第416話 欠片もレディだと思ったことないです
「うわっ、臭っ……」
部屋に入るとかなり強いアルコールのにおいが鼻を突き、僕は思わず顔を顰めてしまった。
ミレアが掃除しているお陰で、部屋は一応綺麗なのだけれど、もはや部屋自体にお酒のにおいが染みついてしまっているのかもしれない。
「おいおい、レディの部屋に入って第一声がそれかよ」
「レディはそんなに足を広げて、昼間っからお酒を瓶ごとラッパ飲みしたりしないです」
僕は呆れたようにツッコむ。
湖の底にあった神殿から戻ってきた僕は、宮殿の最上階の一室に住みついてしまった厄介者の部屋を訪れていた。
「あらあら、相変わらずですわねぇ、ミランダ」
僕に続いて、部屋に入ってきたのは、神殿から連れてきたエミリナさんだ。
「っ、その声は、まさか……エミリナじぇねぇか!」
その姿を見るや、ミランダさんが驚いたような顔をする。
どうやら本当に二人は旧知の間かららしい。
「あなたも封印から解かれていたのですわね」
「そういうテメェこそ。つーか、もしかしてまたこいつらのせいか? いや、他にこんな真似ができるやつはいねぇか。テメェなんざ、湖の奥底に眠ってたはずだろ。まさか何の情報もなく、そんなとこまで来る連中がいるなんて、考えもしねぇよな」
「ですわね。詳しい話を聞いた今も、まだ信じられないくらいですの」
気安い感じで話す二人に、僕は訊ねる。
「お二人は何者で、どういう関係だったんですか?」
「おいおい、レディのプライバシーを暴こうなんて、悪趣味じゃねぇか?」
「欠片もレディだと思ったことないです」
どうやら詳しいことは教えてくれないらしい。
今までもミランダさんは煙に巻くようなことを言ってくるばかりで、ろくに自分の正体を明かそうとしなかったのだ。
しかもなぜか彼女には、村人鑑定が使えない。
こっそり調べることもできないのである。
「それにしても、あなた随分と良いところに住んでいますわね? こんな見晴らしのいい場所で、食事まで出るとか」
「ああ、しかもめちゃくちゃうめぇしよ。そして何より酒がうめぇし、好きなだけ飲める。このままずっと意地でもここに住み続けるつもりだぜ」
そんなことに意地を見せないでほしいものだ。
「エミリナ、テメェもここに住まわせてもらったらどうだ?」
「そうですわねぇ、確かに今のところ、行く当てもありませんし……でも、迷惑ですわよね?」
「何か仕事をしてくださるなら構わないですよ。そこの自称レディは、毎日何もせずにただぐうたらしているだけなので、早く追い出したいなって思ってますけど」
「ククク、はっきり言うじゃねぇか」
まったく堪えた様子もなく、笑うミランダさん。
この人に何を言っても無駄なのは嫌というほど理解してるけど。
「ではお言葉に甘えさせていただきますわ。もちろんその代わり、何かしら村に貢献させていただきますわ」
エミリナさんはちゃんとした人のようで良かった。
「そうですわね……わたくし実は、回復魔法がそれなりに得意ですの。怪我や病気をされた方がいらっしゃったら、治療して差し上げますわ」
「回復魔法、ですか……」
「あら? あまりよい反応ではありませんわね?」
「いえ、もちろんすごくありがたいです。ただ……そんなに活躍の場がないかも、と思いまして」
「そうですの? この村、診療所も充実していますの? でも、ご心配には及びませんわ。わたくしの回復魔法、普通では治せないような怪我や病気も治療することができますのよ」
そう自信満々に胸を叩いたエミリナさんだったけれど――
――数日後。
「って、本当に暇ですわあああああああああああっ!!」
エミリナさんは頭を抱えて絶叫していた。
「この村、どれだけポーションを作ってるんですの!? しかもどう考えても性能がおかし過ぎですの! それにあの病院という施設に入ると、低級の回復魔法でも信じられない早さで患者が治っていきますわ……っ! 何よりこの村の人たち、そもそも怪我や病気をしなさ過ぎですのおおおっ!」
……うん、この村、治療関係はもう十分過ぎるくらいに充実しちゃってるからね。
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