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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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80、お前しかいない




「……………………」



 いや、これはおかしいでしょ。

 俺は目の前に置かれたトレイを指し、それを運んできた看護師を呼び止める。



「あの、食事が青いんですが」


「ええ」



 看護師はニコリともせず平然と答える。

 スープもパンもスクランブルエッグ的なやつも青い。なのに看護師はそれが当たり前であるかのような振る舞いをする。てめぇの家の飯はこの食欲減退カラーがデフォなの?

 入院当初からなーんかここの食事変な色してるなぁ、味もなんか違和感あるなぁと思ってたが、正体分かったわ。



「これポーション入ってますよね?」


「ええ」



 なんの躊躇いもなく頷く看護師。

 えっ、食事にポーション混ぜ込むのって普通なの? 堂々と肯定されるとその意見に飲み込まれそうになる。病院食では良くあることなのか……?

 い、いやいや。俺がポーション拒否してるとかなら食事にこっそり混ぜ込むとかも分かるよ? でも俺、毎日ちゃんとポーション飲んでるし。ただでさえポーション過量摂取気味なのに、食事にまで入っていたとなると……こんなに飲んで大丈夫なのか?

 まぁお陰かやけに治癒が早かったが。


 しかしその疑問をぶつける暇もなく、看護師は行ってしまった。

 病院で食う最後の食事がこれかよ。一人取り残された俺は、青いスープを啜ってみる。すごい清涼感。体に良さそうだなぁ……


 口の中のスースーを楽しんでいると、病室の扉がまた開いた。

 看護師かと思ったが違う。

 俺をフェーゲフォイアーにぶち込んだ張本人、ラザロ先生である。



「おーっす。あっ、悪い。食事中だったか。なんかスゲー色の食ってんな……」


「大丈夫です。もう終わりました」



 俺はスプーンを置き、完食を諦めた。食事を終えたばかりなのに歯磨き後のような清涼感。心おきなく恩師と会話できますね。

 俺は優等生スマイルを浮かべてラザロに向き直る。



「お久しぶりです、先生。結界を張り直しにフェーゲフォイアーに来てくださった時以来ですね」


「あれ? 俺そんなことしたっけ?」



 コイツ……

 あの出来事をなかったことにしようとしてるな。事なかれ主義者め。



「それより、大変だったな。大怪我したんだろ? 大丈夫なのか?」


「大丈夫ではないんですが、退院することになりました。昼過ぎに発つ予定です。ここの病院は何故か私をさっさと追い出したいみたいで、しこたまポーション飲まされました」


「あぁ……まぁここの病院とフェーゲフォイアーの神官にはちょっと因縁があってな。いや、お前個人のことじゃないんだが」



 ん? なんだ。心当たりがない。

 王都の病院とフェーゲフォイアーの神官との接点すら思いつかないが。



「で、ちょっと聞きたいんだけど……オークションの客の中にコイツいなかったよね?」



 ラザロはそう言って、懐から一枚の紙を取り出す。

 そこに描かれた男に、俺は思わず顔を顰める。例のマッド男だ。



「うっ……コイツ俺のこと買おうとしたヤツですね」


「えぇ? いたの? 本当に? 見間違いじゃん? 会場暗かったんでしょ?」


「いや、言葉も交わしましたし明るいところでも会いましたから間違いありません」


「えぇ~マジ? うわぁ~……はぁー……マジかぁ」



 ラザロは頭を抱えて、露骨にため息をついた。

 なんだよ一体。

 俺はうんざりしながら尋ねる。



「そいつがなんか関係あるんですか?」


「あー……実はさっきの話と関係あんだけどさ」


「さっきの話って、病院と神官の因縁ですか?」


「そうそう。コイツさ、お前の前のフェーゲフォイアーの神官」



 えっ……神官だったのかよアイツ。

 完全に生命を冒涜してたんですが。



「フェーゲフォイアー教会が、お前が入るまで長らく神官不在だったって話は前にしたよな。色んな神官が持ち回りでやってたって。それもコイツが教会を破門されたせいなんだわ」



 ラザロは声を潜め、秘密を告白するかのように前屈みになって話し始めた。



「コイツも元々は優秀な神官だったんだよ。学生時代はすべての教科でトップをひた走り、志も高かった。本部に残って出世競争に身を投じてたらきっと今頃俺より偉くなってるね。でもヤツは人類のため、最前線の教会に自ら志願したんだ。最年少神官だったってよ。働きぶりは優秀だったが、あの教会の職場環境は、なんというか……特殊だろ?」



 すげーオブラートにくるんでんな。要するに血塗れ暗黒教会ってことだろ。



「その環境がヤツを狂わせたのか、あるいは優等生の仮面の下にそういう素質を持っていたのか……始めのうちは転送されてきた勇者の死体をバラして観察する程度だった。だが行為はどんどんエスカレートしていった。まずはちょっとした人体改造だ。左右の眼や腎臓を本来の位置とは逆につけたり、腸の一部を切除して短くして蘇生させてみたりな。次に、ヤツは他人の体のパーツを移植することに興味を持った。首を挿げ替えて蘇生させようとしたり、男に子宮を移植しようとしたり。あははは、マジヤバイよね。考えることはあってもさ、実行する? 普通。あははは」



 えっ、今笑うとこあったかな?

 蘇生学の教授に変人が多いのは周知の事実である。

 俺は内心ドン引きしながら、冷静に答える。



「そんなの上手くいかないでしょう。他人の肉体を繋げようとしても拒絶反応が起きて上手く繋がりません」


「そうだ。女神は人の体をそういう風に作ったんだな。テストだったら百点の答えだよ。だが、ヤツは天才だった。できないはずのそれを成功させちまったんだ。どうやったかは知らんが、神の作った決まりをねじ伏せちまったんだよ」



 ラザロの言葉で、脳裏に人面ヒュドラが浮かぶ。

 俺はそれ以上反論することができなかった。



「ヤツが神官として最後に作り上げた作品は、そりゃあ凄まじいもんだったよ。幾人もの勇者の体が繋げられて……バケモノとしか形容できねぇ。でも意識はしっかりしててさ、痛ぇ痛ぇって泣くのよ。いくつもの頭がさ。そいつらは王都に運ばれて、この病院で分離手術を受けた。癒着が酷くて、それぞれが元の体を取り戻すのに数か月かかったってよ」



 ラザロはため息をつきながら、遠い目でここではないどこかを見つめる。



「本当なら処刑もんだ。でもヤツは逃げちまった。まぁ勇者でもないただの神官が一人旅なんてできるわけねぇ。どこかで野垂れ死んでるか魔物の腹の中だろうって思っていたんだがなぁ……」



 生きてますねぇ。

 しかも全然反省してねぇし、なんならパワーアップしたバケモン作ってたぞ。



「まぁ、そういうわけであの事件を知ってる連中はフェーゲフォイアーの神官にアレルギーがある。あの教会で働くと精神がおかしくなるってな。だからしばらく特定の神官をおかず、持ち回りでやってたんだ。神官の負担を減らすためにな」



 いやいや……そんな話を教会に戻る前に聞かされてさぁ、俺どんな反応したら良いんだよ。

 自分の精神状態が心配になってきたぞ。そんな危険な職場を俺一人に任せるとか、どんな考えしてんだよ教会本部は。せめて人員二人……いや、三人は割くべきじゃないか? 仕事量的にも精神的負担に関しても。

 それについて聞いてみると、ラザロは気の毒そうな顔をして言った。



「増員については期待するな。下手な人間を寄こせば、却ってお前の足を引っ張る。発狂は連鎖するし、人が多ければ多いほどパニックも大きくなる。正直に言うとな……あの教会の神官が務まるのはお前しかいないんだよ、ユリウス」



 “お前しかいない”

 人によっては体が震えるほど光栄な言葉なのかもしれないが、俺にとっては死刑宣告に近い。まぁ体が震えるという点では同じだが。

 ラザロはさらに続ける。



「お前の前任者がヘマやったあと、それはもう大変な騒ぎだった。当然だよな。よりによって神官が神に逆らってバケモンを作ったんだ。しかも勇者を材料に。なんとか揉み消したが、もし公になっていたら教会の威信にかかわる大事件だ。あんなのはもうこりごりだよ。でも、あの教会が人類の要であることもまた事実」



 ラザロは他者の眼を気にするようにきょろきょろと辺りを見回し、そして部屋には誰もいないのにずいっと顔を寄せて声をひそめる。



「ここに本部のヤツ来たろ。監察官とか……そのへんの人間か。図星だろ? 変だと思わなかったか。不正を暴く立場の人間がわざわざ疑っている素振りを見せるなんて。証拠隠滅してくれって言ってるようなもんじゃないか。まぁ、実際その通りなんだ。ヤツらは恐れてんだよ。お前が悪さをすることじゃない。お前を失う事を、だ」


「ええ……? どういうことですか?」


「よほどのことじゃなければ教会も目をつむる……だから目をつむれないようなことをしないでくれってことだ。お前のためにも、勇者のためにも、そして俺たちのためにもな。監察官は偉そうにお前に忠告したかもしれないな。あるいは陰湿な脅しだとお前は感じたかもしれない。だがそれの本質は忠告でも脅迫でもなく懇願だ」



 うっ……

 俺はたじろいだ。なんだよそれ。その話が本当なら異動なんて夢のまた夢じゃないか。精神か肉体が完全に壊れるかなんらかのヤバい事件を起こすまで、俺はあの暗黒教会に囚われ続けるというのか……?

 呆然としていると、まるでスイッチを切り替えたようにラザロはいつものヘラヘラした笑顔を取り戻した。



「まぁ、お前なら大丈夫だ。あっちでも元気でやれよ。そうそう、また例の男を見かけたら教えてくれ。そう簡単に尻尾は出さないと思うけど、一応な」


「はぁ……」



 俺はなんとか返事を絞り出し、そそくさと帰っていくラザロをぼんやり見送る。

 なんか……体は休まったけど聞きたくないことを色々聞かされた入院生活だった。まだぼんやりして整理がつかない。

 しかしそんな生活ももう終わりだ。後ろ髪引かれる思いだが社会人である以上、上の命令には逆らえない。どうやら俺は正規のルートではあの教会から逃げられない運命にあるらしいしな……

 俺はいそいそと荷物を纏め、お世話になった主治医に頭を下げる。



「ありがとうございました、先生……きっと、きっとまた……ここに戻ってきますから……!」


「あはは。戻ってきちゃダメでしょ。お大事に~」





*****





 あ~、帰ってきちゃった。

 休暇後の仕事ほど憂鬱なものはない。

 どうせ凄まじい量の仕事が溜まってるんだろう。俺は逃げ出したくなるのを強靭な精神力で抑えながら教会へ向かう。


 はぁ、死体の山が俺を出迎えるんだろうな。

 玄関の前で深呼吸をしてみる。とりあえず腐臭は漂ってこないが。俺は恐る恐る扉を開けた。



「ただいま戻りましたよー……うわっ!」



 俺は教会の様子に目を見張る。

 良い意味での驚きだ。死体がない。

 まさか生きている人間が迎えてくれるとは!



「お帰りなさい神官さん!」



 振り向いたカタリナが目を輝かせて俺を見る。お前生きてたのか!



「お帰り、神官さん」



 宿屋のババアがその強面に似合わない優しい微笑みを浮かべる。あぁ、安心感が桁違いだ。



「お帰り、ユリウスくん」



 白衣を纏った優男が、人の良さそうな笑みを浮かべて手を挙げる。肌が粟立ち、頭が真っ白になる。

 宿屋のババアが俺に与えた安心感は机に乗った埃のようにいとも容易く吹き飛んだ……




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