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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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45、防衛戦




 この街における平和な日常というのは、砂上の城のようなもの。

 当たり前のような顔をしてそこにあるにも拘らず、崩れる時は一瞬である。



「もたもたしてんな! 武器を取ったらすぐに戻れ!」



 開け放った扉から戦禍の忍び寄る音が漏れ聞こえてくる。

 綿密な防災訓練のお陰か、住民たちのシェルターへの避難は完了したようだ。

 俺もあっち行きてぇな……


 だがそんな事も言ってはいられまい。

 懸念が現実のものとなった。

 “荒れ地”ことフランメ火山の魔物たちが軍勢となって攻めてきたのだ。


 もちろん勇者たちは総出で街の防衛に努めている。

 しかしやはり人間は弱い。牙も爪も持たず、固い鱗や毛皮の類も備えていない。

 だから女神は勇者に“蘇生”という加護を与えたのだろう。死ぬことを前提としているのだ。

 とはいえ、死とは人間にとってこれ以上ない恐怖……のはずなのだが……



「行くぞお前ら!! 魔物ぶっ殺すんだよ、なにノンビリ死んでんだコラァ!!」



 文字通りの仲間の死体蹴りをしながら、蘇生した勇者たちが次々教会を飛び出していく。

 なにハイになってんだ。死にすぎておかしくなったか。


 この街の勇者は死への恐怖が極端に薄い。他の街の勇者に比べても、きっと飛びぬけている。それが良い事なのか悪い事なのかの判断はしかねるが、少なくとも今回の防衛戦ではプラスに働いているようだ。

 だが……彼らの様子を見るに戦況は思わしくないらしい。



「あー! まどろっこしい!!」



 勇者たちの一人が我慢できないとばかりに声を上げて、俺をひょいと抱えあげる。



「えっ、ちょっ……」



 他の勇者たちもつられるように次々集まってくる。騎馬戦……いや、これはもはや神輿に近い。俺を担ぎ上げ、えっさえっさと運び出す。

 は? なんだ? やっぱ死にすぎておかしくなったのか?

 俺はとっさに手にした女神像(小)を抱え、勇者たちの上で震えることしかできない。


 俺を担ぎ上げた勇者たちは教会を出て、人気のない大通りを駆け抜け、そして安全な街を飛び出す。

 俺は神輿の上で愕然とした。



「なにしてるんですか!?」



 元より街の外は人間の領域ではない。ましてや今、外は文字通り戦場である。

 震え上がって抗議すると、土台になっている勇者から低く唸るような声が上がった。



「俺たちももうギリギリなのよ。ヤツらが街まで迫ってる。教会から前線までの距離すら惜しい」


「まさか私を戦場に……? 正気じゃありません。私が死んだら何もかも終わりですよ!」



 すると勇者たちは乾いた笑い声を上げる。



「街に攻め込まれたらどうせなにもかも終わりだ。心配すんな。いざとなったらアンタだけでもちゃんと逃がすよ。街で火にまかれるよりは生き延びられる確率も高いだろ」



 そ、そんなに俺たちの街は危機的状況に置かれているのか。

 俺は神官だ。戦場になど行ったことはない。街が襲われていると頭では分かっていたが、多分イマイチ実感がなかったんだ。


 炎を纏い煌々と燃え上がる魔物の大群を目にした時、俺は全身が粟立つような抗い難い恐怖に襲われた。

 体が震える。呼吸が乱れる。うまく頭が働かない。

 コイツら、こんなものと戦っていたのか。


 俺は激しい戦場から少し離れた森の中の朽ちかけた掘っ立て小屋に連れ込まれ、敷かれたゴザの上にゴロリと転がされる。



「ここが今から教会だ。死体の召喚しろ」



 こちらを見下ろしてサラリと無茶を言う勇者。

 俺は口には出さずにキレた。

 これだから考え無しの馬鹿はよぉ! ここが教会かどうかはお前が決めることじゃねぇ! ってか死体の召喚ってなんだよ、サモナーじゃねぇんだよ俺は。

 なんて喧嘩腰で言っても勝ち目はないので、俺は怒りを飲み込みながら頭に血がのぼったアホに懇切丁寧な説明をする。



「女神は気難しいんです。ここは今から教会です、はいそうですかとはならないんですよ。教会と認められるにはちゃんとした建物か、事前の申請が必要で」



 しかし勇者は苛立ちを隠そうともせず乱暴に立ち上がり、悪態をつく。



「なんだそりゃ、面倒くせぇな! じゃあいい、棺桶引いてるヤツら連れてくるから」


「ダメですって、教会の外では魔力の供給がないんです」



 蘇生には凄まじい魔力が必要だ。

 俺は山のような死体を蘇生させてきたが、別に無限の魔力を持っているわけじゃない。悲しいかな、その辺も女神頼りである。

 教会を連れ出された神官など、剣を失った剣士や魔力切れの魔法使いのようなもの。

 すると勇者はその辺にあった袋をひっくり返す。こぼれ落ちた大量のポーションがゴザの上に転がった。これは、魔力回復用の……



「じゃあ魔力切れるまで蘇生しろ。俺らもこと切れるまで戦ってんだからよ」



 勇者は吐き捨てるように言うと、剣を携えて小屋を飛び出していく。

 その背中を、俺は呆然と見送った。


 だめだ。手が震える。腰が立たない。

 あぁ……嫌だなぁ、死にたくないなぁ。

 そんな事をぼんやり思う。

 だがぼんやりしている暇はないようだ。それほど広くはない掘っ立て小屋に、ボロボロと死体が降って湧く。



「……はは、マジかよ」



 乾いた笑いが漏れる。

 どうやら女神様もやる気……いや殺る気らしい。

 持ってきた女神像(小)が微かに発光している。魔力が空間に満ちていくのを感じる。

 派手好きの女神様が、この投げやりなまでの掘っ立て小屋を教会と認めた。


 お膳立ては済み、退路は絶たれた。

 もはや何も考える必要はない。降り注ぐ勇者を蘇生し続けるマシーンとなるのだ。

 それが街を守る最善の手、そして俺が生き残る唯一の手段。

 いつしか手の震えは止まっていた。


 俺は死体の山を見上げて独りごちる。



「こんなとこで死んでたまるかよ……!」




******




 どのくらい経っただろう。

 どのくらいの勇者を蘇生しただろう。

 もう時間の感覚もよく分からない。

 勇者たちは疲弊している。俺だってそうだ。


 勇者たちの蘇生と死のサイクルが早まっている。蘇生にかかる時間も長くなってきた。

 死体が溜まってきた。強い奴を優先的に蘇生させているが……


 俺は手を動かしながらも、開け放たれた扉の向こうから前線を見下ろす。


 勇者を扇動しながら剣を振るう赤髪はアイギスか。

 魔物どもの懐に入り込み、舞うように戦っているのはルビベルだろう。

 あのレベルの勇者はさすがに強い。

 だが多勢に無勢とはこの事だ。魔物の数が多すぎる。

 戦況は未だ良くならない。徐々に悪くなってる。徐々に悪くなってるってことは、なにか変化がないと負けるってことだ。きっとあるときを境に一気に前線が崩れる。その瞬間は多分そう遠くない。


 何かないのか。戦線をひっくり返す手は。

 あの二人を超える戦力――マーガレットちゃんを前線に投入できれば、あるいは。


 ……いや、これはもうそういう問題じゃない。必要なのは数だ。圧倒的な一人の強者では、もうどうすることもできないのだろう。


 数だ。数が欲しい。

 早く蘇生させるんだ。一人でも多く、早く前線に送り届ける。早く……もっと早く……

 クソッ! 時間が欲しい!



「僕の力が必要かな?」



 疲労でモヤのかかった視界に浮かび上がる人影。

 掘っ立て小屋に相応しくない、身なりの良い男が朽ちかけた壁にもたれ掛かって腕を組んでいる。

 ハンバートだ。



「野暮用で王都に戻っていてね。間に合って良かった。こんな素晴らしいパーティーに参加できなかったら一生後悔するところだ」



 キッチリと整えられた髪を撫でつけながら、ハンバートは不遜な笑顔を浮かべた。

 舌なめずりなどしながら、眼下に広がる地獄のような業火でその目を赤く染める。



「興奮してきた」



 悲しいかな。

 この世界じゃ変態ほど有能だ……


 ハンバートが肉壁となって魔物どもの攻撃を引き受けたのか、教会に降り注ぐ死体の数が減った気がする。お陰で大きな戦力となりうるベテラン勇者の蘇生はだいたい済ませることができた。

 助かるためなら、俺は何にでも縋るぞ。藁にだって、変態にだって――



「ユリウス」



 後ろからふわりと、なにかが覆いかぶさる。抱きすくめるようにして、白く細い手が俺の手を握る。

 パステルカラーの髪が、俺の視界にチラつく。

 吐息を含んだ甘い囁きが、全身の毛を逆立たせる。



「死ぬときは……いっしょだから」



 ……良いさ。

 藁にだって、変態にだって、パステルイカれ女にだって縋ってやる。


 俺はリエールの腕の中でくるりと体を反転させ、弱気?になっているリエールの肩をガシッと掴んで揺さぶる。



「死にません! 誰も! 私が蘇生させます!」


「ユリウス……」



 パステルさんのパステルカラーの瞳が揺れる。

 体から力が抜けた。今だ!

 俺はヤツをクルリと反転させ、背中を押して掘っ立て小屋から追い出す。



「だから戦いなさい! 早く!! 行け!!!」


「……分かった」



 リエールは力強く頷く。

 刹那、掘っ立て小屋に奇跡が起こった。

 事切れ、息の根の止まった勇者たちがふらりと立ち上がったのだ。もちろんまだ蘇生は済ませていないはずなのに。



「なっ……」



 一体なにが起きているんだ。手を触れていないのに、勇者たちが起き上がった。

 開け放たれた扉から射し込む神々しいまでに激しい戦火が、後光のごとくリエールを照らす。

 その姿はまるで、戦場に降り立った女神のようで――



「この戦いが終わったら……ううん、なんでもない」



 振り返ったリエールが、どこか悲しげに目を細める。

 リエールが戦場へ戻っていく。

 蘇生の済んでいない黒焦げの死体たちを引き連れて。


 がらんと広くなった掘っ立て小屋を見回して、俺は呟いた。



「やっぱネクロマンサーじゃん……」




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