第424話 そいつは大歓迎だな
クランゼール帝国の南部には〝死の樹海〟と呼ばれ、怖れられている広大な魔境が存在している。
その面積はセルティア王国領の三分の一に及んでおり、アテリ王国やスペル王国といった小国がすっぽり収まってしまうほど。
魔物の棲息密度も異常に高い。
そのため常に弱肉強食の争いが繰り広げられており、その結果、仮に同種の魔物であったとしても、その強さは樹海の外とは比較にもならなかった。
独自に進化を遂げた凶悪な個体も多い。
その名の通り、足を踏み入れたら最後、生きて出られる保証などない魔境の中の魔境であった。
そんな死の樹海から、帝国を守護するために作られたのが、要塞都市として知られる都市ベガルダである。
帝国が誇る精鋭軍が常に樹海を監視し、万一、魔物が帝国領に近づいてこようものなら、すぐさま強力な部隊が駆けつけ、討伐する。
さらにはベガルダを中心に大陸をほぼ横断する長大な防壁が設けられており、それが魔物の侵入を拒んできた。
しかしそんな都市ベガルダに今、建都以来の危機が迫りつつあった。
「う、嘘だろ……樹海から魔物が近づいてきたことは、過去に幾度もあった……だが、こんな規模は、聞いたこともねぇよ……っ!!」
防壁の上から南方を監視していた兵士の一人が、あまりの事態に声を震わせながら叫ぶ。
彼の視線の先には、大地を埋め尽くすほどの蠢く影。
よく見るとそれらは信じがたい数の魔物の大群だった。
樹海の魔物たちが、ベガルタに向かって押し寄せてきているのである。
その数は、少なくとも一万は超えるだろう。
しかもそれで収まる様子もなく、さらに続々と湧き出し、増え続けている。
「は、はは……もう、終わりだ……ベガルタは……今日で、滅びる……」
先ほどの兵士が顔を真っ青にしながら呻いた。
◇ ◇ ◇
「優勝はゴリティアナ氏だあああああああああああああっ!! なんと前回大会に引き続き、頂点にいいいいいっ! 二連覇を達成しましたあああああああああああっ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
規模を拡大して行われた武闘会。
その決勝戦を制し、優勝したのは前回覇者のゴリちゃんだった。
「くそ……化け物が……」
遅くもその決勝で敗れたラウルが、悔しそうに呻く。
「うふふ、アナタ、すっごく強かったわぁん。アタシがここまで追い込まれたのは、何年ぶりかしら。さすが村長ちゃんの弟ちゃんねぇ」
「……次は絶対に負けねぇ」
「あらぁん、うかうかしてたらすぐに追い抜かれちゃいそうねぇ……アタシも鍛え直さなくっちゃ」
あのゴリちゃんを、あと一歩のところまで追い詰めたのだ。
優勝はできなかったけど、王国軍の強さは十分に示せたと思う。
優勝したゴリちゃんには、王様から直々に優勝杯と賞金が送られた。
もちろんこれほど盛り上がった大会で、ケチ臭い金額では王家の名声にかかわるので、一生遊んで暮らしても余裕でお釣りがくるほどの額だ。
「うふっ、このお金はもっと多くの人に美を伝えるために使わせていただくわぁ♡」
さらに副賞として、王国軍における客将の地位が与えられることに。
「あらん? そんな大層なモノ、アタシには相応しくないと思うわぁん?」
はっきり拒否すると角が立ってしまうので、やんわりとお断りしようとするゴリちゃん。
「いや、無論これは、貴殿に何らかの責任や義務も負わすようなものではない。あくまでも名誉的なものだと思ってもらえばよいのだ」
王様がその意図を説明する。
要するに、武闘会で優勝したゴリちゃんの名前だけを借りたいということだろう。
実際にゴリちゃんが王国軍に力を貸したりしなくても、「あのゴリティアナが王国軍の客将をしている」というだけで、軍の権威、ひいてはそれを管理する王家の権威が高まることになるわけだ。
優勝賞品としてそんなものを用意していたなんて……相変わらずしたたかな王様だなぁ。
もちろんラウルが優勝していたら、別のものを与えるつもりだったのだろう。
ゴリちゃんはそれならと客将になることを受け入れ、
「せっかくだから、たま~に、アタシが鍛えに行ってあげようかしらぁ?」
「はっ、そいつは大歓迎だな。最近、慣れてきやがったのか、俺がケツを叩いてもあんまり効かねぇんだ。根性を叩きなおしてやってくれ」
……王国兵たちの地獄が決定した瞬間だった。
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