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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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76、ケージショッピング




 おっかしいな。どこで間違えたんだろうな。

 俺神官なんだけどなぁ。なんで俺、闇オークションで売られそうになってんのかなぁ?



「へぇ、勇者と神官だって。珍しいね」



 オークション前の下見らしい。倉庫の中にオークションの客らしき人間が流れ込んで“出品物”を物色している。

 闇オークションだなんておどろおどろしい名前ではあるが、客たちの振る舞いは案外普通に見える。

 いや、普通ではないな。普通の顔をして人間の入った檻を覗き込んでいるのだから、十二分に狂っている。

 俺たちはまるでペットショップの子犬にでもなったような気分で檻の隅っこで小さくなることしかできない。



「ゲッヘヘヘ……良い尻だな。むしゃぶりつきたくなるぜぇ」



 おや、やはり下品な客もいるようだ。ヤベェジジイが地面に這いつくばり、檻を下から仰ぎ見ながら息を弾ませる。

 檻の中のカタリナが白いローブを押さえながら悲鳴を上げる。



「キャアッ! やめてください!」



 叫びながら振り返るカタリナ。

 しかしカタリナの眼には誰も映らない。当然だ。

 ヤベェジジイが熱心に見つめているのはカタリナの隣の檻に収容されているケルベロスの尻だからである。



「私たち人気ありませんねぇ」


「…………」


「痛っ」



 カタリナが近くの檻に入っているオオハリモグラの針を折って俺に投げつけてくる。なにすんだ。


 この闇オークションは本来魔獣だのなんだのを主な商品としているらしく、ざっと見た限りだと俺たち以外に出品予定の人間はいないようだ。客たちも目当ては魔獣らしく、時折物珍しそうな視線は感じるものの真面目に俺たちの購入を検討しているような客は今のところ皆無だ。



「案外売れ残ったりして。はは」



 なんて談笑していたその時。

 急に俺の檻を覗き込む者があった。蒼い目、上等な服、胡散臭い顔。



「神官さん! な、なんてことだ……」


「ハンバート!」



 俺は思わず鉄格子を掴み、ハンバートを見返す。

 まさかこんなとこで会うとは。コイツいっつもこんなオークション参加してんのか? 相変わらず気色悪いヤツだぜ。

 しかし不幸中の幸いとはこの事だ。これで助けを呼んでもらえる。

 俺はヤツに事情を説明した。



「なるほど、攫われてオークションに出品されていると……」


「ええ。早急に助けを呼んでください。まずはアイギスに。それから宿屋の女将にも手伝ってもらって有志を募って――」



 しかしハンバートは顎に手を当て、なにやら考え込むような仕草を見せる。



「ハンバート? 聞いてます?」


「……神官さん。あなたを競り落として屋敷に置けば、もっとハードなプレイをしてもすぐに蘇生させてもらえるな……?」


「えっ」



 ハンバートがギラついた目をこちらへ向ける。飢えた獣のごとき獰猛な目だ。



「キメラばかりのオークションなど期待していなかったが、来てみるものですね。とんだ掘り出し物だ。ふふ……興奮してきた」



 やべぇ、コイツ俺のこと買う気じゃん。

 ハンバートの資金力と変態性を考えると、それくらいの事はやりかねない。

 俺は襟をただし、迷える子羊に語りかけるようにして言う。



「良いですか、ハンバート。神はいつでも私たちを見守っていてくださいます。貴方が良心に従って行動するのを神は期待されて」


「ええ、分かっていますとも。こんなチャンスは二度とありません。無駄にはしませんよ。それでは、会場で会いましょう」



 言いたいことだけ言って、ハンバートはさっさと行ってしまった。

 なんなんだアイツ。人の話を全く聞いていないじゃないか。もしヤツに競り落とされたら、俺はヤツの変態プレイの後始末をさせられ続けるのか?

 冗談じゃないぞ!

 なんだか急に焦燥感が湧いてきた。こうしちゃいられない!

 ……とはいえ、なにをしたらいいのか分からん。

 とりあえず俺の檻の中に押し込められた秘密警察の蘇生に着手する。あまり期待はできないが、コイツが脱出にかかせないなにか画期的なアイデアを持っていないとも限らないからな。


 小さなナイフしかなかったせいでなかなか死ねなかったらしい。躊躇い傷や致命傷にならない小さな傷が無数についている。クソッ、面倒くさいな。

 とはいえ、蘇生は滞りなく行えそうだ。ここが“教会”という話は嘘じゃないらしい。使ったそばから魔力が供給されるのを感じる。

 急ピッチで修復していると、またもや視線を感じる。

 ハンバートが戻ってきたか? 目線を上げると、こちらを覗き込んでいた男と目が合う。ハンバートじゃない。ひょろりとした優男だ。

 そいつは俺を見てニッと笑った。



「手際良いね。もしかしてフェーゲフォイアーの神官君?」



 えっ。なんで分かるんだ? 神官服着てるとはいえ、それだけでフェーゲフォイアーとは分からないはず。会ったことあるか? 顔に見覚えはないが。

 いや……そんなことはどうでも良い。俺は一縷の望みをかけて檻に顔を寄せる。



「そうです。無理矢理攫われてきたんです。お願いします、助けてください」


「助けてほしいかぁ……弱ったな。今日はそういうつもりじゃなかったんだけどな」



 男は腕を組み、困ったように眉を下げる。

 少し考えるような素振りをして、思いついたように口を開いた。



「じゃあ例えば、そうだな……俺が今から君をあのグリフォンと同じ檻に入れるとする。そんな顔するなよ、例えばの話だからさ。その前に、君は一ヵ所だけグリフォンをいじることができるとする。どこをいじる?」


「い、いじるって……?」


「察しが悪いなぁ。例えば牙を抜くとかさ。あんなのと同じ檻に入れられたらタダじゃ済まないでしょ。あ、ただし殺すのはダメだからね」



 なんでそんなこと聞くんだ。この状況とその質問に何の関係がある?

 だがこの答えによっては助けてもらえるのかもしれない。売り飛ばされるには惜しい有能な男だと思わせなくては。

 俺は必死に思考を巡らせる。そもそもグリフォンに牙など無い。あるのは猛禽類特有の鋭い嘴。しかしあれを削ったとしても良く研がれた爪がある。四肢をもげば動けないか? いや、ヤツには翼がある。

 グリフォンには武器が多すぎる。一ヵ所潰したって別の部位が補うだろう。ならば補えない部分……末端ではなく元からやればいい。



「……頭を」


「ん?」


「頭をいじります。脳です」


「だからぁ、殺すのはナシだって」



 期待外れだとばかりに首を振る男。

 だが俺は力強く自らを売り込む。



「いいえ、私なら体を生かしたまま意欲や闘争心だけを殺すことができます」



 半分はハッタリだ。脳ってのは複雑だから、そう簡単にできるかは分からない。もちろんやったこともない。だがあながち嘘でもない。

 教会に赴任したての頃、疲れすぎて頭部の修復を忘れたまま勇者を蘇生させてしまったことがある。生命の維持に必要な最低限の部分は無傷だったらしく、一応蘇生はできたが人形のように動かなかったのだ。

 その経験を交えて丁寧に説明すると、男は目を輝かせた。



「君、良いね!」



 なんかよく分からんが良かったらしい。

 男はうんうんと頷きながら檻の中を覗き込む。



「分かった、仕方ないな。君を競り落とすよ」


「えっ。いや、そうじゃ……」


「あぁ。心配してくれなくても良い。確かに俺もあまり余裕はないんだが。こんなバイトをしているくらいだからね。実は、今日は出品者として参加する予定だったんだよ。キメラを出品して小銭を稼いでるんだ。でも君となら良い研究ができそうな気がする」



 あれ? もしやコイツも人の話聞かないタイプか?

 っていうか研究ってなんだよ。話が見えないぞ。



「ドクター、そろそろ」


「もうそんな時間?」



 男が背後からの呼び声に振り向きながら立ち上がる。

 男の後ろにチラリと見えた声の主の姿に、俺は思わず戦慄する。


 声とシルエットからして女なのは間違いない。ボンデージというのだろうか。光沢のある黒革のスーツが手足の先までその身体を締め上げ、豊満な肉体を浮かび上がらせている。至るところにジッパーがついているのは何か意味があるのだろうか。

 そしてなにより目を引くのはその頭だ。

 うさぎのキグルミの頭部である。


 セクシーなボンデージに、頭でっかちなうさぎの頭部。

 どちらもそれ単体で見ればそれほどおかしくはない。しかしアンバランスが極まるとこれほどの異様さを醸し出してしまうのか?

 いや……違和感の正体はアンバランスさだけなのだろうか?


 男がうさぎ女に対しにこやかに言う。



「今日は俺も参加者だよジッパー。客席へ行くから、君は品物の搬送を頼む。彼となら良い作品を作れそうな気がするんだ。ちょうど手頃な材料もそろっているし」



 男はカタリナや秘密警察、ルイの入った檻をザッと見回し、最後に俺の檻の前で満面の笑みを見せる。



「じゃ、会場で会おう」




 ……なんだったんだアイツ。

 扉の向こうに消えていく男を眺めながら、俺は深くため息をつく。やはりこんな趣味の悪いオークションに参加しているヤツにまともな人間はいないのか。

 せっかく助かりそうだと思ったのに、期待はずれもいいとこである。なんだかどっと疲れた……

 っていうかなんだよ作品って。



「きょきょきょきょ」


「たのしいね。たのしいね」



 チッ、この状況で一体なにが楽しいってんだ。俺はカタリナを睨む。



「変な声出さないでくださいよ」


「はぁ? 私じゃな――」



 怪訝な表情をしたカタリナが不意に固まる。

 そして表情を失ったカタリナが、俺の方……いや、俺の後ろを指さす。



「し、神官さん。あれ」


「えぇ?」



 振り返った俺は、悲鳴を噛み殺すことに全力を注ぐ羽目になった。

 例のうさぎ女がカートで檻を運んでいく。先ほど男に品物の搬送とやらを命じられていたからな。それは良いが、問題はその中身である。


 一言で言うと小さなヒュドラだ。竜のような鱗を持つ体に、いくつもの首がついている。俺の眼か、あるいは頭がおかしくなっていないのであれば、そのバケモノの頭は人間のそれだった。



「おそとだおそとだ」


「まともなものたべたい」



 なにやら喋っている……気味悪いほど笑顔だ……

 秘密警察たちがブルブルと震えながら息を呑む。



「なんだあれ。か、変わった魔獣だな……?」


「世の中にはいろんな魔獣がいるんだなぁ」



 視線を泳がせながらふわふわした事を呟く秘密警察。

 しかしカタリナは無駄な現実逃避をしない。



「……あの、さっきの人が言ってた“作品”とか“研究”って」



 秘密警察達の体がビクリと跳ね上がる。

 カタリナはとどめを刺すように続ける。



「あの人“ちょうど手頃な材料もそろっているし”って……」


「やめろォ!」



 檻が揺れるほどに体を震わせる秘密警察達。

 ヤツらは溺れる者が藁を掴もうとするように、俺に情けない視線を向ける。



「し、神官さんはそんなことしませんよね? もし俺たちがアイツに買われても、たとえ脅されても、変な実験の手伝いなんかしませんよね?」



 俺は笑顔を浮かべた。



「……………………はい」


「即答して!」



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