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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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28、星の行方




 視察に来て早々秘密警察にぶっ殺された哀れな勇者。

 もちろん蘇生させました。そりゃね、仕事だからね。感謝しろとは言わないよ。

 でもさ、この扱いはないんじゃない?



「尋問タイムだぁ……たっぷり話聞かせてもらうぜ、神官さん?」



 蘇生ほやほや勇者が繋げたばかりの首をさすりながら俺にガンをつけてくる。

 教会の椅子に半ば無理矢理座らされ、三人の勇者に囲まれて身動きが取れない。縛られてはいないが、いつ縄を出してきてもおかしくない雰囲気である。どうやら彼らが見に来たのはこの街でも愉快な勇者の皆さんでもなく、俺であるらしい。


 理由は簡単。俺が魔族に攫われて無事生還した初めての人間だからだそうだ。



「まぁ、そう肩ひじを張らず。リラックスして、我々の質問に答えてくれれば良いので」



 パーティのリーダーらしい糸目の勇者が俺に微笑みかける。

 一見丁寧だが、言葉の端々に有無を言わさぬ強制力を感じる。

 なんでこんな目に合わなきゃならんのだ。俺は被害者だぞ。まるで犯人の扱いじゃないか。俺が不満を唱えると、首繋げたて勇者ユライが凄む。



「そうだ、察しが良いじゃないか。魔物どもはなぜお前を生かしておいた? 答えは簡単だ、魔物どもはお前を生かしておくことで何らかのメリットを得ていた。つまり魔族側に加担したということだ。聞けば、この辺りで事件が頻発してるって話じゃねぇか。拷問魔が潜んでるとか。人体を組み立ててるあんたなら、息の根を止めず人体を破壊することだって訳ないよなぁ?」



 ふざけたことを……

 俺は怒りに拳を震わせた。

 俺が拷問魔だと? この俺が? 教会に山積みになっていた死体の山が鮮明に蘇る。悔しさに奥歯をギリギリと噛み締める。

 俺なら……俺ならもっと上手くやれるわ!!


 はっ。俺は我に返った。いやいや! 違う、そういう問題じゃねぇ。

 そもそも俺が生かされていたのはマーガレットちゃんに嫁入りさせられそうになっていたからだ。

 だが美少女ならともかく、大の男がそんな事バカ正直に言ったって絶対信じてくれないだろう。

 俺は真実を隠すことにした。



「確かに……傷つき、痛みに嘆く魔物たちに治療を施しました。職業柄、敵とはいえ苦しみ悶える者を放っておくことはできなかったのです。それが罪だというのなら、神の下すどんな罰でもお受けします……」



 そう言って俺はしおらしい表情を作る。

 くくく、どうだ勇者。これぞ模範的神官。お前らに俺を裁くことなどできまい。そんな権限はお前らにはないはずだ。

 そもそも神官が魔物に襲撃を受けるなんて前代未聞だ。神の力が疑われるような事件を、教会本部が大っぴらにするとは考え難い。

 さぁ答えは用意した。これを土産にさっさと本部へ帰れ。



「違う」



 なにっ。

 俺は顔を上げる。糸目の勇者、ルイが冷徹な瞳で俺を見下ろしている。



「魔物はそんな事で人間を匿ったりはしない。奴らは冷酷で合理的だ。魔族の命令の前では自分の命すら顧みない」



 くそっ、やはり糸目キャラには用心しておくべきだった。

 あの鋭い眼光……俺の反応を伺ってやがるな。俺は本心を弱々しい神官スマイルで覆い隠す。



「私は神官です。魔物の性質には明るくありません。奴らにはなにか企みがあったのかもしれない……が、その内容は私には分かりません」


「知らぬ存ぜぬじゃ通らねぇんだよ。なぁ神官さん」



 ユライが俺の胸ぐらを掴む。

 か弱い神職に随分と乱暴じゃないか。俺は首の切断ラインがあった場所をつうとなぞる。



「ひえっ……な、なにすんだ」


「勇者様が私の話を聞きたいと言うならいくらでも付き合いますがね、物事には順序ってものがあるんですよ」



 俺はユライに手を差し出す。



「蘇生費として金貨五枚、教会に寄付のご協力を」


「蘇生費? ああ、そういえばそんなのもあったな」



 元棺桶入り勇者は俺の言葉を鼻で笑い、シャツの破れた胸元を指さす。



「生憎、俺らにはコレがあるんでね」


「……えっ、乳首?」



 生憎、うちの教会には乳首見せると蘇生費タダなどという狂ったサービスは行っていないのだが。

 俺が首を傾げると、ユライは不快そうに顔を顰める。



「ああ? だからこれ……ああっ!?」



 ユライは自分の乳首をさするや否や、小さな悲鳴を上げる。



「ない、ない! 俺のバッジ!」



 みっともなく取り乱すユライに、ただでさえ機嫌のよくない女勇者ロージャが凍てつくような視線を向ける。



「呆れた、なくしたの?」


「な、なくしたんじゃねぇ! きっとあの頭おかしい女に取られたんだ」


「ふうん? 星持ちがその辺の勇者に負けて星を取られたってわけ? っていうかそんな目立つ場所につけてるから悪いのよ。あんたが絡まれなきゃ余計な時間取られずに済んだのに」



 見る者が見れば興奮しそうな女勇者の鋭い責め。すらりとした四肢に輝く褐色の肌。うんうん、良いですねぇ。尋問官ってのはこうでなきゃな。


 感心していると、ルイが俺に麻袋を投げてよこす。おっ、金貨じゃん。やっぱエリート勇者は金払い良いッスね。



「こんな事で時間を無駄にしたくない」


「こんな事……」



 ユライがしょんぼりと肩を落とす。

 この短い時間で力関係がハッキリと分かってしまった。悲しいね。

 ユライのことなど、もはやルイの眼中には無いようだ。



「神官さん、我々人類に必要なのは情報なんです。真正面から戦ったとて魔族には到底太刀打ちできない。少しでも良い、手掛かりが欲しい。魔族はあなたになにを要求したんです」



 チッ、こいつもしつけーな。何度も同じこと聞きやがって。

 だいたい、俺なんかよりお前らの方が情報持ってんだろ。俺なんて葡萄食ってゴロゴロしてたくらいで、シアンとはちょろっと喋ったくらいだしよ。



「……そもそも、あなたは本当に神官なんですか?」


「は?」



 なに言ってやがる、どっからどう見ても神官さんだろうが。

 だがルイは真剣に俺を疑っているようだ。蛇が獲物を見定めるように、俺のつま先から頭までを舐めるように見回す。



「本物はとうに殺されているのでは。ならば今ここにいる貴方は……」



 えっ……えっ?

 俺を魔物だと思ってんの? 何言ってんだよ、神聖さが体の端々から漏れ出てんだろうが。

 ルイが何か冷たいものを俺の頬に当てる。なんだ? 目だけをそれに向ける。ギラリと光る刃を視界の端に捉えた。



「貴方の体を流れる血の色は本当に赤色ですか?」



 ひえええっ……なんだよコイツぅ。勇者が神官に刃物向けるか普通?

 やべぇ、マーガレットちゃんと結婚させられそうになってたこと正直にゲロるか? いや、今そんなこと言ったら普通に殺されそうだ。どうする。どうしたら……


 いや、俺がどうこうする必要はなさそうだ。

 輝く白銀の背中、燃えるような赤い髪。もはや恐れなど無い。剣のような鋭い言葉をルイに浴びせる。



「ここは教会、勇者が神の加護を受ける神聖な場所。神の御前で神官に刃物を向けるとは、一体どういう了見だ」



 来てくれた。我らが死神騎士。アイギスさんが来てくれたぜ!

 もう安心だ。俺は椅子の上でふんぞり返って足を組んだ。

 三人のエリート勇者さんも突然の乱入者にぎょっと目を見開く。



「お、お前はさっきの……」


「頭おかしい女!」



 ルイとロージャがそれぞれの得物に手を掛ける。一方、ユライは首をさすりながら二人の後ろでそわそわしている。

 そうか、もう三人はアイギスと一戦交えていたんだったな。なら話が早ぇ。うちの騎士様の実力は見ただろう。星持ちだか葛餅だか知らねぇが、この街で活動したいならこの神官さんに相応の敬意をもって接してもらわねぇと。な?



「お……おい」



 あん?

 ユライがアイギスの胸に指を向ける。



「星、やっぱり俺の星取ったろ! 返せよ!」



 アイギスがハッとした表情で上体を捻り、甲冑に輝く満天の星を覆い隠す。

 ルイがもともと細い目をさらに細める。



「それ、お使いクエストのアイテムだろう。金剣星章のレプリカ。どこにでも収集癖のある人間というのはいるものだが、ここまでとはな。だが俺たちのは違う。レプリカじゃない。本物の金剣星章だ」



 おお……やっぱ超絶エリートだったか。

 金剣星章――多大な武勲を立てた勇者に与えられるありがたい勲章だ。っていうかどんなに大きな武勲を立てても勇者に与えられるのはちょっとした褒美とこの勲章くらい。騎士と違って土地が与えられたり爵位が与えられたりはしない。フリーランスみたいなもんだからね。

 勲章なんて腹の足しにはならんが、冒険に役立つ特典がないわけではない。勲章を提示すれば教会での解呪、毒の治療および蘇生にかかる費用が免除される……ほらな、やっぱり負担は下々の者が負うんだ!

 ああ、だからアイツ蘇生費を払うのを渋ったのか。クソッ、腹の立つ奴らめ。タダ働きはごめんだ。


 だが、やはり奴らにとってその勲章は教会フリーパス以上の価値を持っているらしい。



「そ、それはあんたが持ってたって仕方ないもんなんだよ。なぁ、返せよぉ……」



 アイギスに懇願するような視線を向けるユライ。

 アイギスも後ろめたい思いがあるのだろう。もじもじしながらチラチラとこちらを見てくる。なんだよ。



「だ、だめだ……まだ七百集めてない……」



 まだ言ってるぞこの人!

 こいつらの勲章などに興味はないしむしろ忌々しいとさえ思っているが、アイギスの星集めはそろそろやめさせたい。俺の仕事は増える一方だ。

 俺は改めてアイギスに言う。それはもう、噛んで含める様に丁寧にだ。



「アイギス、前にも話しましたがこの星と交換できるのは最高でもハイポーションまでです。なにやら巷で妙な噂が立っているようですが、百集めようが千集めようが貰えるのはハイポーションですよ。さぁ、それをすべてこちらへ」


「うう……でも、でもぉ……」


「こんなものがなくたって、あなたは自分の願いを自分で叶える力を持っているでしょう。だから、ね? もうおやめなさいこんなことは」



 アイギスは視線をあちこちに向ける。胸の中で激しい葛藤があったろう。共に勇者の首を取ってきた秘密警察たちの顔もちらついたのかもしれない。これまでの労力を考えれば、星を手放したくないのも分からないではない。

 だが、最終的にアイギスは俺の言葉に従った。



「良く決心しましたね」



 その赤い髪を撫でてやると、アイギスは大きく目を見開き、そしてくすぐったそうに目を細めた。

 俺も思わず笑みがこぼれる。

 クククッ……これでヤツらの大事な星は俺の手の中。

 さて、コイツをどうしてくれよう。タダで返してくれなんて、そんな甘い話ないよなぁ? こっちは魔物扱いされてんだ。このオトシマエ、どうつけてくれようか……


 ……ん?


 俺は手の中の星を見る。

 妙に軽い。いや、手の中の星のほとんどがレプリカなのだから元からそんなに重厚な造りにはなっていない。にしても。



「あっ!?」



 俺は思わず声を上げる。

 崩れていく。手の中で星が。ユライが悲鳴を上げた。



「星! 俺の星がぁ!!」


「いや、違います。これは偽物……」



 手の中に残った砂。どこかで見たことがある。

 はっ。俺は顔を上げる。

 いる。パステル色の絶望が、俺たちを見下ろして嘲笑している。



「その通りだよ」



 祭壇の上に立ったリエールがマントを翻す。その裏には輝く星がビッシリと。



「なっ……まさか、私の星をっ」


「今まで良く働いてくれたね。ご苦労様」



 リエールはパステルカラーの瞳を細めてにっこり笑う。

 そういえば、リエールがアイギスと星をめぐって争っていたのを見たな。あの後アイギスの甲冑に星が戻っていたからてっきり取り返せたものだと思っていたが、そうじゃなかったんだ。

 返した星はダミー……いいや、きっと精霊を混ぜていたんだ。新しく奪った星を、自動的に偽物とすり替えた上で主人の元へ転送する精霊。

 クソッ、なんて便利な能力なんだ。なんでもありかよ。



「なんなんだよ! なぁ、誰でも良いから俺の星返してくれよ。レプリカはどうでも良いから、俺の星だけでも……っ!」



 もはやなりふり構わずリエールに縋るユライ。だがリエールの眼はまるでゴミでも見るかのごとくだ。



「嫌だよ。まだ七百集めてないし」


「聞いてたろ、デマなんだよ! そんな話は!」



 あっ、ダメだ!

 だがもう遅い。リエールはため息交じりに天を仰ぐ。



「ふうん、やっぱそうなんだ。残念……じゃあこれは記念に持ってよっと」


「は……?」



 リエールはニッと笑う。



「だって私、ハイポーションなんていらないもの。ならこの星は私が記念に持っておくね。綺麗だし」



 ほら、言わんこっちゃない。

 リエールは馬鹿じゃない。価値あるものを当然タダで渡すはずない。そんな必死になって追い縋ってはリエールの思うつぼだ。

 俺を尋問しに来たという割に、交渉が下手だな。ユライは相変わらず下手を打ち続けている。



「わ、分かった。取引だ! 何が欲しい? 金か? いくらだ、言ってみろ」



 リエールはにまぁっと笑う。獲物が巣にかかった蜘蛛の笑みだ。

 嫌な予感がする。俺は咄嗟に女神像(大)の陰に隠れた。

 しかし女神像越しに鋭い視線を感じる。いやだなぁ……



「ユリウス」



 ひっ……

 俺は女神像からこっそり顔を覗かせる。

 うわぁ、見てる。こっちスゲー見てんじゃん。倣うようにエリート勇者三人も俺に視線を向ける。



「ユリウスが欲しい」



 俺は顔を引っ込めて女神像に隠れた。



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