第321話 言葉が出ない様子よぉん
「怪しい者どもめ! 成敗してくれる!」
サムライと思われる青年が、刀を構えて叫ぶ。
「怪しい者じゃないって言ってるでしょうが」
「ちょ、セレン! こんなところでやり合ったら、騒ぎになっちゃうよっ?」
剣を抜こうとするセレンを慌てて止める。
「だからって、話を聞いてくれそうな雰囲気じゃないでしょ」
「ここはアタシに任せるのよぉん」
そこで前に出たのはゴリちゃんだ。
身長二メートルを超える筋骨隆々のゴリちゃんに、青年が一瞬怯む。
ゴリちゃんは片目をパチンと瞑ると、
「うふぅん、サムライの、お、じ、さ、ま♡ アタシに免じて、ゆ、る、し、て、チュッ」
腰をくねらせながら投げキッスをした。
「~~~~~~~~~~っ!?」
「うふふ、見てごらんなさい。アタシのあまりの色気に、言葉が出ない様子よぉん」
どうやらゴリちゃんは色仕掛けによって、青年を篭絡しようとしたみたいだ。
……当人は自信満々だけど、正直、効果があるとはまったく思えない。
「くっ……そのような手には乗らぬでござるよっ!」
あれ?
もしかして効いてる?
「まさか、この世界にピンクマッチョの色仕掛けが効く相手がいるなんて……」
アレクさんが愕然としている。
「なぁ、ガイ、こっちは美的感覚が俺たちとかなり違うのか?」
「否。あのサムライがたまたまそういう性癖だっただけであろう」
ガイさんはきっぱりと否定した。
ともあれ、ゴリちゃんのお陰でどうにか青年を落ち着かせることができるかと思いきや、
「さ、さては貴様っ、人に化けたあやかしの類でござるな!? そうやって拙者を誘惑して捕え、喰らうつもりでござろう!」
「あらん。アタシが美し過ぎて、何かが化けてると思われてしまったようねぇ」
ゴリちゃんの誘惑作戦は失敗に終わってしまったみたいだ。
最初から期待してなかったけど……。
とそこで今度はガイさんが前に出た。
「サムライ殿。我々はあやかしの類などではない。拙僧はキョウの国、宝蔵寺の僧、ガイである」
「なに? その恰好、確かに仏僧の……」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。あやかしは、僧に化けることなどできぬ。ましてや、念仏を唱えることなど不可能であろう」
「……お主の言う通りでござる」
サムライ青年が刀を鞘に納めた。
さすがガイさんだ。
やっぱり付いてきてもらってよかった。
「しかし彼らは一体? 見たところ、異国の格好をしているが……」
「実は彼らはあの山脈の向こう側、西国から旅をしてきたのである」
「なに? なるほど、西方からの旅人でござったか。それで、伊達家の屋敷に何の用でござるか?」
「む? 伊達家?」
「もしかして、知らずに入ってきたでござるか? ここは伊達家の藩邸でござるよ」
藩邸というのは、領主が王都に所有している屋敷のことらしい。
つまり僕たちは、勝手に人の家の敷地内に立ち入っていたようである。
広すぎて、街中と勘違いしてしまっていた。
人が少ないと思って瞬間移動先に選んだのだけど、失敗しちゃった。
「そこで何をしておるのじゃ?」
「っ! 殿っ!?」
声を掛けられ、青年が慌てて振り向く。
そこにいたのは、不思議な髪形をした男性だった。
「ぷふっ、何あの頭……」
「ちょっとセレン、笑っちゃダメだよ。あれはちょんまげって言って、由緒正しい髪型なんだ」
「ちょんまげ? ルーク、そんなのよく知ってるわね」
「言われてみれば」
この世界では初めてみるので、前世の記憶かもしれない。
そのちょんまげ男性は、右目が見えないのか、刀の鍔のような黒い眼帯で覆っていた。
きっと偉い人なのだろう、青年がその場に膝をつきながら説明した。
「彼らはあの魔境の山脈を越え、西国からこの地まで旅をしてきたそうなのです」
「なんだとっ? あの山脈を越えて……っ?」
正確には公園に乗って飛んできただけなのだけれど、説明するのは大変なので止めておいた方がいいだろう。
そんな風に思っていると、隻眼の男性が血相を変えて叫んだ。
「お主らその途中、年頃のおなごを見かけなかったかっ!?」
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





