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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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62、お前がパパになるんだよ!



 柔らかな日差しが降り注ぎ、街を明るく照らしている。

 色々と事件も多く心配事も少なくないが、市場の喧騒はそれを忘れさせてくれるな。

 天気もよく、市場散策日和だ。

 だが風が少し強いか。



「寒くありませんか?」



 俺は隣を歩く娘の乱れた前髪を整え、背中を擦る。

 男手一つで娘を育てるのはなかなかに大変だ。教会には休みがないから、買い物くらいでしか外に連れ出してやれないのが辛いところだな。



「ほら、メルン! 飴が売ってますよ。せっかくだから食べましょうか」



 俺は屋台の親父から棒付きキャンディを二個買い、一つをメルンに渡す。

 メルンは聞き分けの良い娘だ。あまり物をねだったりしない。俺に気を使っているのかもな。不甲斐ないパパだ。どこか遠くを見ながらぼんやり飴を舐める愛しい娘の手を引き、歩いていく。


 宿屋の前を通ると、ちょうど買い物を済ませて帰宅する途中だったらしいリリーとバッタリ会った。



「なんだその人。見慣れない顔だな。勇者? 教会の人?」



 挨拶もそこそこに、リリーは怪訝な表情でそう尋ねる。

 まったく、何を言っているんだこの不良娘は。俺は苦笑を浮かべながら答える。



「私の娘ですよ。メルンです」


「……は?」



 一瞬の間をおき、リリーはさらに口を開く。



「どういう意味?」


「どういう意味もなにも……そのままですよ。私の娘です。子供」



 リリーはさらに難しい顔をしながら腕を組み、何やら考え込む。

 そんなに難しいことを言ったつもりはないのだが。



「えっと……あっ、あれか。子持ちの女と結婚したってこと? 継父?」


「違います。リリー、娘の前であまり失礼なことを言わないでください」


「え……えぇ……ううん……ご、ごめん……?」



 なんとも苦々しい顔をしながらそう呟くリリー。

 まったく、この不良娘ときたら。うちのメルンとは大違いだ。

 とはいえ、リリーは同じ町に住むご近所さんである。今後メルンと話をする機会もあるかもしれない。

 ま、一応紹介しておくか。



「メルン? こちらリリー。宿屋のとこの子ですよ」



 どこか遠くを眺めていたメルンが、俺の言葉に反応してゆっくりとリリーに視線を移す。

 メルンの手からポロリと零れた棒付きキャンディが地面に落ちる。と同時にメルンが吠えた。



「アマリリス! アマリリス! 許さない、お前のせいで」


「うわっ、なんだよ!?」



 驚いて飛び退くリリーを追いかけるように手を伸ばすメルン。

 俺はメルンを抱きすくめ、その目を覆い隠した。



「大丈夫です、大丈夫です。この娘はリリー、ただの不良娘ですよ!」


「ひいっ……そ、そいつマトモじゃねぇよ。神官さん、あんたも!」



 リリーは吐き捨てるように言うと、逃げるようにして宿屋へ駆けこんでいく。ヤツの姿が見えなくなったからか、メルンも少し落ち着いたようだ。

 だが口の中でなにやらブツブツと呟いている。俺は耳を澄ませた。



「契約……対価を……」



 ……契約? 対価?

 そんな言葉を教えた覚えはない。

 メルンの言葉に俺は思わず自分の膝を叩き、拳を握りしめる。



「こんなに難しい言葉を! さすがは私の娘、天才ですね~!」




*****




「この子が娘、ですか……?」



 誰も死んでいないのに、今日は珍しくカタリナ、オリヴィエ、リエールが揃って教会に来ている。

 どうやら俺の自慢の娘を見に来たようだ。



「うーん、この子が見た目より若いのか、神官さんが見た目より歳いってるのか。どっちかなぁ」


「いや、どう考えても血のつながった娘ってのは無理があるよ。年齢が合わない」



 なんなんだ、どいつもこいつも失礼なことばかり言って。

 俺はムッとして文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかける。しかしオリヴィエに先を越された。



「あの、神官さん。母親は誰なんです?」


「……母親?」



 言っている意味が良く分からなかった。俺は首を捻り、なんとか答える。



「いや……? ご存じの通り、私は独身ですが?」



 オリヴィエが変な顔をしている。

 カタリナがこそこそとオリヴィエに耳打ちする。



「とぼけてるのかな? 都合悪くて言えないってこと?」


「それにしたって、もっと良い言い訳があるでしょ。あまりに会話が噛み合わなさすぎる……」



 それはこっちのセリフだ。なんなんだコイツらは。なんだか疲れるなぁ。

 なにより……

 俺は娘を背中に隠すようにして、さりげなくリエールの前に立ち塞がる。

 ヤツのことだ。なにをしてくるか分からん。いざとなれば、俺がパステルイカれ女から娘を守らなくては。


 リエールはそのパステルカラーの瞳でメルンをじいっと見つめていたが、俺が前に来ると人工的な微笑みを浮かべて口を開いた。



「私がママだよ」


「……は?」



 な、なにを言っているんだコイツ……

 俺は恐怖で震えそうになる腕を何とかおさめ、メルンの肩に回す。



「い、一体どういうつもりです」



 するとリエールはキョトンとした表情で言う。



「どういうつもりって。ユリウスの子供なら、私の子供でしょう?」



 なんだコイツ。言葉は通じるのに話が全然通じない……

 俺はメルンの頭を抱き寄せながら、頭を振った。



「なに言ってるんですか? 違います。メルンは私が生んだ子です!」


「なに言ってるんですか神官様」



 オリヴィエもカタリナも、なんとも言えない表情で俺たちを眺めるだけだ。

 そうしている間にも、リエールが蛇のようにメルンに這い寄る。



「ねぇ、私がママだよね?」


「…………」


「ね?」



 するとメルンは俺にガバッと抱きつき、珍しくハッキリした口調で言った。



「ママじゃない」



 リエールの口が裂けるようにして歪んでいく。



「そう。そうだね。私たちの娘にしては大きすぎるもの」



 リエールのパステルカラーのワンピースのフリルの隙間から、にょきにょきとぬいぐるみ共が顔を出す。

 それは剣士で言うところの抜刀を意味する。



「いけない!」



 俺はメルンをかばおうとする。だが、娘は俺の腕をするりと抜けてリエールの前に歩み出ていく。



「ダメだメルン! リエール、やめろ!」


「大丈夫だよユリウス。子供が欲しいなら私に言ってくれれば良いのに」



 俺の制止も虚しく、指をスイっと動かしてぬいぐるみたちを宙に舞わせる。その一体一体が、小さいながらも鋭い刃物を手にしている。

 ああっ、ダメだ間に合わない!

 ……が、ぬいぐるみたちは動かなかった。



「リ、リエール?」



 カタリナの呼び掛けに、リエールは眉をピクリと動かす。



 ……糸だ。

 ぬいぐるみ一体一体の体に、無数の糸がついている。まるでマリオネットのように。

 しかしぬいぐるみからから伸びる糸の先に繋がっているのは、リエールではなくメルンの指。



「……し、神官様」



 オリヴィエが震える指で俺を指し示す。

 なんだ? 俺は自分の体を見下ろす。

 ……なんだこれ。糸だ。俺の体から。糸が伸びてる。

 俺はゆっくりと、糸の視線で辿る。それはリエールのぬいぐるみと同じく、メルンの指に繋がっていた。


 水を打ったような静けさの中、動いたのはオリヴィエだった。

 風のように駆けると共に剣を抜き、俺にくっ付いた糸に斬撃を放つ。しかし糸は霊体のようにオリヴィエの剣をすり抜ける。



「くっ……やっぱこの娘普通じゃない!」


「ああっ、ゴメン避けてオリヴィエ!」


「え?」



 オリヴィエの脇腹を抉りながら、渦を巻く火の玉が物凄い速さで飛んでいく。それはメルンの肩をかすり、壁にぶち当たって消えた。



「イタタ……味方越しに攻撃するのやめろって言ってるじゃん、このノーコンめぇ……」


「へへ」



 照れ笑いなどを浮かべながら頭を掻くカタリナ。オリヴィエの怪我は酷く、抉れた脇腹を押さえてうずくまっている。

 だがそんなことはどうでも良い。



「メルン!」



 俺はメルンに駆け寄り、肩の傷を見る。

 クッ、赤くなってるじゃないか。傷跡が残ったらどうするつもりだ。



「待っていなさい、今パパが治してあげますから」


「……!」



 メルンが俺の手を振り払い、立ち上がる。



「メルン?」


「……思い出した。勇者。アマリリス……!!」



 なんだ。なにを言っているんだ?

 メルンが辺りを見回す。リエール、カタリナ、オリヴィエ。それだけじゃない? ここにいない誰かをも睨むように、ここにいない誰かにも聞かせるように、メルンは声を張り上げる。



「許さない。対価を払ってもらう。契約を果たしてもらう」


「メ、メルン……? メルン、どこに!」



 俺の制止も虚しく、メルンは地面を蹴って教会を飛び出していく。

 くそっ、一体どうしたって言うんだ。すぐに追わなければ。あの娘は俺の……!


 ……俺の、なんだ?



「あ、あれ? なんで」



 急速に頭の靄が晴れていく。

 そうだ。何をやっていたんだ俺は。俺に娘などいない。というか、あんな大きな娘がいるはずない。

 何故俺はヤツを娘だと信じて疑わなかったんだ?


 カタリナが俺の顔を覗き込む。



「し、神官さん……?」


「あぁ……すみません。もう大丈夫です」


「良かった。正気に戻ったんですね。じゃあちょっと治療してもらっても良いですか……?」



 オリヴィエも安堵の表情を浮かべ、ホッと胸を撫で下ろしながらえぐれた脇腹をアピールしてくる。

 魔法か、あるいは洗脳の類なのか。とにかく恐ろしい体験だった。なによりあの異常な状況に何の疑問も抱かなかった自分が一番怖い。

 ん?

 なにかに肩を叩かれ、振り向く。

 ――パステルカラーだ。ありえないほど近くに、パステルカラーの瞳がある。リエールの瞳の中に、恐怖に身を強張らせた俺の顔が映っている。



「娘、いなくなっちゃったね」


「あ、いや。私に娘は……」



 リエールが目を細める。



「欲しい?」


「いらないです」


「作る?」


「作らないです」






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