第322話 見慣れているので
「お主らその途中、年頃のおなごを見かけなかったかっ!?」
「おなご、であるか?」
興奮したように聞いてくる隻眼のサムライに、ガイさんが聞き返す。
「うむ。実はわしの愚娘が、単身であの山脈越えをしてみせると宣言し、屋敷を出ていってしまったのじゃ……そんな馬鹿なことはやめろと言っても、まったく聞く耳を持たずにの……」
え、それって……。
「もしかしてその人、アカネさんって言いませんか?」
「っ! 知っておるのか!?」
どうやらこの人、アカネさんのお父さんらしい。
「ということは、娘は無事なのじゃな?」
「そうですね、少なくとも、山脈の途中で出会ったときには……」
ドラゴンに助けられ、村に連れてこられたということは、アカネさんの名誉のためにも黙っておこう。
また切腹しかねないし。
「ちょうど山脈の真ん中あたりで出会ったので、そろそろ西側に着いている頃だと思いますよ」
「なんと……まさか、事あるごとに腹を切りたがるあの愚娘が、本当に単身踏破を……」
……アカネさんの切腹癖には、父親も困っているらしかった。
「む、そういえば、申し遅れたの。わしの名はマサミネ。伊達マサミネじゃ。今はセンデ藩の藩主を務めておる」
藩主というのは、西側で言う領主のようなものだろう。
アカネさんって、結構いいところのお嬢さんだったんだね。
「せっかく来てくれたのじゃ。わしに西側の話を聞かせてくれぬかの」
マサミネさんの提案を受けて、屋敷の奥に案内される。
その途中のことだった。
「殿っ! 殿っ! 捜しましたぞ!」
血相を変えてこちらに走ってくる家臣と思われる初老の男性。
マサミネさんが眉根を寄せながら問う。
「なんじゃ? わしは今、見ての通り客人のお相手をしておるところじゃぞ?」
「お客人……」
男性はちらりと僕たちを見て、見かけない姿だからか、一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに声を荒らげ、諫めるように言った。
「そんなことよりも、殿! 将軍との謁見のお時間ですぞ! 今すぐ出発せねば、遅刻してしまいますぞ!」
「~~~~っ!?」
その言葉に、ハッとするマサミネさん。
そして見る見るうちに顔色が真っ青になっていき、
「そ、そうであった……っ! 今日はエドウ城に参上し、将軍に謁見する日であった……っ! そんな大切な仕事を忘れておるとは……」
何を思ったか、マサミネさんは上着を脱ぎ棄てると、腰に差していた短い方の刀を抜く。
ちょっ、もしかしてこの流れは……っ!?
「伊達家当主として、一生の不覚っ! 末代までの恥っ! かくなる上は、腹を切ってお詫びするしかあるまい!」
やっぱり切腹だああああああああっ!?
「と、殿ぉぉぉぉぉっ!?」
「おやめくだされぇぇぇっ!」
「お前たち、殿がまたご乱心だっ! お止めしろぉぉぉっ!」
家臣と思われる人たちが一斉に飛んできて、腹を切ろうとするマサミネさんを必死に止めた。
……どうやらアカネさんの切腹癖は遺伝だったみたい。
「……見苦しいところを見せてしまったのじゃ」
「い、いえ、大丈夫です」
あなたの娘さんのせいで見慣れているので。
どうにか落ち着いた様子のマサミネさん。
決死の覚悟で切腹を制止させた家臣たちは、息を荒らげながら周囲に転がっているけれど。
「そして悪いが、今すぐエドウ城に参上せねばならぬのじゃ。また詳しい話は、戻ってきてから聞かせてもらう形でもよいかの? 無論、その間この屋敷で自由に寛いでもらって構わぬ」
そう謝ってから、ふと何かを思いついたように、マサミネさんは「待てよ」と呟く。
「珍しい西側からの旅人じゃ。きっと貴重な話も聞けるはず。となれば、真っ先に将軍に紹介するのが臣下としての道理……そんな当然のことに、ようやく思い至るとは……っ! やはりわしは伊達家の当主に相応しくないっ! 今ここで絶命するが、一族がため――」
「「「おやめくだされ、殿ぉぉぉぉぉぉっ!」」」
……遅刻しそうなんだよね?
もうちょっと急ごうよ。
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