第450話 お前の力が必要だ
クランゼール帝国第二の人口を誇る大都市、パルス。
都市を守護する防壁で警備についていた衛兵が、最初にその異変に気づいた。
「なんだ、あれは?」
都市の周辺に広がる平野部。
その遠くに、東西に長く伸びる謎の砂煙を発見したのだ。
しかもそれは徐々にこちらへ近づいてきているように見えた。
慌てて望遠鏡を覗き込んだ彼は、濛々とあがる砂塵の原因を理解して叫んだ。
「ま、魔物の大群だああああああっ!!」
迫りくる魔物の群れの情報は瞬く間に都市内に拡散され、人々をパニックに陥れた。
その様子を楽しそうに嗤いながら見ていたのは、一人の男。
「くはははははっ! 人間どもよ、本当の恐怖はこれからだ……っ!」
次の瞬間、男の身体が膨れ上がる。
顔つきが変貌し、全身を灰色の毛が包み込んだ。
気づけばそこにいたのは、二本足で屹立する一匹の狼だった。
「ま、魔物っ!?」
「「「きゃあああああああっ!?」」」
男がいた都市の中心部に、絶叫が木霊する。
「魔物? 俺たちをそんな下等な生き物と同一視するんじゃねぇよ。俺たちは人狼……れっきとした魔族だ」
人狼は獣化能力を有する魔族の一種。
普段の姿は人間や獣人と大差ないのだが、獣化することでその見た目はほとんど完全な獣と化す。
響き渡ったのは人々の悲鳴だけではなかった。
「「「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」」」
「「「ガルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」
都市の各所から轟く、獣の咆哮。
先ほどの男以外にも密かに都市内に侵入していた人狼たちが、一斉にその正体を現したのだ。
人狼に加えて、虎の姿に変貌する人虎も少なくない。
「くはははははっ! 外からは魔物の群れが、内からは我ら魔族が! 忌まわしい人間どもの都市を食い荒らしてくれるわ!」
一方その頃、バルステ王国の王都でも非常事態が発生していた。
「墓地からアンデッドが次々と這い出してきている!?」
「都市内の墓地は聖別されていて、アンデッドが湧いてきたりはしないって話じゃなかったのかよ!」
「一体どうなっているんだ!?」
王都を襲ったのは、都市内に設けられた墓地から突如として発生するようになったアンデッドの群れだった。
「フフフ、この私にかかれば、この程度の聖域を破ることなど造作でもありませんよ」
その墓地の中心部で、不敵に微笑むのは一人の男。
一見すると普通の人間の青年のようにも思えるが、その肌はとても生きた人間とは思えないほど青白い。
男は吸血鬼だった。
もちろん魔族の一種族であり、アンデッドの大量発生を引き起こした張本人である。
「この地に来るまで遠路はるばる大変でしたが、なかなかどうして、悪くない場所ですね。……そうです。ここに不死者の王国を築いてあげましょう」
さらにローダ王国にも魔の手が襲い掛かる。
「な、な、何で防壁の内部に、巨人が侵入しているんだよ!?」
都市の各所に突然現れたのが、身の丈十メートルを超すような巨人の群れだった。
当然ながらそんな巨大な生き物が、人知れず都市に侵入するなど不可能である。
「おれ、たち、ただの、巨人じゃ、ない」
その中でもひと際背の高い巨人が、言葉を発した。
普通の魔物の巨人にはできない芸当だ。
「おれ、たちは、魔族」
彼らは巨人化能力を有する魔族なのである。
平常時でも平均二メートルもある種族だが、ぎりぎり人間の都市に紛れ込むことが可能だ。
「「「うわああああああああああっ!?」」」
帝国の巨人兵に襲われた記憶の新しいローダ王国だからこそ、さらに恐怖と混乱が助長されるものだった。
しかもすでに都市内部にまで侵入されているのである。
「人間、滅ぼす。世界、魔族が、支配、する」
ゴバルード共和国でもまた、魔族の襲撃を受けていた。
空から鳥の姿をした魔族たちが、次々と首都に乗り込んできたのである。
湖という天然の防塞が一切通じない相手に、共和国は大混乱に陥った。
しかもその魔族の集団は、飛行系の魔物も大量に引き連れてきたのだ。
「くえくえくえっ! 地を這う無能な虫けらどもよ! せいぜい泣いて喚いて慄くがいい! くえくえくえっ!」
◇ ◇ ◇
ネオンから話を聞いているまさにそのとき、各国にいる影武者たちから緊急連絡がきた。
「えっ? 各国の中心都市が、魔族や魔物に襲われてるっ?」
会議室内が俄かに騒めく。
「どういうことよ、村長ちゃん?」
「……各国に配置してる影武者から連絡が来たんだ。もしかしてこれも……」
「間違いないでしょう。いよいよ魔王が動き始めたようですね」
ネオンが神妙に頷く。
「魔王の目的は、人類を滅ぼすこと。配下の魔族を指揮し、まずは各国の中心を潰しにきたのでしょう」
さらに魔族の中には、魔物を支配する能力を持つ者が少なくないらしい。
「魔族の絶対数は人間に劣るはずです。しかし各地で増加・狂暴化した魔物を引き連れ、都市に攻め込んでくるのですから、凄まじい脅威でしょう」
「い、一体どうしたら……」
僕たちが加勢するにしても、同時多発的なこの状況だ。
果たして対処し切れるだろうか。
しかもこの村の最大戦力である狩猟チームは、恐らくすぐには帰ってこない。
「簡単だ」
「……父上?」
動揺する僕たちとは裏腹に、不敵な笑みを浮かべた父上が告げる。
「頭を潰せばいい。そうすればやつらの動きは止まるはずだ」
「それって……」
「魔王を倒す。そのためにお前の力が必要だ、ルーク」
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