第302話 本物との区別が付かない
玉座から十メートル以上は離れていたはずだった。
だがカシムはほとんど一足飛びで距離を詰めると、サーベルでマリシア女王に斬りかかった。
「安心しなァ、すぐには殺しはしねぇからよォ! 裸にひん剥いて、そのまんま広場に張り付けにして晒してやらァ! そして市民どもの目の前で、毎日毎日うちの連中が●しまくってやるよ! すかしたてめぇの顔が、苦痛と屈辱でぐちゃぐちゃに歪んでんのを想像しただけでゾクゾクしちまうなァ!」
「……相変わらず反吐が出るほど邪悪な男だな、貴様は」
ガキンッ!
「なにっ? オレ様の剣を、受け止めた……?」
「もう一度言おう。大人しく捕まれば、多少は苦痛の少ない処刑法にしてやろう」
「っ……ほざけっ!」
サーベルで次々と斬撃を繰り出すカシム。
素人目だけれど、明らかに他の砂賊たちとはレベルが違う。
それもそのはず。
こっそり村人登録して鑑定してみたところ、『暗黒剣技』というギフトを所有していたのだ。
「てか、ギフト持ち……っ? 砂漠にはいないんじゃなかったの……?」
一体どこでどうやってギフトを授かったのか分からないけれど、あれがあの男がこれだけの砂賊団を率いることができた最大の要因に違いない。
この状況であれだけ自信満々なのも、きっとこの砂漠では自分より弱い相手にしか出会ったことがないせいだろう。
でも、今度ばかりはそうはいかない。
「はああああああっ!」
「ぐっ!? ば、馬鹿な……っ?」
そんなカシムと、マリベル女王は互角に渡り合っていた。
いや、むしろ優勢と言ってもいい。
「このオレ様が、押されているだとっ!? てめぇっ、どうなってやがる……っ?」
「貴様に打ち勝つため、強くなったのだ! 以前のあたしだと思うな!」
マリベル女王の苛烈な剣が、さらにカシムを追い詰めていく。
「お頭っ!? くそっ、お頭に加勢するぞ……っ!」
「そうはさせないわよ?」
「はっはっは! 陛下に邪魔はさせん!」
加勢しようとした配下の砂賊たちだったが、その前にセレンやガンザスさんが立ち塞がった。
そこでも激しい戦闘が始まる。
「何だ、こいつら……っ?」
「つ、強過ぎっ……」
「ぎゃあああっ!?」
団の中でも精鋭たちが集まっていたはずだけれど、それをエンバラ兵たちが圧倒している。
「え、援軍はまだ来ねぇのかよ!?」
「何やってやがるんだっ!」
他の部隊が上手くやってくれているのだろう、仲間が増える様子もない。
このまま行けば、王宮を制圧することができそうだ。
そう思ったときだった。
「がっ!?」
「「「陛下……っ?」」」
カシムを押していたはずのマリベル女王が、吹き飛ばされて地面を何度か転がる。
「くっ……い、今のは一体……っ?」
「ククク、まさかてめぇごときに、奥の手を使わされるとは思わなかったぜ?」
何が起こったのか分からないと顔を歪める女王に、カシムは喉を鳴らして嘲笑う。
次の瞬間、僕たちは目を疑った。
カシムの姿が一瞬ブレたかと思うと、その身体が二つ、三つ、いや、四つに分裂していく。
「え、何これ? もしかして影武者?」
だけどそのうちの一人にマリベル女王が斬りかかると、剣があっさり身体を素通りしてしまう。
どうやらあれは実体のないただの〝影〟らしい。
たぶん、『暗黒剣技』の技の一つなのだろう。
「マリベルのお姉ちゃん、気を付けて! 一体以外はどれも偽物だよ!」
「と言われても、本物との区別が付かない!」
複数のカシムに取り囲まれ、マリベル女王がピンチだ。
「陛下っ!」
「おっと! 行かせねぇぜ!」
加勢しようとしたガンザスさんも、今度は逆に砂賊たちに阻まれてしまう。
どうすれば……あ、そうだ。
さっきカシムを村人に登録したし、マップを見ればどこに本人がいるか分かるはず。
「ええと……分かった! お姉ちゃん! 右斜め後ろのやつだ!」
「っ! はぁっ!」
「馬鹿なっ!? なぜ分かっがあああああああああっ!?」
マリベル女王の剣が、カシムの胴を深く斬り裂いた。
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