第431話 勝手に塞がりました
要塞都市ベガルダを治める辺境伯ヴィクベルは、長年にわたってこの地を守護する辺境軍のトップを務め、自ら前線にも立つ屈強な男だった。
若い頃には危険な樹海の探索に挑んだ経験もあり、その勇猛さは帝国中に知れ渡るほど。
しかし同時に、樹海の恐ろしさを身をもって知るがゆえに、辺境軍の強化や都市防壁の大改修など、臆病すぎるほどの対策を取ってきた。
そんな彼であっても、今回の事件は予想を遥かに超えたものだった。
「馬鹿な……これほどの数の樹海の魔物が……一斉に押し寄せてくるなど……しかも深部の魔物までいるだと……?」
大地を埋め尽くす無数の魔物に、ヴィクベルは震えが止まらなかった。
辺境軍が討伐することになる樹海の魔物の多くは、樹海での縄張りを失うなど、主に生存競争に負けた魔物だ。
それでも十分過ぎるほど凶悪なのだが、当然ながら樹海の奥深くにいる魔物は、それとは比較にもならない強さを持つ。
かつて実際に樹海の奥地にまで足を踏み入れ、地獄を見た彼だからこそ、その凶悪さを痛いほど理解していた。
それでも彼は、この地を守護する領主として、辺境軍のリーダーとして、また一人の武人として、懸命に身体の震えを抑え込み、共に戦う兵たちに訴えた。
「我が命と引き換えに、一匹でも多くの魔物を殲滅してみせるっ!! 栄光なる帝国の盾、要塞都市ベガルダの使命を果たすのだっ!!」
そして部下たちの制止を振り切って、彼自身も最前線の防壁へと向かう。
防壁の各所に設けられた防衛塔の一つで指揮を取ることに。
「ほ、報告です! 魔物の突進により、防壁に穴を開けられてしまいました……っ!」
「くっ……あれほど強固にしたというのに、容易く壊されるとは……」
いきなり飛び込んできた最悪の報告に、顔を顰めるヴィクベル。
「報告です!」
「今度は何だ?」
「防壁に開けられた穴がっ……勝手に塞がりましたっ!」
「……は?」
それから奇妙な報告が次々と上がってきた。
「防壁の前に深い堀が出現し、魔物が続々とそこに落下していきますっ!」
「そ、空飛ぶ壁が現れ、飛行系の魔物の侵入を防いでくれています……っ!」
「地中から防壁の内側に魔物がっ! ただ、空から謎の塔が降ってきて、ピンポイントで魔物だけ潰してくれていますっ!」
「どこからともなく戦士たちが現れて、次々と魔物を倒してくれています……っ!」
「巨大なキマイラに侵入されましたっ! ですが、金属でできたようなドラゴンが、そのキマイラと戦ってくれていますっ!」
ただの報告だけだったなら、兵たちが魔物の特殊能力によって幻覚を見せられていると思ったかもしれない。
実際、樹海にはそういう魔物の存在が確認されている。
だがヴィクベルがいるのは防壁に設けられた防衛塔の一つ。
細長く伸びる戦場のすべてを見渡すことはできないが、それでも堀や空飛ぶ壁などは、自らの目でもしっかりと確認していた。
「一体、何が起こっているのだ……?」
しかしそんな混乱が一瞬で吹き飛ぶような事態に直面することになる。
「ほ、報告です……っ! 樹海の方から、恐ろしく巨大なロックドラゴンが迫ってきています……っ!」
「なっ!?」
防衛塔の窓から樹海の方を見ると、確かに信じがたいほど巨大な岩が地響きと共にこちらに向かってきているのが見えた。
……そして今度はその恐怖が、一瞬で吹き飛ぶ事態に。
「ちょ、ちょっと待て? 急に、地面が遠くなってきていないか……?」
「と、都市がっ! 都市が丸ごと空に浮かび上がっています……っ! ロックドラゴンも空に浮かんでっ……どこかに飛んで行ってしまいました……っ!」
「もう意味分からん」
その後、ヴィクベルはこのすべての現象が、一人の少年の手によって引き起こされていたことを知った。
しかもどうやら、帝国の暴走が止まるきっかけとなった空飛ぶ要塞も、その少年によるものだったという。
「あの荒唐無稽な報告……てっきり集団で幻覚でも見ていたのだと思っていたが……本当だったのか……」
そして彼の手元には今、とある本があった。
件の少年が作った村の出身で、現在は冒険者をしているという五人組から渡されたものだ。
「『ルーク様伝説』……あの光景を目の当たりにした以上、もはやここに書かれた内容を疑う余地などない。あれほどの力、どう考えても神そのものとしか考えられぬ」
こうしてここにまた一人、熱心な信者が誕生したのだった。
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