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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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51、レッツ先送り





 植物モンスターたちの生命力は凄まじい。焼け野原になったヴェルダの森が今やすっかり元通りである。

 お陰か、今のところ荒地の魔物が街のそばをうろつくような事態は解消された。まぁかわりに植物モンスターがうろついているわけだが、焼死体にされるよりは蘇生しやすくて助かる。


 しかし勇者たちの話によると、フランメ火山は大荒れの様子だ。

 魔族の怒りを表すように配下の魔物たちは炎を上げて狂ったように舞い踊り、近付くことすらままならない。

 とても教会放火の落とし前を付けさせに行けるような状況ではない……



「ははは」



 俺は焦げ落ちた瓦礫の山を見上げ、乾いた笑いを漏らす。

 何度見てもひでぇな!! イエーイ、神様ァ、見てるゥ!? 教会燃えちゃいました。アハハ!

 俺はヒビだらけの女神像(大)にダブルピースをして女神様にこの惨状を伝えるべくアピールに勤しむ。しかしそんなもの見たくないとばかりに女神の首がボロリと取れて焦土の上に砕け落ちた。


 ふん、クソが。俺は砕けた女神像を見下ろして舌打ちをする。

 神の加護が聞いて呆れるぜ。教会の一軒も守れねぇヤツに人間が守れるかってんだ!



「あ、あの……そろそろ良いですか……?」



 おっと。作業着に身を包んだ勇者が腫れ物に触るような態度で俺に声を掛けてくる。

 俺は気を取り直し、神官スマイルを装備した。



「失礼しました。皆さんお集まりいただきありがとうございます。親方の指示に従って、安全第一で作業を進めてくださいね」



 「はぁ~い」というような気の抜けた返事をしながら、勇者たちが緩慢な動きで燃え落ちた教会の瓦礫の撤去に着手する。

 力仕事は勇者に任せるに限る。ヤツらだって教会がこんな状態では困るだろうしな。


 さて、瓦礫の撤去は任せるとして。



「何の用だよ。言っておくけど、俺は手伝わないぞ。忙しいんだ」



 不満顔のアルベリヒに俺は笑顔で近づく。

 この若手有望鍛冶職人は客でない人間に厳しい。

 だが、今日の俺はアルベリヒに厳しくされる心配はない。俺はアルベリヒくんの肩にポンと手を置く。



「アルベリヒ、貴方に頼みたい仕事があるのです」


「……俺、鍛冶屋だぞ?」



 未だアルベリヒは怪訝そうな顔だ。確かに本来、小さな教会に武器など不要だろう。

 しかしここはフェーゲフォイアー。人類と魔物との戦いの最前線である。



「教会を新たに建設するにあたって、張り巡らせた罠も一新しようと思いまして」


「えっ、教会に罠? 張ってるのか?」


「えっ? はい」


「こ、今回みたいに魔族を警戒してのことか?」



 何言ってんだお前。俺は首を傾げた。



「そんなので魔族殺せたら苦労しないですよ。罠は勇者対策です。とはいっても、ヤツらの生命力には目を見張るものがありますから。知ってます? アイツら剣山落とし穴に突き落としても血塗れになりながら這い上がってくるんですよ」


「突き落としたのか?」


「正当防衛です」



 アルベリヒは頭を抱え、痛みを我慢するように顔を歪める。



「ホントお前の教会行きたくないわ」



 悲しいかな、我が教会は一般市民の礼拝者数ゼロ人連続記録を更新し続けている……

 しかしこれは悪意ある勇者から教会を守り、祈りに適した治安の良い落ち着いた空間にするための手段なのだ。



「貴方にそれぞれの罠の刃部分を作っていただきたいんです。切れ味鋭く振り下ろすときに音が出ない鎌や、返しが付いていて刺さると抜けない剣とか、確実に一撃で勇者を戦闘不能にさせる罠が必要なんです。貴方の腕を見込んで頼んでいるんですよ」



 アルベリヒは俺の言葉にハッと顔を上げ、一瞬だけ逡巡するように視線を泳がせた後、パッと商売人の表情を顔に張り付けた。



「僕にお任せください! 勇者を一撃で仕留める罠に最適の刃を仕立てます」



 この若手有望鍛冶職人は金を落とす客には誠実で丁寧だ……

 軽い打ち合わせを済ませると、アルベリヒは足早に工房へ帰っていく。これで我が教会はより堅い守りを手に入れることになりそうだ。雨降って地固まるとはこのことである。ねぇ、マーガレットちゃん?

 俺はにっこり笑って小さくなっていくアルベリヒを見送った。



「神官さーん!! ちょっ、作業中になにイチャついてるんですか……」



 俺は薄汚れた作業着を纏った勇者を見下ろし、ゆっくり首を振る。



「イチャついているわけではありません。皆さんの作業を邪魔しないよう、体を張ってマーガレットちゃんの気を引いているのです」



 俺はマーガレットちゃんのツタの中で花粉塗れにされながら勇者たちにこの行為の正当性を説く。


 たまたまマーガレットちゃんの前を通ったら寂しがりの彼女にすかさず捕縛されたのだが、最近ツタで雁字搦めにされるのも慣れてきて楽な姿勢を取るコツを掴んできた。今や埃の舞う瓦礫撤去現場で突っ立っているよりマーガレットちゃんに持ち上げてもらった方が居心地が良いくらいである。

 しかし、どうやらトラブルのようだ。勇者は微妙な顔で俺を見上げながら、とにかく降りてこいと叫ぶ。

 渋々マーガレットちゃんのツタから抜け出した俺が向かったのは、勇者たちの集まった一角である。



「なんですか一体?」



 勇者たちがバッと振り向く。

 な、なんだ? ヤツらの視線に、どこか非難めいたものが混じっている。俺が何やったってんだ?



「神官さん、これ……」



 勇者の一人が恐る恐る指差したものを見て、俺はすべて理解した。

 死体。それも白骨死体である。瓦礫の奥の奥――床下に膝を抱えるようにして埋もれている骸骨。



「オーバーワークだったのは分かりますけど、死体を埋めるなんて」



 コイツら、俺が仕事放棄して死体を埋めたと思ってんのか!

 俺は自分の人望の無さに愕然とした。確かに色々文句は言ったし死体を埋めようと思ったことも一度や二度ではない。しかし俺は仕事には真面目に取り組んできた。

 だからこそ、俺は自分の無罪を晴らすことができる。

 俺は勇者共の前に出て丸まった白骨死体を抱き起こす。



「見なさい、骨が脆くなっているでしょう。ここ最近埋められたものではありません。それにこれ。骨が傷だらけです。あちこちヒビも入っている。刃物でつけられた傷ですね。それも刃渡りの違う数種類の刃物が使われています」


「刃物って、それじゃあ」



 俺は誰かの呟きに頷く。

 この白骨死体についている傷は、この辺の魔物の攻撃で負うような傷ではない。何百体もの魔物に殺された死体と人の手で殺された死体を蘇生させてきた俺には分かる。

 この死体は人の手で殺されて、蘇生もされずに埋められた者の末路である。



「なぁ神官さん。コイツ、蘇生できるの?」


「できます。勇者ですから。ですが……ここまで徹底的に隠されていたのには何らかの理由があるのかもしれません。例えばなんらかの罪を犯したとか、この街にとって危険な人物だったとか。だから敢えて蘇生させずに封印していたのかも」


「なんか記録は残ってないのかよ」



 俺は未だに片付かない瓦礫の山を見上げ、首を振る。



「日誌や記録の類は全て燃えてしまいましたから……で、どうします?」



 俺は勇者たちを見回し、尋ねる。

 ……そうだね。結果を分かっていて聞いたんだ。

 勇者は誰も返事をしなかった。ただ力なく視線を落とし、固く口をつぐんでいる。当然だ。この死体が危険な人間だった時のことを考えれば迂闊に蘇生させろだなんて言えない。そしてその可能性は十分すぎるほどある。

 だからと言って、自分たちと同じ勇者をそのまま捨て置けとも言いづらい。


 お前ら今こう思ってるんだろ?

 “こんなもん掘り起こさなきゃ良かった”ってな。


 良いぜ。今楽にしてやるよ。

 俺は神官スマイルを顔に張り付けた。



「仕方がありません。情報が無さ過ぎます。迂闊なことはできません。ここは」



 勇者たちが一斉に顔を上げる。俺をじっと見る。

 救いを求める目だ。俺はこの視線に応えねばならない。……神官だからな。

 俺は明るい声で言った。



「保留にしましょうか」



 勇者たちの顔がぱぁっと輝く。

 リスクを伴う決断を先送りにしたいというのは当然の欲求である。親知らずの抜歯、健康診断、庭の掃除……古今東西、人間は様々なことを先送りにしてきた。

 今すぐどうこうしなくたっていいじゃないか。いつか決断のタイミングが来るさ。それまでは、そうだな。



「ちょうどいい機会です。もう教会が破壊されたりしないよう祈りを込めて、この勇者には教会とこの街を守る礎となってもらいましょう」



 勇者たちに顔にパッと笑みが咲く。


 ははは。こらこら、ハシャいじゃって。それは深く掘りすぎだろ。あんまり深く埋めると掘り返せなくなるぞ。

 そうそう、床下くらいが良いよ。いざという瞬間が来た時、すぐに蘇生させられた方が良い。

 その瞬間が本当に来るかは分からないけど、それならそれで仕方がない。

 その時は、次にここへ送られた神官が決断を下せば良いだけだからね……?



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