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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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93、えらいえらい




 いやぁ、やりました。やりましたよ。快挙だね。

 なんせ魔族を倒したのだ。まぁ色んな幸運が重なった結果であることは間違いない。人間だけの力では無理だったろう。っていうか魔族同士の内輪揉めと言った方が正しいかもしれない……

 だが結果は結果だ。

 俺の深層心理に住む異教徒絶対殺すマンこと自分を女神だと思い込んでいるロリも大喜びだろうなぁ。

 とは思っていたが、これは予想以上だ。



『凄い! 凄い凄い凄い凄い! よく異教徒を殺しました。えら~い!』



 ロリがその小さな手で俺の脇腹を抱えて持ち上げ、くるくると回る。死にかけのヘラクレスオオカブトを大量のカナブンが寄ってたかって嬲り殺しにしたことに自称女神様は大はしゃぎのようだ。凄まじい手のひら返し。これが神業ってヤツか……

 俺は遠心力に身をゆだねながら口を開く。



「私、頑張りましたよね?」


『もちろんです。えらいえら~い』



 ロリにえらいえらいされながらたかいたかいされている。よし、今なら。

 俺は意を決して口を開く。



「私のお願い聞いてもらっても良いですか?」


『ご褒美ですか? 図々しいですね。まぁ言ってみてください』


「異動したいです」



 ロリの腕がピタリと止まる。ゆっくりと腕をおろす。そしてヤツは俺の脇腹からそっと手を離した。

 ヤツは不思議な生物でも観察するような表情で俺の顔を覗き込み、そして言う。



『は?』



 俺の首を小さなおててでガッと掴む。

 あ~やっぱダメか~

 ロリは優しく微笑むが、その手は俺の首をギリギリと締め上げる。



『貴方の力はあの教会でこそ発揮できる。その手はなんのためにあるんです? 異教徒を皆殺しにするためにあるんでしょう?』



 そんな物騒なことのために神官の手があるわけないだろ!

 ロリが腕に力をこめつつ俺に顔を近付け、スンスン鼻を鳴らす。



『また変な匂いが混ざってますね。異教徒の死臭……生臭い、生臭いです。そんな匂いをさせて一体どこへ行こうというのです? なにも不安に思うことはありません。私を信じて自分の仕事に取り組めば良いのです。貴方に足りないのは信仰心ですよ』



 あ゛あ゛~! 首絞めで信仰心はアップしません~!






*****





 魔族の首を飛ばして数日。

 フェーゲフォイアーのどんちゃん騒ぎは徐々に収束を見せ始めていたが、外野は今まさに大騒ぎの最中にあるらしい。

 教会の戸を叩いた旧友の眼の下に色濃く浮かんだクマが、本部の大混乱ぶりを俺に示している。



「よ、ユリウス。思ってたより元気そうだね」



 監察官であるシャルルが連絡も寄こさずこの街に来たことには正直滅茶苦茶ビビったが、どうやら調査に来たという訳ではなさそうだ。シャルルは旅人が纏うようなローブで頭まですっぽり覆っている。神官が神官服を着ずに仕事をすることは基本無いはず。

 とはいえプライベートで来たというわけでもなさそうだが。

 俺は長旅で疲れたろうシャルルを教会に通し、茶を出しながら話を聞く。ヤツは挨拶もそこそこに切り出した。



「報告書見たよ。ユリウスも一緒に魔族倒したんだって? 前代未聞すぎて、お偉方も右往左往してるよ。勲章を与えるって話も出てる」


「えっ、俺に? 金剣星章?」


「いや、星は勇者に与えるモノだから。また新しいの作るらしい」


「マジ? ヤバいな……」


「あぁ。でもヤバいのはこれからだよ」



 シャルルの言葉に、俺の期待が一気に高まる。



「なになに? 王都に異動?」



 しかしシャルルは悲しい顔でゆっくりと首を横に振った。



「姫様が授賞式をやりたいと言っている。王都じゃなくこの街で」


「ひ、姫様がこの街に……?」



 シャルルが悲痛な面持ちで呟く。



「ヤバいでしょ?」


「ヤバいな……」



 期待感から一転、絶望と重圧に胸が押しつぶされそうになる。血の気が引いていく。めまいを感じる。この狂った街に? 姫?

 しかしシャルルの絶望と重圧は俺のそれを遥かに凌駕しているらしい。

 蒼い顔に引き攣った笑みを張り付けて俺に縋りついてくる。



「この街がヤバいのは知ってる。でも期待もしてたんだ。いつかなにかデカいことやるんじゃないかって……だから歴代監察官も手出ししてこなかった。そして実際、お前らは魔族を退治した。ここにきて今更摘発なんてできない。頼むユリウス。この街の担当、俺なんだ」


「街一つ任されてんの? スゲーなお前は……」



 しかしシャルルはとんでもないとばかりに頭を振った。



「なにも凄くない! 俺が任されてんのは若くて、切りやすいからだ。いざとなったら全部の責任をおっかぶせられて捨てられる」


「教会本部そんなことすんのかよ」


「何を他人事みたいに。君だってそうだろ? 教会本部は狸爺ばかりだ。俺たち若手を使い捨てのコマくらいにしか思ってない。これは俺だけの問題じゃないんだ。俺が教会の孤児院育ちなのは知ってるだろ?」



 俺は頷く。

 シャルルは苦学生の優等生だ。その上面倒見がよく、同じ孤児院の仲間をとても大事にしていた。孤児院にいる“弟・妹”に何かあったと聞けばどこにいてもすっ飛んでいったものだ。

 ルッツとは大違いである……ヤツはボンボンの馬鹿だからな。その癖シャルルの横にいることが多いからヤツのクズさがより際立っていた。

 シャルルが続ける。



「実は孤児院出身の神官がとんでもない事件起こして一時は閉院の危機にあったんだ。うちの教育とか、育て方に問題があったんじゃないかってね。どんなに手間暇かけて世話したって、元の種が腐ってりゃろくな花は咲かないってのに……」



 なるほど。そういえば学生の頃、シャルルの家がゴタゴタした時期があったような気がする。詳しくは聞かなかったが……

 今までこつこつ積み重ねてきたものより、一つのショッキングな事件に大人たちの注目は集まるものだ。

 シャルルが胸の前で握った拳を小刻みに震わせる。



「俺は偉くなって、孤児院を守っていかなきゃならないんだ。じゃなきゃ兄弟たちがバラバラになってしまう。頼むユリウス。式典を成功させてくれ。いや、一緒に成功させよう!」



 なんという美しい兄弟愛。

 俺は涙を堪えながらシャルルの熱い想いに応えるべく立ち上がる。



「運命共同体ってヤツだな。分かった。一緒に問題点を洗い出そう」



 俺はシャルルを連れ、街を見て回る。

 もう隠す必要ないんだと思うと、不思議と心は軽やかだった。俺は一人じゃない……“これ”を一緒に背負ってくれる人間が現れたんだ。

 やっぱ仲間って良いなぁ。



「お、おいユリウス……これ……」



 首の飛び交う治安最悪血塗れの街! 殺し合う勇者! 教会に咲く魔族!

 この街の惨状は彼の想像を超えていたのだろうか。中庭に咲き誇るマーガレットちゃんを見上げるシャルルの膝が笑っている。

 俺はヤツの肩に手を置き、にっこり笑う。



「この街はこんな感じ」


「こんな感じ、じゃないよ! あぁ、これもうダメかも……」


「ダメとか言うなよ!」



 しょぼくれたシャルルを元気付けようと、俺はヤツの肩に腕を回す。



「俺たち運命共同体だろ? 俺は嬉しい。凄く嬉しいんだ。呪われた運命を共にしてくれる友人を持った俺は幸せだよ」



 シャルルがじっとりした目で俺を見る。



「俺を道連れに?」


「縁起でもないこと言うなよ。一緒に頑張ろうぜ?」



 共に呪われた運命に立ち向かっていく決意を深めていると、教会に相応しくないクリーチャーが我が物顔で侵入してきた。

 なんだアレ。ずっと見ていると正気度の下がりそうな見た目だ。見覚えのあるタコ系の触手のくっ付いた……馬?



「ユリウスくーん、見て見て。試作キメラだよ」



 馬に乗っているマッドが俺に向かって陽気に手を挙げる。

 アイツ、魔族の体バラしてパーツくすねたな? まだ懲りてないのか。

 にしてもタイミングの悪いヤツだ。客がいるってのに。ヤツには姫が来ている間隠れて大人しくしているよう言っておかなくては……



「ん?」



 マッドが来客者に気付いたらしい。シャルルをジッと見ている。

 シャルルもずっと見ていると正気度の下がりそうなキメラに跨った男を警戒しているのか。マッドをじっと見ている。

 シャルルの頬を汗が伝う。



「……フラメル?」


「シャルルー! 大きくなったなぁ」



 パッと笑顔を浮かべるマッドにシャルルの拳が襲い掛かる。しかしそれよりも早く、ヤツの跨った触手がカウンターを放った。鞭のようにしなった触手がシャルルの頬をバチンと弾き、床に転がす。



「シャルル! 大丈夫か?」



 俺は慌てて床に伸びたシャルルに駆け寄る。首の骨は……大丈夫。脈も大丈夫。

 マッドが触手馬を落ち着かせながら、オロオロとしている。



「ごめん、自動防衛プログラムが作動したみたい」


「そのプログラムが勇者用じゃなくて良かったです。それで、なんでシャルルに殴られそうになってたんです?」



 俺の知る限り、シャルルは温厚な男だ。少なくとも理由なく人に殴り掛かるような人間ではない。

 マッドは肩を落とし、視線を足元に向けながら答える。



「……俺、誰にも相談せず進路決めたんだ。勝手に王都を出てフェーゲフォイアーに来た事、怒ってるのかも」


「んん? シャルルとどういう関係ですか?」


「同じ孤児院出身なんだ」



 あー……

 もしかしてシャルルの言ってたとんでもない事件を起こした孤児院出身の神官ってコイツか?



「多分なんですけど、貴方が破門されたせいで孤児院が潰れかけたことに怒ったんだと思いますよ」


「あっ、そっちかぁ」



 マッドが「盲点だったなぁ」とばかりに手を叩く。

 コイツ自分が起こした事件を軽視してる節があるな。やっぱサイコパスだわ。


 とにかく、コイツも授賞式の妨げになりかねない。俺は事情を説明し、授賞式の日に家で大人しくしているよう伝えた。

 ヤツも指名手配の身だ。警備が厳重になる日にわざわざ捕まりに行くことはないだろうと考えて正直に話したのだが、悪手だったかもしれない。



「いや、俺も手伝うよ。俺のせいでシャルルが苦労してるんだ。せめて少しでもあの子の役に立ちたい」


「いやいやいや、良いですって。貴方に何ができるんですか。指名手配犯ですよ?」



 するとマッドは腕を組み少し考えるような素振りを見せた後、ポツリと言った。



「じゃあ……万が一、いよいよダメになったら言ってよ。俺がなにもかも消してあげるから」



 街に爆弾でも落とすのかな?

 俺は図らずも最終手段を手に入れた。



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