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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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83、ユリウス君は頑張ってます日記




 破門。

 それは神官にとって社会的な死を意味する。

 たとえ罪には問われなかったとしても、破門された元神官への世間の目は冷たい。

 道を歩けば石を投げられ、椅子に座れば唾を吐きかけられ、口を開けば歯を折られる。そんなイメージ。

 まぁそこまでではないにせよ、まともな職には就けず日の光の下を歩けない生活になる事は間違いない。



「でも……なんか……もう……今の生活よりそっちの方が楽かもなって……」


『は? それ私に言います?』



 不思議空間に揺蕩うロリが呆れたように首を振り、次に俺を見下ろして鼻で笑った。



『そんなこと思っていないくせに。あなたは存外に堅実ですからね。今の地位を捨ててアウトローな世界に飛び込む度胸など持ち合わせてはいませんよ。思ってもいないことを言うのは、私に引き留めてほしいからですか?』



 ぐぬぬ……

 ロリはぐうの音も出せない俺に音もなく急接近し、纏わりつくようにしながらスンスンと鼻を鳴らす。眉間にシワを寄せながら吐き捨てるように言った。



『ますます変な匂いがします。前のとは別のも混ざってる。また異教徒と接触したでしょう』



 異教徒? そういえば前もそんなこと言ってたな。

 俺たちとは違う神を信仰する種族……魔族のことか?

 それはさぁ、だって仕方ないじゃん。俺だってできることなら関わり合いにならず生きていきたいわ。でもヤツらの方から街に来るんだもん……リンもますますルイにゾッコンみたいでガンガン街来るし……最近じゃすれ違っても平然と挨拶できるレベルで馴染んできた……



『だから! なぜ異教徒の機嫌を取る必要があるのです。戦いなさい、そして殲滅させるのです。一匹残らず息の根を止めて!』



 物騒なことを言うなぁ。こんな乱暴な幻覚をみるなんて。やっぱ俺、疲れてんのかな……

 っていうか俺にそんなこと言われても困るし。魔族に対応できない軟弱な体に作ったのは女神様サイドでは~?



『ぐぬぬ……』



 ロリが唇を噛み締めて握った拳を震わせている。

 は~、ロリ煽ったって仕方がねぇや。

 そもそも、俺が破門は嫌だって駄々をこねたところで破門回避できるわけじゃない。

 ラザロはああ言っていたが、シャルルは不正や悪事を揉み消したり見ないふりをしたりするタイプじゃない。しかも俺のフェーゲフォイアーでの働きぶりがルッツを通じて筒抜けだったとなると、もうシャルルには首根っこ掴まれてるようなもんだ。俺の神官生命も風前の灯火……イッ!?



『誰が首根っこを掴んでいるって?』



 気付くと、ロリが俺の首をその小さな手で鷲掴みにしていた。

 子供の手だ。柔らかく小さい子供の手。なのに、凄まじい力で俺の首を絞めつける。

 ヤツはまん丸い形をしたガラス玉のような目をズイッと近付け、噛み含めるように言う。



『忘れないでください。あなたの運命を握っているのは誰でもない、この私です。そう簡単に逃げられると思ったら大間違いです』


「ギブ! ギブギブ!」



 俺はロリの細い腕をバシバシと叩くが、ヤツの手が緩むことはない。



『確かにあなたが今までしでかしたグレーな事を数え上げればキリがありませんが、今はそんなことはどうでも良い。理由はどうあれ異教徒を引きずり出すことができた……これまでにないチャンスです。ヤツらを根絶やしにすることだけを考えなさい。監視? そんなものどうにでもできます。自分でもそう思っているんでしょう。なんとかしなさい』






*****






 なんとかって言われてもなぁ〜

 まぁ“監視の目”がどこにあるのか分かったのは確かにデカい。

 シャルルは千里眼を持ってたんじゃない。ルッツの絵日記から情報を得ていたんだ。


 考えてみれば不自然ではあった。

 一応スカウトマンという名目でこの街に来たはずだが、ルッツが勇者にしたのはフェイルとルビベルだけ。そもそもこの街は勇者の街だ。スカウトには向かない。毎日フラフラ遊んでいるだけなのに教会からのお咎めもなし。

 だが……ヤツが教会から与えられてる本当の仕事が俺の監視と考えればそれらのことにも説明がつく。


 ルッツ以外の神官がこの街でフラフラしていれば、俺も多少疑ったりしたかもしれない。だがルッツはアホだ。アホゆえに油断していた。

 っていうかルッツも俺を監視してるって意識が薄そうだしな。俺に日記見せちゃってるし。まぁアホに色々知らせても墓穴を掘るだけだから、なにも教えられてないんだろう。


 なら、まだやりようはある。



「ルッツくぅ~ん」


「うわっ、ユリウス!?」



 俺を見るなり、クルリと踵を返すルッツ。逃がすか。

 俺はヤツの襟元を引っ掴んで足を止め、肩に腕を回す。



「なぁ~、絵日記どんなの書いた? 変なこと書いてないよねぇ?」


「か、書いてないよ」


「ほんとかな~? じゃあ見せろ」


「嫌だって! 人の日記見たいとか趣味悪いぞお前」


「人のこと観察して日記つけんのも十分趣味悪いだろ! 良いから見せろォ!」


「イヤァッ!!」



 俺はルッツの懐に手を突っ込み、無理矢理ノートを引き抜こうとするが暴れるルッツに吹っ飛ばされ、あえなく地面に転がされた。

 クソッ、力づくじゃダメか。ならば。

 俺は肋骨を押さえ、ジタバタとする。



「痛ァい!! 折れた!!」


「えっ、また?」


「あぁ〜! 運んで! 教会まで運んでぇ〜!」


「わ、分かった分かった。手貸すから、ほら」



 雑魚雑魚フィジカルの俺ではあるが、さすがにルッツごときに骨折させられるようなタマではない。

 迫真の演技に惑わされたルッツは俺の腕を肩に回して背負い込み、ゆっくりと立ち上がる。

 今の状態なら日記を奪うこともできるが……

 俺は手を伸ばせば届く絵日記をあえて泳がせ、教会へとルッツを連れ込むことにした。


 教会の隅っこで膝を抱えてうずくまる俺に、ルッツが恐る恐る声をかけてくる。



「ごめんって。でもお前が悪いんだぞ。日記取ろうとするから」


「分かってるよ。病み上がりでナイーブになってるんだ。俺の方こそごめん」



 俺は怪我人アピールを忍ばせつつ思ってもない謝罪を口にしながらチラリと顔を上げ、ルッツの表情を盗み見る。ヤツは心底気の毒そうな顔をしてる。

 俺は抱えた膝に顔を伏せ、くぐもった声で尋ねた。



「俺さぁ、結構頑張ってると思わない?」


「頑張ってるよお前は。みんな慣れちゃってて普通な顔してるけど、お前の蘇生技術ヤバいぞ。普通にラザロ抜いてると思う」



 ルッツは完全に慰めモードに入っている。アホだが、悪いヤツじゃないのは分かっている。

 俺は慎重に、同情を引くような声色で言う。



「でもさ、俺がどんなに頑張ってもみんな大して労ってもくれないしさ」


「何言ってんだよ。俺ら友達だろ? これから酒場でも行くか? あぁ、お前酒飲めないっけ」


「飲めないんじゃなくて飲まないんだ。いや、そんなことより。せめてお前だけはさ、俺の頑張りを認めて欲しい。そして書き留めて欲しい」


「というと?」


「絵日記だよ」



 俺は膝を抱えたまま本題に入った。



「みんな俺のことを心配してくれてるのは分かるけど。でもやっぱ王都にいる先生とかシャルルとかに心配かけたくないし、俺が頑張ってることを伝えたいわけよ」


「あぁ……なるほど」


「今のところ本部への恒常的な情報伝達手段はお前の絵日記だけだ。そうだろ?」


「うん」



 ルッツは拍子抜けするくらい簡単に頷いた。

 くく……裏も取れた。やはり絵日記さえ封じられれば大丈夫。俺はすんすんと鼻を鳴らす。ルッツが慌てたように俺の背中をさする。



「おいおい、泣くなよぉ」


「頼むルッツ……今後は“ユリウス観察日記”じゃなくて“ユリウス君は頑張ってます日記”にしてくれ」


「えぇ? うーん……」


「よく考えてみろ。もしみんなが心配しすぎて俺がこの街を追われたら、きっとお前もハロワ神殿に戻されるぞ。書類整理の仕事が恋しいか?」


「書きましょう! ユリウス君は頑張ってます日記!」



 よしよし。素直な良い子だ。

 俺が顔を上げ無言で手を差し出すと、ルッツはさっきの抵抗が嘘のようにアッサリと絵日記を差し出した。

 まずは現在シャルルがどの程度情報を掴んでいるのか知る必要がある。昨日はチラッとしか見れなかったからな。

 俺は教会の紋章が刻まれたノートを開く。



『〇月△日 今日はユリウスにしごかれた。死体が動いて怖かった』



 パステルカラーの女が棺桶から起き上がっている絵が添えられている。

 これ昨日の日記か……怖すぎるだろ……いや、端的に事実だけを述べているとも言えるが。

 そういえば、シャルルのヤツが言ってたな。



『あはは、今も尻拭いさせられてるよ……』



 うーん、これはシャルルも苦労してるんだろうなぁ。この日記から事件の全貌を推理するのは至難の業だ。アイツは昔からルッツに振り回されていた。面倒見が良いからな。

 ん? 今日の分ももう書いてある。どれどれ。



『〇月□日 ユリウスがまたつけられてた』



 ……つけられてた? 何をだ?

 下手くそなイラストも添えられている。

 白い服の人間。これ、俺か? その上、いや、後ろに描かれている……パステルカラーの……


 俺はバッと後ろを振り返る。

 跳ね上がる心臓の音が聞こえてしまうほど近くでパステルカラーの瞳が揺れていた。



「やっとこっち見てくれた」





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[一言] 死ねばホラー、復活すればホラー、歩く姿はストーカーホラー。
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