこちらから攻撃をするな」
「おいおい、んなこと言われたら、逆にやっちまいたくなるな」
「ラウル、今はそんな場合じゃないってば。早く魔王のところに行かないといけないし、余計な消耗は避けたいでしょ」
「ふん、それくらい分かってるに決まってんだろ」
そんなやり取りをしていると、いきなり石が猛スピードで飛んできた。
ノエルくんが盾で弾く。
「向こうから攻撃してきやがったぜ?」
「無視一択だ。いいか、何をされても絶対に反撃をするな。視線も合わせるな。威嚇するだけでも攻撃と見なされかねない」
木々の向こうにそれらしき姿が見えた。
悠然と木の幹にぶら下がっている、筋骨隆々の猿だ。
遠いけれどかなり大きくて、大柄な成人男性くらいのサイズ感があるかもしれない。
その目は大きく見開かれ、じっとこちらを監視しているかのようだった。
何度か石を投げてこられたけど、無視して進み続けていると、やがて森の終わりが見えてきた。
危険な集団ではないと判断したのか、いつの間にかバトルエイプの姿も見えなくなっている。
「よし、森を抜けたな。だがまだまだほんの序の口だ。魔大陸の旅は甘くないぞ」
それから僕たちは魔大陸の中心部を目指し、ひたすら歩き続けた。
途中、ダークドラゴンの生息地や毒の大地と呼ばれる猛毒地帯など、ビビさんの案内で危険な場所を回避しながら、ほとんど休むことなく移動したのだ。
「み、みんなすごい体力だね……この身体は影武者だから全然疲れずに済んでるけど……」
魔大陸に上陸してからすでに丸二日は経過しているだろうか。
休憩時間は一時間も取っていないというのに、みんなまだ割と平然としている。
「この程度の行軍、大したことねぇよ。うちは七十二時間、不眠不休で歩き続ける訓練をしょっちゅうやってるぜ」
ラウルがそう言って鼻を鳴らすと、
「オレたちの里でも三日三晩、不眠不休で組手をし続けるっつう伝統的な訓練があるぜ」
「あれはしかも飲まず食わずだからな。もっとキツイ」
今度はアマゾネスたちが故郷の厳しい訓練のことを口にする。
「アタシは一か月耐久筋トレをしたことあるわぁん♡」
一か月間、ほぼ不眠不休で延々と筋トレをし続けるというものらしい。
普通の人の場合、筋トレとしてむしろ逆効果だと思うけど……まぁゴリちゃんは普通じゃないからね……。
もちろんビビさんの案内で危険地帯は回避できても、魔物との遭遇までは避けることができない。
すでに魔大陸固有の魔物に、何度も出くわしていた。
「「「ギギギギギギギギッ!!」」」
「赤いゴブリン?」
「やつらはレッドキャプだ。ゴブリンの上位種だが、強さは段違いだ」
全体的に身体が赤みを帯びているが、特に頭部の赤みが強く、それが赤い帽子を被っているように見えることから、レッドキャップと呼ばれているらしい。
魔大陸の固有種なので、僕たちの大陸で見かけることはまずないそうだ。
「う、動きが素早い! しかもパワーもありそう!」
「はっ、所詮はゴブリンの一種だろうが! オレたちの敵じぇねぇよ!」
慌てる僕を余所に、ラウルがレッドキャップの俊敏な動作を見切り、一撃で首を刎ね飛ばす。
さらにセレンが魔法であっさり氷漬けにしたかと思うと、フィリアさんの放った矢が心臓を貫いた。
五体いたレッドキャップが一瞬で全滅だ。
うーん、みんなさすが……。
「気を付けろ……まだ……何かいる……」
注意を促したのはディルさんだ。
『索敵』のギフトを持つ彼は、今回の探索において欠かせない存在だ。
凶悪な魔大陸の魔物から奇襲を受けるリスクを、極限まで減らしてくれている。
「ギイイイイイイイイッ!!」
「っ……大きなレッドキャップ!?」
「ホブレッドキャップだ! 気をつけろ、こいつは動きの鈍いホブゴブリンと違って、スピードがある!」
どうやらゴブリンにおけるホブゴブリンに相当する、レッドキャップの上位種らしい。
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





