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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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66、リップ・ヴァン・ウィンクルのマリオネット




 まだこの街がなにもない草原だったころの話さ。


 まったく別のタイプの魔族がひしめいているこの地域では、昔から魔物たちが争いを繰り広げていた。

 その末にできた空白の土地。緩衝地帯ってやつがここだ。

 魔族の争いに人間が食い込めるとは上も考えちゃいなかった。どちらかと言えば来るべき戦いに備えた――例えば魔物や魔族の研究、戦闘訓練をするためにこの土地を開拓して街をつくることにしたんだね。

 ここいらの魔族は人間への興味も薄い。とはいえ、魔物がウロウロしてるんじゃあ開拓にも支障が出る。

 土地を塀で囲み、教会を建ててこの地が加護に守られるまでの間、魔物を遠ざける必要があった。



 その役目を引き受けたのがメルンだ。ヤツの笛は魔物をおびき寄せることができる。危険な任務だが、彼女はそれをやりきった。有象無象の魔物をおびき寄せ、川に落とした。彼女の武勇伝は王都にまで響いていたよ。

 しかし勇者たちは知らなかったんだ。契約と対価。ヤツの能力を。


 成し遂げた仕事の対価として、ヤツは開拓地の勇者たちの全てを要求した。

 丁度今のようにね。


 酷い光景だったよ。奴隷なんてものじゃないさ。人間扱いされていない。まるで道具だ。

 アタシらのパーティは少し遅れて開拓地へ向かったんだけどね。人類の希望の土地だなんて聞いてたのに、道を間違えて地獄にまでたどり着いちまったのかと思った。

 確かに開拓は進んでいたさ。そりゃあもう、普通じゃ考えられないスピードでね。


 でもそこに住人なんていなかった。メルンとマリオネットだけの人形劇さ。

 そんなの街とは呼べないだろう?


 だからアタシたちは――





*****





「メルンを殺して埋めたのさ」



 ババアの昔話は物騒な言葉により締めくくられた。


 なるほどね、血生臭い街には血生臭い誕生秘話があるってわけだ。

 しかし俺たちにババアを責めることはできない。そんなヤバい勇者、殺して埋めるしかないじゃんね。まぁ俺が蘇生させちゃったけど。


 他の勇者たちも似たようなことを思ったらしい。みな平然としている。悲しいかな。この街は勇者の殺しに慣れすぎている……


 しかしメルンにはメルンの言い分があるようだ。



「勇者ってのはどいつもこいつも馬鹿ばっかりだよ。こいつらなんて、ギャンブルなんかにハマってさ。ちょっと金を見せたらすぐ飛びついて……だから私が操ってやった方がいいんだ。勇者たちはすぐにサボるし」



 うぅん、それも言えてる。



「なのに、あんたは後からやってきて私を。あんな不意打ちみたいな卑怯な手で殺した」


「……勇者だって人間だよ。モノのように扱われているのを見過ごすわけにはいかない。それに、あんたの能力は危険すぎる。ああするしかなかった。さっきの質問に答えようか、メルン」



 ババアは斧を構えながらリリーを守るように仁王立ちする。



「ここは開拓地……いまはフェーゲフォイアーという名前がついている。この娘は私の孫娘だ。お前を埋めて、もう五十年以上経った」



 五十年。その言葉に、メルンは酷くショックを受けた様子だった。

 目をギラつかせ、泣いているような、怒っているような、笑っているような……複雑な表情をババアに向ける。



「お前は私を殺して埋めた後ものうのうと……!」



 ババアは斧を手にしたままリリーを一瞬だけ抱き寄せて、そして強く突き飛ばした。

 吹っ飛んだリリーを商店街の面々が受け止める。



「婆ちゃん!」



 手を伸ばすリリーを、商店街の連中は力づくで建物の中へと引き込んだ。

 リリーが安全な場所に逃げ込んだことを確認し、ババアは薄笑いを浮かべて言う。



「そうさメルン。この街はもうあんただけのものなんかじゃない。この街やこの街の人間を支配しようってんなら、アタシはまたあんたを冷たい地の底に送らなきゃならない」


「老いぼれになにができるって?」



 糸繰り勇者とババアの刃がぶつかり、鼓膜を引き裂くような金属音が響く。

 五十年に渡る因縁の戦いが今、始まる!



「神官さん! 観戦してる場合じゃないですよ」



 あぁ、カタリナの言う通りだ。

 ハンバートも言ってたがギャンブルってのは胴元が儲かるようにできている。

 こうしちゃいられねぇ。早く場を仕切って賭けを始めなくては。こういうのは早い者勝ちだ。俺は賭け券の制作に着手する。



「ちょっと、なに呑気に工作してんですか! 女将さんは勇者じゃないんです。加護がないんですよ。止めないと死んじゃう!」



 え? あぁ、そういうことね。

 くそっ、カタリナが俺の体をブンブン揺するので賭け券が作れない……


 そもそもアイギスレベルならともかく、その辺の雑魚勇者にババアが負けるとは思えないがね。

 だがまぁ、勝負なんてどう転ぶか分からないか。勇者でもない住民が殺されるのは寝覚めが悪い。

 俺は渋々ながら紙を置いた。



「仕方ありませんね。カタリナ、止めてきて良いですよ」



 そう言って激しい戦闘が繰り広げられている通りを指さす。

 するとカタリナは俺にタックルを繰り出した。



「うおっ!?」



 俺の腰にガバッと組み付き、引っこ抜くような動きで俺を持ち上げ肩に担ぐ。



神官さん(パパ)が止めるんですよ」



 商店のドアを蹴り飛ばし、力強い走りで災いの中に駆け込んでいく。

 ……おいおい、死にたがりが今まさに死のうとしてるんじゃないか?

 なんだってんだ。無理心中なんてゴメンだぞ!

 ひいっ、まさか白兵戦の中に突っ込むつもりじゃないだろうな? 止まれっ、止まれよ!

 くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……

 分かった、やるよ! やるから!


 俺は意を決して声を上げた。



「メルン! や、やめなさいッ!!」



 五十年間眠っていて、知人もほとんどいないような状態だからだろうか。

 名前を呼ばれたメルンは、弾かれたように俺を見た。


 ……とはいえ、これ以上俺にできる事などない。力づくで、なんてとんでもない。かといって説得だって絶望的だ。もちろん俺とメルンの間に血のつながりなどないし、過ごしたのだってほんの数日だ。俺の言葉に耳を貸してくれるとは思えない。

 案の定、メルンの目は険しく厳しい。

 俺はカタリナの背中にバッと頭を隠した。



「ほら~、やっぱダメですって~。どうするんですか~?」



 そう嘆きながら、カタリナの背中をポカポカと殴る。

 一刻も早く屋内へ逃げ込みたかったが、カタリナは俺を担いだまま離さない。

 ヤツはポツリと言った。



「いや、そうでもないかもしれません」


「ええ……?」



 俺は体をひねり、カタリナの背中から顔を出してメルンの様子を窺う。

 ……お? メルンが笑っている。子供のような、緩み切った無邪気な微笑みだ。



「パパ!」



 いや、パパではないんですが……

 しかしメルンはすぐ我に返ったように元の険しい表情を取り戻した。ヤツは顔を隠すように額に手を当て、激しく頭を振る。



「な、なに言ってるの私は。貴様は私の父じゃない! お前ら、あの男を……!」



 ひえっ! 勇者たちに襲わせる気か!

 メルンの指に糸が見える。それはさらに数体の勇者に巻き付く。そして――



「し、神官さん……糸が……」



 俺はジッと手を見る。指から……俺の指から銀の糸が伸びている。



「ひいっ!? ほら、だから近付きたくないって言ったのに!」


「お、落ち着いてください」


「イヤだーッ! パパになんてなりたくない!」


「大丈夫です。地域みんなで育てていきましょう……」



 他人事だと思って、テキトーなこと言いやがってコイツ!

 ダメだ、コイツは役に立たん。こういう時、頼れるのはやっぱり子育て経験のあるババアだ。



「大丈夫だ、神官さん。良く見な! 糸が指から出てる」



 そ、そうだ。指から出てる。だからなんだよ!

 ……ん? 体のあちこちを見るが、指以外の場所からは糸が出ていない。この前は全身からマリオネットのように糸が伸びていたのに。

 これでは、まるで――



「糸を指から出すのは、普通人形遣いの方さ」



 俺の指から伸びた糸は、メルンの全身に絡みついていた。



「ど、どうして……!?」



 メルン本人にとってもイレギュラーな事態らしい。自らの体から伸びる糸を見る目が明らかに動揺している。

 俺も良く分からん。どうなってんだ?

 困惑していると、カタリナがさも全部分かったような顔をした。



「ふふ、メルンちゃんったらやっぱりパパには頭があがらないのね? あんまりおイタするとメッ……だよ?」


「殺せ」



 カタリナの首が飛んだ……。


 俺を担いだ状態のまま、首のなくなったカタリナがどうと倒れる。

 糸繰勇者はカタリナの首を飛ばした勢いのまま刃を振り上げ、今度は俺に張り付いたような薄笑いを向ける。太陽と重なった刃がギラリと輝く。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! メルンやめなざい飴あげるがら!!」


「ホント?」



 無邪気な声と共に、糸繰勇者の動きがピタリと止まる。

 なんだ、どうなってるんだ。

 どうやらメルンも同じことを考えているらしい。無邪気な声を発した自分の口を押え、顔を蒼くさせている。

 俺たちが困惑して右往左往する中、ババアだけが全てを理解したとばかりの表情を浮かべている。構えていたバトルアックスを下ろし、完全に臨戦態勢を解いていた。



「メルン、アンタ自身も契約と対価からは逃れられないのさ。命を助けられ、記憶を取り戻すまで神官さんに世話になったんだろう。いや、世話をさせたんだ。長い長い眠りから蘇ったあんたが、命を守るため本能的に能力を発動させたんだろうね。だがアンタは順序を無視した」



 メルンの表情が凍り付く。滅茶苦茶に糸を引いて勇者を動かそうと腕に力をこめるが、俺の指から伸びた糸がメルンの手を雁字搦めにして自由を奪っている。



「今度はアンタが対価を払わなくちゃならないよ。“命の恩人”に払う対価はどれほどのものなんだろうね」





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