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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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5、新パーティ結成




 小憎たらしい迷える子羊たちがわらわらと庭へ足を踏み入れる。



「うわーっ、見ろよこれ。血じゃね?」


「赤錆でしょ。埃っぽいなぁ。お洋服汚れちゃうよ」


「知ってる? ここオバケ出るんだぜ」


「知ってる知ってる。“血塗れ神官さん”でしょ」


「なにそれ」


「顔色の悪い白髪の男。生気のない目でボーっと立ってるの。子供を見つけると連れ込んで、解体して食べちゃうってよ」


「馬鹿だな、そんな噂信じてるの? そんなの大人が考えた嘘に決まってんじゃ……ん……」



 子供たちの動きが止まった。

 皆一様に表情を凍らせ、こちらに視線を向ける。

 そのうちの一人が、ガラスを割ったような悲鳴を上げる。



「お……おばけーッ!!」


「神官に向かってなんですその口の利き方!! 舐めたこと抜かしてると神の雷でブッ殺しますよ!!!」


「ギャーッ!! 出たーッ!」



 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す子供たち。

 全く、次から次へと飽きないものだ。

 っていうか俺、子供たちの間で妖怪的ポジションなの? フツーにショックだわ。



「聖職者が子供に向かって“殺すぞ”は無いんじゃ……?」


「おや、目が覚めましたかオリヴィエ」



 鉄鎧を纏った、まだあどけない顔の少年が祭壇の方から庭へと歩いてくる。

 先ほどの子供たちの兄と言っても不自然ではない年齢だ。


 しかしこう見えて彼もまた勇者である。

 剣の実力は並みの剣士より頭一つ飛びぬけている上、教会への寄付を忘れたことのない、若いのにしっかりとした勇者だ。


 ……どういうわけか、最近はここへ来る機会が多いが。



「優しく言ったところで子供は聞きません。下手に教会へ入られて蘇生前の勇者なんか見たら青少年の健全な成長に悪影響を及ぼしますからね。子供たちのため、心を鬼にしているのです」


「そうは言っても……まぁ、血塗れの神官服で優しい顔をされてもそれはそれでサイコパス度が増すだけだとは思いますけど」



 テメーの血だよ。


 だいたい、ここが子供たちに“お化け屋敷”だなんて呼ばれているのは勇者たちの蘇生に時間を取られ、建物や庭の管理が行き届いていないからだ。

 厳かでまともな教会になれば、子供たちだって好き好んで近付いてこないはず。お化けが出るなんて噂があるから子供たちは面白半分に遊びに来るのだ。



「それじゃあ、僕は行きます。寄付金は祭壇の上に置いておきましたので。それでは」


「お待ちなさい」



 さっさと出ていこうとするオリヴィエの腕を掴み、クマの浮かんだ彼の顔を覗き込む。



「何を焦っているんですか?」


「え? いや……別に焦ってなんていませんよ。一刻も早く魔王を打ち倒し平和な世界を築くのが勇者の務めだとは思っていますが」


「ふふふ、強がっても無駄です。口で何と言おうと、体は正直ですよ」


「そ、それはどういう……」



 オリヴィエは自らの肩を抱いてガタガタと震えだす。

 何を勘違いしているんだお前は。俺はオリヴィエの腹を小突く。



「腹部の損傷が酷く、内臓がズタズタになっていたので念のため色々点検したんです。驚きましたよ。まるで四十代中間管理職のような胃でした。過度なストレスは体に悪影響を及ぼします」


「う……」


「体には無数のかすり傷。無茶な戦いをしている証拠です。いつも慎重な貴方らしくありません。教会へも頻繁に送られてくるし、このままでは心の方が壊れてしまいますよ」



 オリヴィエは唇を噛み、足元に視線を落とす。



「何か事情があるんでしょう? 優秀な勇者が潰れていくのを見るのは忍びない」



 そして俺の仕事が増えるような事態を避けたい。



「……さすがは神官様、すべてお見通しですね。最近、パーティ内がゴタゴタしてて。少し結果を焦ってしまっていたかもしれません」


「詳しく話してみてください。信者の悩みを聞くのも神官の務めです」


「パーティの醜聞を晒すようでお恥ずかしいのですが……」


「大丈夫。神に誓って秘密は守ります」


「簡単に言うと、痴情のもつれと言うか……」


「え゛っ」



 命の危険を抱えながら集団で旅をする関係上、パーティー間の人間関係がらみのトラブルは決して珍しくない。

 とはいえ……可愛い顔してやるな、少年。



「いや、違いますよ! 僕は関係なくて、他のメンバーが……」


「他のメンバー?」


「弓使いの女性が酷い人なんです。魔法使いと付き合ってたんですけど、戦士にもちょっかいかけて……二股ってやつです。最近は戦闘中のフレンドリーファイヤーすら発生してます。本人たちはわざとじゃないって言ってますけど」


「ええと、あなた達のパーティーって新しいメンバー加入してます?」


「いえ、前と同じ四人編成ですよ。だから三人がギスギスしてるのが辛くて辛くて……」



 おいおい待て待て。

 オリヴィエのパーティって確か。



「あなた以外のメンバー、全員女性じゃありませんでした?」



 するとオリヴィエは頭を抱えてため息を吐く。



「そうなんです……なおさら口も出しにくくて。もう僕にはどうすることもできないんです。だからさっさと魔王を倒して旅を終わらせたい」


「ゴールが先すぎません? そんなパーティさっさと抜けてしまえば良いじゃないですか」


「でもあんまりパーティ移ったりしてると印象悪くなるし……三年間は同じパーティで頑張った方が良いって……」



 真面目か!

 気にしねぇよ、そんなクソ細かい事。

 勇者達あいつら、細切れになったってハラワタはみ出てたって肺が破裂してたって気にしないんだぜ? 治ったらまた冒険に出ていくんだぜ? お前もそうだろ?


 とか聖職者がいう訳にはいかないので。



「目的と手段が逆転してますよ。重要なのは魔物に打ち勝つこと。そんな状況では戦闘においても互いの力を引き出せませんし、魔王城に辿り着く前に間違いなく胃に穴が開きます」


「とは言っても……そう都合よく僕を入れてくれるパーティがあるかどうか」


「うーん、そうですねぇ……」



 誰か良い人はいなかっただろうか。

 ……おや?

 祭壇の方からふと血の匂いが漂ってくる。


 嫌な予感。


 恐る恐る振り向く。

 視界が一面真っ赤に染まった。



「だ、大丈夫ですか!?」



 祭壇の前にゴロリと転がっている死体に駆け寄っていくオリヴィエ。

 死体は綺麗に輪切りにされており、イカ飯を連想させる。

 当然死んでいるので、大丈夫なわけはない。



「うっ……酷い」


「本当、酷いですよ。これは治すのに時間が……ん?」



 見覚えのある金髪、白いローブ……。

 ゴロリと転がる首を持ち上げる。



「またお前か!!」


「うわっ、ビックリした……」


「失礼。つい癖で」



 涼しい表情を作ってオリヴィエに弁明するが、腹の底はグツグツである。


 カタリナめ!!

 毎回毎回トリッキーな死に方しやがって。

 っていうかお前金持ってんのか?



「初心者さんですか? 可哀想に、一体なにが」


「カマイタチです」


「どうして分かるんです?」



 目を丸くするオリヴィエに、俺はカタリナの胴体の切り口を見せる。



「この血の量、噴き出し方。心臓の動いた生きた人間を輪切りにしなければこうはなりません。わずか数秒で人間を輪切りにできる魔物はそう多くありませんから。そしてこの滑らかな切り口。見てください、小さな血管まで潰さずに切断されて――オリヴィエ、聞いてます?」


「あの……それはどうしても見なくてはならない物なのでしょうか。神官様がそうおっしゃるなら頑張りますが……」



 オリヴィエは口元を押さえたまま、あらぬ方向に視線を向けて呟く。

 彼の顔色は首だけになって転がっているカタリナのそれとそう変わらない。


 吐瀉物でこれ以上カーペットが汚れては困るので、俺は断面を隠すようにしてカタリナの胴体をそっと床に下ろした。



「それにしても彼女には困ったものです。格上の相手に無鉄砲に突っ込んでいく。おかげで、初心者マークが取れないうちから教会の常連です」


「それは心配ですね」


「ええ」



 本当に心配だ。

 俺が過労死しないかが。


 せめてソロでの冒険を止めてくれれば、今より多少は勝率も上がるだろうに。

 未熟な魔導師一人では、カマイタチなど素早い魔物との接近戦に対処することができない。


 接近戦に秀でた勇者、例えば剣士などがいれば――



「…………あっ」


「な、なんですか。急にニヤニヤして」



 俺はオリヴィエ君の肩に腕を回した。



「良いお話があります」





*****






「ということで、しばらくはあなた達で組みなさい」


「そんな、急に言われても」


「まったく話が飲み込めないんですけど、この子は? 近所の子供?」



 俺は床に積もった埃を舞い上がらせながら壇上に上がり、困惑している二人を見下ろす。



「カタリナはオリヴィエから冒険と戦いのイロハを学びなさい。彼はこう見えてベテランですし、頭も良い。オリヴィエは彼女を守りながら冒険を進めてください。貴方は守る物があった方が実力を発揮できる。どうか自暴自棄にならず、冷静さを取り戻しなさい」



 納得したとまではいかないものの、二人とも文句を言おうとはしない。

 祭壇に上がった神官の言葉には妙な説得力があるらしい。

 市民への説教ではなく、こんなことに祭壇と神官としての技術を使わざるを得ないというのはなんとも悲しい事だ。


 まぁ、これからの細かなことは二人で話し合ってもらうとして。



「ではカタリナ。今回も蘇生費として寄付のご協力を」


「あ……えっと、その。実は」



 カタリナはローブのポケットから手を出し、握りこんだ拳を開く。

 彼女の掌に乗っているのは、埃に塗れた銅貨数枚。



「これしか持ち合わせが……」



 クソが!!

 お前はここを駄菓子屋かなんかだと思ってんのか?

 金もないのにカジュアルに死んでんじゃねぇ!


 と、全く思わないと言えばウソになるが、いつもに比べれば俺の心はかなり穏やかだ。



「ごめんなさいごめんなさい、聖騎士だけは、聖騎士だけはご勘弁を……」



 怯えたように辺りを見回すカタリナを横目に、俺はオリヴィエにそっと手を差し出す。



「え? なんですか?」


「パーティを組んでいるなら、仲間の蘇生費を負担するのが普通でしょう」



 オリヴィエはキョトンとし、そして顔を蒼くさせる。



「え……ええっ!? 僕に出せって言うんですか!?」


「当然です。神も言っています。仲間を愛し、苦悩を分かち合いなさいと」


「……あの、まさかとは思いますけど、このためにパーティ組ませたんじゃ」



 おっ、勘が良いな!



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