第444話 相変わらず昼間から酒臭い
「相変わらず昼間から酒臭い……」
その部屋に入るなり、強いアルコールの臭いが鼻を突いた。
宮殿の最上階にあり、村長である僕の家として使っているフロア。
それだけでちょっとした屋敷くらいの広さがあって、部屋数もたくさんあるのだけれど、そのうちの一部屋を居候が利用していた。
「おう、ルークじゃねぇか。ひっく、どうだ? テメェも一緒に飲むか? うぃっく」
ミランダさんだ。
セルティア王国の王都の地下で発見された遺跡に封印されていて、それをうっかり解き放ってしまったのである。
以来、何の仕事もすることなく、この部屋でぐうたらしながらタダ飯とタダ酒にありつくだけの毎日を送っていた。
「飲みませんよ。この村では十六歳未満の飲酒は禁止されてますから」
セルティア王国の法律では、飲酒可能な年齢について特別な制限はない。
ただ慣習的に、十二、三歳頃から飲んでもいいと考える地域が多かった。
しかし自治権を持つこの村では独自に条例を定めることができるので、お酒が飲める年齢を十六歳からということにしている。
個人的には二十歳からがいいかなと思ってたけど、さすがにこの世界の慣習とかけ離れ過ぎた条例にするのはデメリットが大きいからね。
「おいおい固いこと言うんじゃねぇよ。条例なんてつまんねぇもん気にしてたら、立派な大人になれねぇぜ?」
「村議会で決めて、僕が承認した条例なんですけど。ついでに立派な大人の対極にあるあなたに言われても……」
こんな大人になってはいけないという逆ロールモデルがこの人なのだ。
「うふふふ、真面目ですわねぇ」
揶揄うように笑うのはエミリナさん。
彼女の方は湖の底にあった神殿に封印されて、ミランダさんとは旧知の間柄らしい。
一つ下のフロアに住んでいるのだけれど、ミランダさんに負けず劣らずのお酒好きらしく、よくこの部屋で一緒にお酒を飲んでいた。
まぁ彼女の場合、残念ながら需要はなかったけど働く意思だけはあるので、ミランダさんよりはいくらかマシだ。
先日の武闘会のときは一仕事してくれたし。
「十代でアルコールを飲むのは、発達に悪影響がありますから」
「それなら、わたくしの回復魔法で、アルコールを一瞬で分解できる状態にしてあげますわよ?」
「おいおい、エミリナ。んなことしたら、酒飲んでる意味がねぇじゃねぇか。酒ってのはよ、酔うのが楽しいんだろ、酔うのが。ひっく」
「言われてみれば! わたくしとしたことが、酒好きの風上にも置けない発言をしてしまいましたわ! 罰としてっ……一気飲みしますのおおおおおおおっ! ごくごくごくごくっ……ぷはあああああっ! うふふふふふふふっ!」
……ダメだ、エミリナさんもすっかり酔っ払ってる。
「というか、ほんとに二人とも何者なんですか?」
二人の詳しい正体は未だ分からずじまいだ。
凄まじい能力を有し、そろってあんな場所に封印されていたことから、どう考えても普通の人たちじゃない。
まぁ聞いたところでまた適当にはぐらかされるだけだろうけど。
と思っていると、不意にミランダさんが神妙な面持ちになって、
「そうだな……そろそろ、話すべきときが来たかもしれねぇ」
「え?」
酔っ払いとは思えない真剣な顔つき。
エミリナさんも今までとは違う空気を察したのか、ジョッキをテーブルの上に置いた。
「今から遥か古代に栄えた文明……当時、黄金都市と謳われた場所で生まれたのがオレたちだ。いや、生まれたっていうより、生み出された、って言った方が正しいか」
「生み出された……?」
「そうだ。実はオレとエミリナは、普通の人間じゃねぇ。人工的に作り出された、人型兵器なんだ」
「ひ、人型兵器……?」
突然過ぎるカミングアウトに、僕は大いに困惑する。
「ああ。当時の人類の敵……文明の背後で汚染された自然環境から発生したとされる、汚獣どもと戦うために作り出された。普通の人間を遥かに凌駕する肉体と魔力を持つよう、遺伝情報を操作されてな」
遺伝……その言葉は僕の前世の記憶にもあった。
異なる世界なので、それがまったく同じ性質のものかは分からないけれど、遥か古代にそうした科学知識が存在し、しかも遺伝情報を操作することで生み出される子供までいたなんて……。
「――と、いうのはどうだ?」
「またただの作り話かあああああああっ!!」
僕は思わず絶叫した。
「ぎゃはははははっ! エミリナ、見たか今! こいつ、オレの大ホラを完全に信じてたぜ!」
大爆笑するミランダさん。
一方それをため息交じりに嗜めたのはエミリナさんだ。
「はぁ……まったく、あなたという人は……。村長さん、旧友が大変失礼しましたわ。本当はそろそろ真実を伝えるべき頃合いだと、ミランダと二人で話していましたの」
どうやら代わりにエミリナさんが話してくれるらしい。
「……実はかつて、この世界にある巨悪が現れましたの」
「ある巨悪?」
「ええ……その名も、邪竜エルディモア。その名の通り、凶悪な力を持ったドラゴンですわ。この邪竜によって人類は一度、滅ぼされる寸前にまで追い込まれたんですの。しかしそのとき、この邪竜に対抗するべく、聖竜アンダスタルの力を付与された英傑たちが現れましたわ。死闘の末、何とか邪竜の討伐に成功するも、聖竜はおっしゃいましたわ。邪竜は再び復活するかもしれない、と。そこで英傑たちは再び訪れる災厄の時代に備え、自らを封印することにしたんですの」
「じゃあ、その英傑っていうのが……」
「そう、わたくしたちですわ」
「――と、いうのはどうですの?」
「それも作り話かああああああああああいっ!!」
「うふふふふふふっ! ミランダ、見ましたのっ? 先ほど騙されたばかりだというのに、もうわたくしの大嘘を信じちゃいましたわっ! 純真無垢でかわいいですわねぇっ! うふふふふふふふっ!」
この酔っ払いども、殴っちゃダメかな?
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





