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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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78、大乱闘!フェーゲフォイアーブラザーズ




 マッド男、参戦!


 ただのマッドだけなら二人の相手ではない。

 しかしどういうわけかヤツはイソギンチャクを思わせる触手に運ばれている。



「うぅぅん」



 俺は迷った。マッドに助けを求めるべきか否か。

 だってイソギンチャクに血ついてるし……



「六十番にはちゃんと話をつけたから大丈夫だ。楽しみだね。どんな研究やろうか」



 絶対話なんかしてないだろ。まさか大聖堂での騒動はお前の仕業か?

 俺は助けを求めて伸ばしかけた手を引っ込めた。



「誰ですかあなた」


「ユリウスは売り物じゃないの」



 檻の前に立ち塞がるサイココンビ。

 しかし戦闘慣れしているとは到底思えないマッド優男が一歩も引かず余裕の表情だ。



「へぇ、ユリウスくんって言うんだね……? おいでジッパー」



 のそのそと姿を現したウサギ女。ボンデージに付いたいくつかのジッパーが開け放たれ、そこから蠢く触手が生えている。

 こちらにじっとりした視線を向けながら、マッドがウサギ女のジッパーに手をかける。



「君は俺に似てるよ。きっと良い友達になれる。もっと君のことが知りたいな」



 ひっ……ヤバい、鳥肌が止まらん。アイツに捕まるのもマズい。前門のサイコ、後門のマッド。どちらを応援していいのか分からない。


 開け放たれたジッパーから弾けるように触手が飛び出す。

 オリヴィエがバッと前に出て襲い来る触手を素早く切り落とす。が、切り口から飛び出た粘り気のある液体がオリヴィエの視界を奪った。



「ぐっ……」



 隙だらけのオリヴィエに襲い来る第二の触手。しかしリエールのぬいぐるみがハサミでそれを断つ。

 さすが、同じパーティというだけあって連携が取れているな。

 しかしこの二人に対しウサギ女も引けを取らないのだから大したものだ。

 

 触手が切られては生え、切られては生え、リエールのぬいぐるみ自爆アタックを受け止め、爆発で飛び散った触手の欠片がオリヴィエの首に巻き付くが、剣で器用にバラされる。

 もうね、俺の動体視力ではなにがどうなってるのかよく分かりません。

 勇者ってやっぱ凄いわ。いつも雑魚雑魚思っててごめんね。

 しかし俺は蚊帳の外だ。あれ? もしかして今なら逃げられ……ないなぁ。俺の力では鍵が開けられない。秘密警察でさえ無理なのだから、俺にできるはずもない。

 このままアホみたいな面でボケッとサイコVSマッドの試合を鑑賞しているしかないのか。



「……神官さん、神官さん」



 ん? ……あっ、ルイ!

 口を開こうとすると、ルイが自分の唇に人差し指を当てた。



「静かに。少し待っててください」



 そう言ってなにやらナイフでガチャガチャやると、まるで子供のおもちゃのように容易く鍵が壊れた。さすが、腐っても元星持ちだ。ってかできるんなら早くやれよ。いや、やる気がなかったんだったな。



「ありがとうございます。でも、どういう心境の変化ですか。さっきまでの貴方は自殺願望があるようにすら見えていましたが」



 ルイは視線を足元に落としながら、ぽつりぽつりと話し始めた。



「神官さんが運び込まれた後、あの触手女が暴れだして……怯えた魔獣たちも檻から逃げ出したりして大変な騒ぎになりました。その時俺、死にたくないって思ったんです。ロージャのことは色々と整理できていませんが……それでも俺、生きたいんです」



 命の危機にさらされて、ようやく生きる気力がわいてきたか。目に光が宿っている。

 俺は横目でサイコVSマッドの様子を盗み見る。戦いに夢中でこちらへの注意が逸れている……いまがチャンスだ。

 俺は四つん這いになって檻の小さな扉から頭を出す。うおっ……冷てっ。なんだよ。首筋にヒンヤリしたものを感じ俺は視線を上げる。



「あっ……」


「ダメよ、神官さん。中に戻って」



 ヤベェ。ロージャだ。

 俺は視線を自分の首元にやる。大振りのナイフが視界の端で鈍く光った。

 クッ、どうする。あそこで戦っているサイコとマッドに助けを求めるか? 誰に捕まるのが一番マシなんだ。



「ほら、早く。声を出したらアンタの頸動脈を切るわ。回復魔法をかける暇もなく死ぬわよ。逃げられるくらいなら殺した方がマシだもの。お金は手に入らないけど、胸はスッとするでしょう?」



 ダメだ、選択の余地はない。俺はゆっくりとした動きで檻の中に戻りながらルイに目で合図をする。ルイならロージャを組み伏せることなど容易いはず……おい、テメーなにボサッとしてんだ。



「ルイ、あなたも入るのよ。早く」


「俺たち、本当にやり直せないのかな」


「はぁ? なに言ってんの」



 俺もロージャと同意見です。テメェこの状況でなに言ってんだ。そういうのは後でやってくれませんかねぇ?

 ロージャもさすがに面食らったらしく、言葉を失っている。しかし予想に反し強く拒絶する様子はない。なんなん? 俺は一体なにを見せられているの?

 チッ、くだらねぇ。ってか俺一人で逃げて良いかな?

 俺はそろりそろりと檻から体を出す。



「あっ、こら! 逃げんな!」



 やべっバレた。いや、こうなりゃ強行突破だ。俺は地面を蹴って檻を抜け出す。



「待て!」



 当然ロージャが追いかけてくる。そしてロージャの大声のせいでマッドとサイコもこちらの騒動に気付いたらしい。

 オリヴィエが剣を構えたまま体勢を低くし、跳躍するようにぐんぐんこちらへ迫る。その後ろをリエールのぬいぐるみが大挙して続く。だがその二人を追い抜かす速度で触手が飛び出す。まるで矢のようだ。

 猟犬の如くこちらへ迫るヤツらに思わず身震いする。敵の敵は味方だなんて言うが、あの中に俺の味方はいない。どこまでいっても敵と役立たずばかりである!



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 来ないでぇ!」



 俺は狭い通路を全力で駆ける。だが俺の脚力は雑魚雑魚の雑魚。

 あっという間に触手が迫る。近くで見るとぬめぬめしてるし吸盤みたいなのもついててクソキモい。マーガレットちゃんのツタの方が全然良い!



「ユリウスくん。おいで!」


「させるかッ……!」



 オリヴィエがパステルカラーのぬいぐるみを掴み、触手に投げる。ぬいぐるみを振り解こうと触手が無茶苦茶に暴れる。清潔にはされているが、古い教会だ。劣化し、脆くなっている。触手がぶつかるたび壁にヒビが入る。

 そして触手がそれを振り解くより、ぬいぐるみの自爆の方が早かった。



「ひえっ……!」



 激しい戦闘でヒビだらけになった通路が、その爆発でとうとう限界を迎えた。

 崩れ落ちる瓦礫。巻き上がる粉塵が視界を覆う。

 だ、大丈夫か? 俺は手足を見る。しっかり四肢が揃ってる……な、なんとか無事だ。死ぬかと思った。

 しかも崩れ落ちた瓦礫がリエールとオリヴィエとマッドとの間を塞いでくれた。しばらくはヤツらと顔を合わせずに済みそうだ。ふぅ、ようやくツキが回ってきた。どうやら神への祈りが通じたらしいな。相変わらず仕事の遅い神様だぜ。

 しかもルイが一緒だ。こりゃあ鬼に金棒だな。



「さぁルイ、今のうちです。逃げましょう。ルイ?」



 動かないルイ。理由はすぐに分かった。

 立っていた場所が悪かったらしい。ロージャが瓦礫に足を取られ、床に這いつくばっている。

 これまた好都合だ。



「ルイ、行きますよ。早くしないとやつらが回り込んでくるかもしれません」



 俺はルイの肩を掴んで揺する。しかしヤツはしゃがみ込み、床に這いつくばったロージャをジッと見下ろす。

 足が挟まっている以外大きな怪我は負っていないらしい。こんな状況にもかかわらずロージャは元気に悪態を吐く。



「な、なによ。私に復讐しようって言うの? もとはといえばアンタが……!」


「なぁロージャ」



 ルイがロージャの悪態を遮ってなんか話始めた。



「俺はさ、また元の生活に戻りたいだけなんだ。分かってくれないか?」



 この状況でそのセリフはズルいな。気性の荒いロージャも思わずしおらしくなる。



「ルイ……」


「君のもふもふの体を膝に乗せる、それだけで幸せだったんだ」


「えっ、ぬいぐるみ状態ってこと?」



 クソッ、そんなヤツ助けてどうすんだよ。俺だけでも逃げるか。でも一人でこの地獄と化した教会を逃げ切る自信はない。魔獣が逃げ出したとか言ってたし……ううっ、あの人面ヒュドラとだけはかち合いたくねぇ。

 さて、どうするか……ん? なんか焦げ臭くね?



「ルイッ!」



 声がする。“上”からだ。俺は口を半開きにし、天井を仰ぐ。

 それは空から隕石が降ってきたかのような衝撃だった。

 巨大な炎の塊が天井をぶち破り、その瓦礫がロージャに降り注ぐ。



「あ、あ……」



 完全に瓦礫に埋もれたロージャを愕然と見下ろすルイ。

 その山になった瓦礫の上に、炎を纏ったリンが降り立つ。室温が一気に上がる。今日の炎は一段と凄い。



「もう大丈夫。助けに来たよ!」



 しかしあんなに目立つ魔族の姿すら、今のルイの目には映っていない。



「ロー……ジャ……」


「ッ!」



 あっ、だから元カノの名前言っちゃダメだってば。学習しねぇな。

 その名前に、リンが歯を食いしばりながら拳を強く握る。

 しかしリンはふっと表情を緩ませ、ふわりとルイに抱きついた。



「いいよ……ルイがその女のこと忘れられないなら、それでも良い」


「アツイ! ちょっ、アツイって!」


「うん……ルイの全部を受け止めるから……」



 悶えるルイを、リンは強く強く抱きしめる。

 どれくらいそうしていただろう。リンがはたと気付いた。



「ルイ……ルイ?」



 肩を掴み、ルイをガクガクと揺らす。

 しかしルイは何も答えない。当然だ。体は黒焦げ。息も絶え絶え……いや、今息も絶えた。ガクリと脱力させ、その体が見慣れた光に包まれる。



「なんで……まだ話したいことが……たくさん……あったのに……!」



 泡が弾けるように消えていく光の粒子を見つめながら、リンはギリっと歯を食いしばる。



「人間め……ルイに一体なにを!」



 いや、殺ったのお前だよ。

 あれかな? いつもより火の勢い凄かったから自分が思ってたより早くルイが死んだのかな? 人間の脆弱さを魔族様はまだ理解できていないようだ。

 うわっ……ますます火の勢いが強くなる。俺はでかい瓦礫の陰に隠れた。



「許さない。ルイに手を出すヤツは、私が……!」



 大丈夫大丈夫。ルイの仇であり君の恋敵である女はすでに君の足元に埋まっているよ。

 だが虫けらの安否など魔族様の知る由もなく、リンは向ける相手を失った敵意を剥き出しにして突き進んでいく。そう、文字通り突き進んでいった。壁をぶっ壊し、纏った火があちこちに引火し、彼女の通った後はぺんぺん草も生えないような焦土と化す。その姿はまさに歩く大災害。


 こんなとこにいたら命がいくつあっても足りん。だが悪い事ばかりじゃない。リンが壁をぶち破って進んでくれたおかげで移動しやすくなった。

 俺はリンがぶち壊した壁をくぐり、時には火の手を迂回しながら外を目指す。大きな建物ではあるが、教会の造りってものには共通点がある。教会本部などの著名な大聖堂を模して作ることが多いからだ。割と複雑な造りではあったが、神官の勘で突き進むとなんとか外へたどり着くことが……できない!

 なんだこりゃ、迷路かここは。造りが無茶苦茶じゃねぇか。

 オークション会場として使う際に改築でもしたのだろうか。“品物”が逃げ出さないようにするためか?

 クソッ、煙が充満してきた。気付けば一面火の海だ。


 ふざけんな! 神官が教会で死ぬとか、神の面目丸潰れどころの話じゃねぇぞ!

 俺は火の中に佇む女神像を睨みつける。そういや俺の教会も一回焼失してるし、女神様は火遊びがお好きなんですかねぇ!

 あぁ、熱さと煙で意識が遠くなってきた。俺は有害な煙を避け、酸素を取り込むため姿勢を低くしてみる。まぁ焼け石に水だ。視界が歪んできた……

 ん? 歪んでるんじゃない。銀色の液体が、地面から染み出している?


 どんどんどんどん床から湧いてくる銀色の液体はやがて粘度を獲得し、まあるい葛餅のような形に盛り上がる。



「ジェ、ジェノスラ!」



 俺が名を呼ぶと、ジェノスラは嬉しそうにプルプルと体を揺らす。そして体中から触手を出し、燃え盛る炎をもみ消しながら、俺の体を優しく包み込んだ。感触はまさしく葛餅だが、体が濡れたりはしない。俺の体がスライムの酸性の体液で溶けないよう皮膜を張ってくれているのだろう。ぶるんぶるんと体を揺らしながら、ジェノスラは建物をぶっ壊し、有象無象を飲み込みながら外へ出る。

 やっぱデカさって強さだわ。

 俺は輝く太陽に思わず目を細める。青空が眩しいぜ。

 ジェノスラは俺を草原の上に優しく下ろしてくれた。そしてタクシー代を要求するでもなく、手を振る俺に見守られながら溶けるように消えていった。

 お前、俺のためだけに来てくれたのか。持つべきものは魔物の友達ですねぇ。


 しかし酷い。もう無茶苦茶だぁ。

 同じ敷地内にある古城は無事なのに、大聖堂だけが見る影もない有様である。

 俺は燃え盛る大聖堂を見上げる。事情を知らない物が見れば「ここで戦争でもあったんですか?」と聞きたくなるくらいの損傷ぶりである。こんな場所にいて、良く生きて帰ってこれたものだ。

 他に生存者はいないのか? 俺は辺りを見回すが、人の影は――



「神官さーん!」



 ん?

 どこまでも広がる草原の向こうから、こちらへ駆けてくる赤髪の女騎士が見える。

 彼女が従えているのは、フェーゲフォイアーの勇者たちだ。見知った顔がいくつもある。

 よかった……ようやく本隊が来てくれたんだ。

 俺はブンブン手を振った。



「アイギスぅ! 遅かったじゃないですかぁ」



 あぁ、良かった。これで安全だ。安堵のあまり思わず涙が出そうになる。今更になって膝が震えていることに気付く。そうか、俺、ちゃんと怖かったんだな。色々麻痺ってて気づかなかった。

 色んな人間に会ったが、やはりアイギスが一番信用できる。彼女の忠誠心は本物だ。そしてなにより、彼女は強い。



「すみません神官さん! よくぞ……ご無事で……」



 アイギスが涙ぐみながら俺にガッと抱き着いてくる。

 はは、大袈裟だな。騎士が涙なんか見せちゃダメじゃ――



「あがっ!?」


「し、神官さんになにかあったらと思ったら、心配で……」



 つ、強い! 強い強い強い! 抱きしめる力が強い!

 俺は身をよじって馬鹿力のアイギスから逃げ出そうとするが、ヤツはますます強く俺の脇腹を締め上げる。



「でも作戦のせいで出発が遅くなってしまったんです。本当にすみません」


「ア、アイギス……ちょっと離し……あっ」



 ミシミシミシッ。



「もう大丈夫です。一緒にフェーゲフォイアーに帰りましょうね」


「あっ……無理かも……」


「えっ?」



 バキッ……

 俺の肋骨ちゃんが断末魔の悲鳴を上げるのが聞こえた。




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