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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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200、見せつけろ人類の叡智




 スーパーバケモノ大戦に勇者が参戦。

 数だけは無駄にいる勇者たちがなだれ込んだことにより戦場、および教会は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 教会に降り注ぐのは血の雨なんて生易しいモノじゃない。血の豪雨、スコール、驟雨、暴風雨……いやそんな例えはどうでも良い。

 俺は血を吸いまくり白い部分を探す方が難しくなった神官服を引きずるようにしながら蘇生を進めていく。やってもやってもキリがない。



「真正面から戦って勝てるわけないでしょう。もっと工夫して戦ってくださいよ!」


「真正面からだろうが背後からだろうが勝てる気がしません……いっそ戦いが全部終わったあとに蘇生させてくれません?」



 は?

 俺はペラペラと口ばかり動かす割に床に寝そべったまま動かない腑抜けた勇者の鳩尾を二、三度蹴り上げて教会から叩き出した。

 人間は学習するとか思ったけどあれ嘘だわ。コイツらなんにも学習してねぇ。あー勇者って愚か! 愚か愚か! マジで何回死んだら学習するの? 本当いい加減にしてくれ。


 俺は蘇生を進めつつ窓の外に目を向ける。

 激しい戦いで教会を囲む塀は完全に瓦礫と化し、その瓦礫すらあちこち吹っ飛んでもうほとんど残っていない。おかげでよーく見えるぜ。絶望の戦況がな。

 風の刃が空の魔族を取り囲むように渦を巻き、空に柱を作っている。まるで竜巻だ。

 これでは空の魔族に攻撃するどころか人間の力では近付くことすら厳しい。厳しいって一目で分かるのになぜかうかうか近付いていっては切り刻まれて肉片となり教会に降り注ぐ勇者たち。なに? なんでそんなことすんの? 俺への嫌がらせか?



「違います。敵の注意を逸らしているんです」



 おっと、死体しかいないと油断して声が漏れていたか。

 俺のぼやきに答えたのはさっき蘇生させたカタリナだ。お前なにこんなとこでサボってんだ。とっとと戦えよ。

 しかしなにやら策があっての事らしい。カタリナが杖を構える。



「この街で一番高威力の魔法が撃てるのは私です」


「まぁ威力だけ言えばそうですが……」


「分かってます。発動に時間がかかるし、落ち着いたところできちんと狙わないと当たらない。でも、今の状態なら」



 勇者を殺すのに夢中になっているせいか、空の魔族は先ほどからずっと同じ位置にとどまり続けている。良い的……と言うのは簡単だが、通常の弓などでは風の刃に阻まれて渦の中にいる魔族にまで届かない。しかしカタリナの魔法ならあるいは。そう、殺す必要はないのだ。ただ隙を作ってくれれば。



「……分かりました。私も全力で蘇生して勇者を戦場に送ります。人間の意地を見せつけてやりましょう」


「任せてください!」



 カタリナが金髪をなびかせながら裏庭に出る。胸に手を当て大きく息を吸い、いつになく真剣な表情で顔を上げた。

 掲げた杖に光が灯る。ロウソクの火程度だったそれはみるみるうちに辺りを白く塗りつぶすような強烈な光へと変わっていく。

 教会ここから戦場までそれなりに距離はある。風の刃による轟音、眼下に広がる鮮やかな血の赤に夢中になっている空の魔族がカタリナに気付く様子はない。

 しかし魔族の攻撃は広範囲に及び、狙った人間にだけ届くというものではない。風に巻き上げられた瓦礫が庭に降り注ぎ、カタリナの頭部を打ち付ける。カタリナの体がぐらりと揺れる。



「カタリナ!」



 思わず声を上げる。

 しかしカタリナは倒れなかった。ザッと足を開き、傾きかけた体を支える。頭から流れ出た血が金髪を赤く染めるが、それと引き換えに杖の光はますます輝きを増す。しかしホッとしている暇はなかった。瓦礫は庭をめがけて次々飛んでくる。今度の瓦礫は人一人を軽く押しつぶす程の大きさだ。しかしカタリナは動かない。いや、動けないのか。あれだけの魔法を使っているのだ。かなりの集中力を使っているはず。どうする。あんなものまともにぶつかれば即死だ。勇者はみんな空の魔族との戦いに出払っており、カタリナを守れる人間はいない。そう、“人間”は。

 素早く伸びたツタが降り注ぐ巨大な瓦礫を打ち砕いた。マーガレットちゃんだ。

 そうだった。今回戦っているのは人間だけじゃない。


 たくさんの準備時間をかけた。通常の冒険中ならこんなことをしているうちに魔物に首を掻き切られて死んでいることだろう。魔族を二体も味方につけ、大量の勇者たちが命をかけて空の魔族の“遊び”に付き合い、気を逸らしたからこそできる技だ。勇者の犠牲も、俺の蘇生も無駄なんかじゃなかった。たくさんの命と街の命運を乗せて今、カタリナの杖から渾身の一撃が放たれる。

 街を照らし出すような眩い光が空の魔族の作り出す強烈な風の渦に巻きあげられ、竜巻を派手に彩る。

 刹那、教会に血の雨が降り注いだ。

 カタリナの魔法が付与された空の魔族の竜巻はますます威力を増し、近くにいた勇者たちを皆殺しにしたのだ。



「神官さん」



 カタリナが悲惨な戦場に背を向け振り返る。

 頭を伝い顔に流れる血を拭いながら力なく笑い――そしてペコリと頭を下げた。



「ゴメンナサイ」



 ……肝心の空の魔族は? うーん、ノーダメージ。俺は床に広がる血の海にダイブして天を仰いだ。

 あ~! 終わった! 終わりだ終わり。終了~!

 勇者は無駄死にだし俺の蘇生も徒労じゃねぇか! はーやってらんねぇなマジで。

 っていうかあんなのありかよ。魔法すら通じねぇの? もうあの竜巻を突破するのは無理だ。どうすんだよ……どうすんだよこれ……俺はちらりと外を見る。

 カタリナの魔法はひとしきり勇者を蹂躙した挙げ句に消えて光を失い、代わりに巻き上げた血で赤く染まっている。

 俺は竜巻を血で彩るためにお前らを蘇生させてるわけじゃないんだが?


 ……いや、待てよ。赤い竜巻。

 俺は頭を回そうとしたが疲労で上手く頭が回らない。俺は回らない頭でぼんやり考える。

 そもそも竜巻をぶち抜いて中の魔族に攻撃を加えようと考えたのが間違いだったのかもしれない。真正面から戦ったって無駄だ。分かってたじゃないか。純粋な身体能力で人間は魔族に――いや、他の多くの生物に敵わない。戦略と道具で人は他の生物との戦いを制してきたのだ。

 なら、今回もその手を使うべきだ。


 俺は体を起こし立ち上がった。窓からカタリナをちょいちょいと手招きする。

 断頭台を登るような顔で教会に入ってきたカタリナに告げる。



「集めてほしいものがあります。市場へ行ってきてください」


「集める……? なんですか?」



 首を傾げるカタリナに俺は言い放った。



「とりあえず酒。できるだけ強いのを」


「ヤケにならないで下さいよ!」





*****





 勇者共が竜巻に突撃しては死に、蘇生されてはまた突撃して死んでいく。

 その手にはもはや武器すらなく。代わりに抱えているのは市場や店から拝借してきた酒瓶や樽である。



「とうとうヤケになったか!!」



 降り注ぐ瓦礫に穿たれ風通しの良くなった窓から怒声が聞こえてくる。

 リンだ。人間の奇行にご立腹の荒れ地の魔族様が肩をいからせて庭に入ってくる。塀とともに教会に張っていた結界も壊れたか。リンの歩みは止まらない。えっ、まさか教会に入ろうとしてる? ふざけんなまた燃えたらどうすんだ。俺は窓越しにリンにストップをかける。



「待ってください! これはっ、これは作戦で」


「なーにが作戦だ! 知ってんだぞ。酒は人から理性と思考を奪って心を麻痺させるって。負け戦だからって酒に逃げるな!」


「よく見てください。あれは飲むために運んできたのではありません」



 リンが目を凝らす。俺も同じく目を凝らす。



「飲んでるぞ」



 飲んでるな……

 まぁ勇者が我慢できず多少酒を消費する程度は想定の範囲内。作戦に支障はない。はず。


 カタリナが裏口から教会内に飛び込んでくる。



「い、言われた通りにやってきました。でも……本当に大丈夫なんでしょうか」



 大丈夫かだってぇ? この状況がもう大丈夫じゃないだろ。ならもう、大丈夫かどうかなんて考えていても仕方がない。やるしかない。思いついたこと、全部やるしかないんだ。

 勇者たちが放り込んだ、時には勇者もろとも吸い込まれたそれが風に巻き上げられて竜巻の中を漂っている。

 さて。俺はリンに向き直った。



「貴方には仕上げをお願いしたい」



 リンが怪訝な表情を浮かべる。

 リンは炎を纏い、それを自由に操ることができる。しかし人類だってはるか昔から火を操って来た。リンと違って自動的に発火させる能力なんて都合の良いものはない。毛皮も丈夫な鱗ももたず、少し炙られるだけですぐに火傷してしまう脆弱な皮膚を持ちながらも、人間は上手く火を利用してきた。

 頭を使った火の扱いならば俺たちの方が先輩だ。でもせっかく一緒に戦ってくれたんだ。花を持たせてやろうじゃないか。俺は天高く昇る竜巻を指差す。



「あれに向けて火を出してください」


「そんなことしたって――」


「早く!」



 納得いかないような表情をしながらも、リンは手に火球を作りヤケクソとばかりに放り投げる。

 火球が弧を描くようにして竜巻に吸い込まれていく。

 俺はそれを眺めながらポツリポツリと呟く。



「勇者たちに運ばせたのは街中の酒、そして油です。あの竜巻はそれらを大量に巻き込み、そして絶えず新鮮な空気を取り込み続けている」


「……なるほど?」



 リンが分かったフリをしながら頷いた。

 自由に火を操れるリンは知らない――いや、知る必要のない知識だ。

 しかし知恵を絞れば、人の力だけでも荒れ地の魔力に負けない火力を出すことができる。


 俺は堅牢な風の刃に守られた空の魔族を見上げる。

 そういえばお前、リンに放火をねだってたよな。くれてやるよ、とびきり激しいのを。


 火球が竜巻に吸い込まれた。通常なら風になんなく掻き消されてしまう小さな小さな火球。それは瞬く間に爆発的な勢いで巨大な竜巻に広がった。渦を巻く巨大な火炎。とぐろを巻いた赤い蛇がうねっているかのよう。

 巻き上げられ、竜巻の中を漂っていた酒と油に引火したのだ。カタリナの魔法と違い、絶えず供給される新鮮な空気により竜巻を彩る炎はすぐに消えることなく、むしろますます激しさを増している。

 空の魔族を守る堅牢な風の刃は、一瞬で空の魔族を拘束する火だるまの牢獄に姿を変えた。



「熱ッ!? あついあついあつい!?」



 ここまで大きくなった竜巻を一瞬で消すことは空の魔族にも難しいのだろうか。自分の作り出した牢獄から出られず、炎の渦の中から小規模な爆発音に交じって悲鳴が聞こえてくる。

 ふふふ……ふはははは!

 良いザマだぜェ! 焼き鳥が食いたくなってくるな!

 俺は赤々と燃え盛る炎の熱気を全身で感じながら両腕を広げる。ぐりんと首を曲げて振り向き、呆然とするカタリナに言い放つ。



「これが人類の叡智です」


「……街は燃えてるし勇者はどんどん死んでますがそれは大丈夫なんでしょうか」



 は?

 人類の発展と勝利に犠牲はつきものなんだが?


 ……いや、勝利と断じるのは早計だったかもしれない。

 空の魔族が急上昇し、燃え盛る竜巻の“上”からその姿を現した。羽毛が焦げて飛行が不安定になっている。あちこち酷い火傷だ。

 しかし致命傷には至らなかったどころか、ヤツを空から引きずり下ろすことすらできなかった。これだけの犠牲を払ったにもかかわらず。



「ズルい! こんなの前に戦ったときにはなかったじゃん!」



 とはいえかなりのダメージを与えたのは確からしい。普段から敵の攻撃の当たらないところから自分の安全を確保しつつ遠距離で攻撃する戦法を取っているのだろう。他者からの攻撃や痛みに慣れていない。打たれ弱いのだ。

 空の魔族の傷がみるみる修復していく。しかし折れた心はそう簡単には修復しない。

 顔をクシャクシャにして、子供のように泣き喚きながらリンを指差す。



「もうお前とは遊んでやんない! 二度とこんなとこ来ない! あとっ、えっと、えっと――」



 空の魔族が消えた。

 いや、翼を広げて急降下したのだ。ぐんぐん近付いてくる。マーガレットちゃんのツタを風の刃で切り裂き、リンの攻撃を躱しながら窓枠をぶち抜いて教会に飛び込んでくる。

 瞬間、体がふわりと浮いた。



「神官さん!?」



 手を伸ばすカタリナがはるか遠くに見える。

 と、飛んでる……?

 少し上から声がする。



「お前の大事な“ルイ”はもらってく!」



 首をひねって声の方を見上げる。

 大きな翼を広げ、俺の脇を抱えて飛ぶ空の魔族の泣き顔がよーく見えた。



「人違い人違い人違い人違い!!」



 俺の声は空に吸い込まれるようにして消えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば勇者達って死に放題なのに、某RPGのメ〇ンテみたいな生命力と引き換えの技とかは使えないのだろうか
[一言] マーガレットちゃん覚醒フラグ?
[一言] やった!また休暇が取れるよ神官さん!
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