第443話 当然のことをしたまでですよ
「本当にありがとうございました! 大した報酬が出せないせいか、全然依頼を受けてくれる冒険者がいなくって……。皆さんが来ていただけなかったら、一体どうなっていたことか……」
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」
何度も頭を下げて感謝してくる依頼主に、いかにも好青年然としたその冒険者は、柔和な笑みを浮かべて紳士的に応じる。
「冒険者というと、荒くれ者ばかりかと思っていましたが、あなたのような方もいらっしゃるのですね」
「ははは、そんなに褒められるような人間ではありませんよ。お恥ずかしい限りなのですが、実は荒れていた時期がありまして」
「あなたが?」
「ええ。何度親を泣かせたことか……」
「それがどうして今のように?」
「私が改心できたのは、とある方のお陰なのです。今こうして冒険者として、困っている人たちを助けるために活動しているのも、そのお方の教えがあったからこそ」
「その方というのは……?」
「この方です」
そう言って青年が取り出したのは、一冊の書物だった。
「『ルーク様伝説』……?」
「上手くいきましたね!」
「ああ。これであの依頼主も、間違いなくルーク様の虜になるはずだ」
仲間の言葉に、冒険者の青年――ランタナは満足そうに頷く。
彼はルーク教の教えを広めるため、世界中に派遣された伝道師の一人だった。
仲間の伝道師たちと冒険者パーティを組み、各地で困った人を助けながら、伝道活動に奔走している。
彼らが担当しているのは、地中海南岸部に位置するモルコという国だ。
一度はクランゼール帝国によって征服されたが、元凶の帝国大臣がルークたちの手によって排除されたことで現在は政権が返還されている。
国によっては冒険者ギルドが存在しないところもあるが、ここモルコには割と古くから運営されているので、非常に活動しやすい国の一つだ。
ランタナ一行は拠点としているギルド支部へと立ち寄ると、依頼達成の報告のため窓口へ。
「あ、ランタナさん! ちょうどいいところに来ていただけました! その様子だと、依頼は達成されてますよね!」
「……? はい、確かに達成しましたけど……」
なぜか受付嬢に歓迎されて、首傾げるランタナ。
「さすがです! ランタナさんたちは実力がある上に、仕事が早くて、いつも本当に助かっています! ……それで、ですね。実はまた受けていただきたい依頼があってですね……」
「なるほど」
そういうことか、とランタナは納得する。
「戻ってこられたばかりで大変恐縮なんですが、他に頼める方がいないんです……っ!」
実を言うと、ここ最近こうしたパターンが何度か続いていた。
強い信仰心がモチベーションになっている彼らは、どんな依頼でも嫌がらずに引き受けてくれるため、ギルド側としても非常にありがたい存在なのである。
「しかし、それにしても随分と多いですね?」
ランタナたちにとっても、引っ切り無しに依頼が舞い込んでくる状態は願ってもないことなのだが、それにしても多すぎる印象だ。
「そうなんです。実は最近、魔物討伐系の依頼が殺到してまして、完全に人手不足で……。うちだけじゃなくて、他の支部でも同じ状況らしいんです。明らかに狂暴な魔物が増えてきてるみたいで……何かの悪い兆候じゃなければいいんですけど……」
この受付嬢の不安を余所に、魔物の凶悪化はさらに深刻になっていくのだった。
魔物の脅威増大は、モルコ国だけの話ではなかった。
「一体どうなってるんだ!? さすがに多すぎるだろう!」
ゴバルード共和国で活動している伝道師のロリオットは、舞い込んでくる依頼の多さに思わず叫んだ。
彼もまた、ルーク教の信徒拡大のために冒険者をしている一人なのだが、彼が拠点としているこの国でも、各地で魔物が狂暴化しているのだ。
「ついさっき、依頼を終えて戻ってきたばかりだというのに……しかも今日で五十連勤……少しは休みたい……いや、しかしこれもルーク様のため……」
怠惰に流れそうな気持ちを信仰心でぐっと抑え込み、ロリオットは次の依頼を引き受けるのだった。
「……昨日はリザードマンの群れで、今日はトロルの群れ。明日は? 休みはいつ?」
伝道師の一人、アリエッタもまた忙しい日々を送っていた。
彼女が活動しているのはクランゼール帝国。
やはりここでも各地と同様の異変が起こっているのである。
「すごく大変。でも……ルーク様のために頑張る」
その帝国の最南端。
死の樹海から最も近い場所に位置する都市、ベガルダ。
大量の魔物の死骸を回収したり解体したりしている人々の様子を、信じられない思いで目にする人影があった。
「一体どういうだ!? なぜベガルダが無事なのだっ?」
ローブとフードで全身を隠してはいるが、そのシルエットから背が高い細身の女だと分かる。
「まさか、あれだけの魔物を撃破したというのか!? あり得ん! この都市に、到底それだけの戦力はないはずだ! それに、私がけしかけたグレートロックドラゴンはどこに行った!?」
女は忌々しそうに舌打ちしながら、
「……こんなことならこの目で何が起こったか、見ておくべきだった。どうせ一方的に蹂躙されるだけだろうと高を括っていたのが間違いだったか……」
まさかとある村の加勢によって、ロックドラゴンを含む死の樹海の魔物の大群が、逆にほぼ一方的に蹂躙されたとは想像すらできないだろう。
「なんにしてもこれは由々しき事態だ。人間どもが、我々の予想を大きく上回る力を持っているかもしれぬわけだからな。我らの悲願達成のため、やはり人間どものことをもっと知らねばならぬ……」
過小評価を改めるべきだと思い直した彼女は、自ら都市に侵入し、情報収集することにしたのだった。
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