第317話 歯を食い縛りなさいよ
「山脈の西側に、こんな世界があったなんて……。巨大な城壁や建造物の数々に、清潔な人や街……立派な畑に美味しい食事……優れた治療薬に武具……。何もかもが、我が国より圧倒的に優れているでござる……」
一通り村の中を案内してあげると、愕然としてしまったアカネさん。
「いや、これはきっと、夢に違いないでござる! 本当の拙者は、ドラゴンに連れ去られ、巣穴で眠っている状態かもしれぬ! 早く目を覚ますでござるよ!」
ちょっ、またナイフ取り出したんだけど!?
「腹切っちゃダメだってば!? 夢じゃないから! 切ったら本当に死んじゃうから!」
この人、よく今まで無事に生きてこれたよね……。
放っておいたらすぐに死んじゃいそうだ。
「せめて殴るとかにしてよ……」
「では代わりに殴ってほしいでござる!」
「ええっ!?」
「仕方ないわね。歯を食い縛りなさいよ」
セレンが拳を握りしめ、アカネさんの頬をぶん殴った。
「ひでぶっ!?」
「本当に殴っちゃうんだ!?」
「腹を切るよりはマシでしょ?」
あっけらかんと言うセレン。
一方、地面にひっくり返ったアカネさんは、腫れ上がった頬を手で押さえながら、
「間違いなく痛いでござる! 夢ではないでござるか……」
どうやら現実だと理解してくれたみたいだ。
「それにしても、セレン殿と言ったでござるか? なかなか良い拳でござった。それに思い返してみれば、拙者の懐刀を何度も叩き割った手際、並の使い手ではござらぬとお見受けする」
「そうね! 剣の腕には自信があるわ!」
「拙者の刀があれば、是非とも手合わせをお願いしたいところでござったが……」
アカネさんは残念そうに言う。
「ん~、似たようなやつなら、村にあるかもしれない」
「それは本当でござるか?」
僕たちはダンジョン内に設けられたドワーフの鍛冶工房へ。
「ドランさん、この鍛冶工房で、色んな種類の剣を作ってますよね?」
「んだ。失敗作や実験作、売り物にできないような変わったものまで、たくさんあるだ」
「その中に、これをもっと長くした感じの剣ってありませんか?」
そう言って彼に見せたのは、アカネさんが懐に何本も忍ばせているナイフだ。
これは刀と似たような形状になっているので、イメージしやすいだろう。
「片刃の剣なら何本も見たことあるべ。ちょうどそんなふうに刀身が軽く反ってるやつだ」
「本当ですか?」
鍛冶工房の一角にある倉庫に案内される。
先ほどドランさんが言っていた失敗作や実験作なのだろう、そこには無数の武具が所狭しと置かれていた。
刀身が二つあるやつだったり、刀身が長くて薄いやつだったり、刀身部分が回転するようなやつだったり、パッと見渡しただけでも不思議な剣がたくさんある。
「あったあった。この辺のやつだべ」
ドランさんが示した場所には、確かにそれらしき剣が幾つも並んでいた。
「これはっ! まさしく刀そのものでござる!」
本物をよく知るアカネさんが認めるなら間違いないね。
「たぶん、同じ鍛冶師の作だと思うべ」
ドワーフの鍛冶師の中に、このタイプの剣を好んで作る人がいるのかもしれない。
「これなんて、間違いなく業物でござる!」
「どれでも好きなのを持っていって構わないだ。もちろんお代はいらないべ」
「なっ!? これほどの刀を、ただで譲ってくれるでござるか!?」
「んだ。どうせ売り物にはできないやつだべ」
アカネさんは興奮で鼻息を荒くしながら、とある一本を手に取った。
「す、素晴らしい……っ! この刀にするでござる!」
そうして刀を手に入れたアカネさんを連れて、今度は村の訓練場へ。
「武器も手に入ったし、これで手合わせできるわね! 東国の剣士って、どんな戦い方するのか楽しみだわ!」
「拙者も西国の剣士とやり合えるのはとても光栄でござる」
セレンとアカネさんが訓練場の中央で向き合い、剣を構え合う。
「しかしサムライ代表として、絶対負けるわけにはいかぬでござるよ」
力強く宣言するアカネさん。
……あ、これ、負けたらまた腹を切ろうとするパターンだ。
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