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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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19、イノセンス感じて




 さて、いつまでもクヨクヨしててもダメですね。

 神官暇無し。今日も今日とて蘇生蘇生。

 大丈夫、俺はデキる神官だ。なに、前と変わらぬ日々に戻るだけ……と思っていたら前より酷かった。



「爪は剥がされて、指は切り落とされて、目はくりぬかれて、体中切り傷と火傷だらけで治すの本当に大変でしたよ」


「う……ううう」



 立派ななりをした勇者が、頭を抱えて情けなく震えるばかり。

 挙句の果てにこんなことを言い始めた。



「もう……勇者辞めます。くそっ、こんなとこ来るんじゃなかった!!」


「あっ、ちょっと!」



 男は奇声を上げながら逃げるように駆けだす。

 蘇生費も置いていかず。

 クソがっ、顔は覚えてっからな。


 まぁ勇者ってのは危険な仕事だ。死なないとはいえ過酷な冒険に耐えきれず辞めてしまう者も多く、入れ替わりの激しい職業である。

 嫌と言っている人間をむやみに引き留めることもあるまい。

 と、思ったものの事態はそう単純ではないようだ。


 “報復”――俺はアイギスの言葉を思い出した。





*****






「報復? いったい何が起きているのですか?」



 追い剥がれた神官服を回収し、オリヴィエの肉片を片付けながら尋ねる。

 アイギスはギリリと奥歯を噛み締め、視線を足元に落とす。



「拷問です。魔物が戦いに敗れた勇者を連れ去り、こと切れるまで痛めつける。ハロワ神殿は今や勇者からの転職志望者で溢れかえっています。このままでは我々の戦力が大幅に削れてしまう」


「報復……」


「ああっ、そんな顔をしないで下さい。神官さんが悪いのではありません」



 ううっ、その話すんなよ……せっかく忘れかけてたのにまた帰りたくなっちゃうだろ……



「と、とにかく! このような脅しに我々勇者は屈しません。必ず何らかの措置を講じます。神官さんはいつも通り蘇生と、そして勇者たちの心のケアをお願いします」



 簡単に言うけどよぉ。心の傷が回復魔法で治ったら俺だって苦労してねぇんだよぉ。

 俺は小さくなっていくアイギスの背中を見送りながら、祭壇の前の椅子に腰かける。シアンのとこのソファは俺を包み込むような柔らかさだったのに、ここの椅子ときたら反抗期の娘のごとき猛反発素材だ。

 あーあ、やる気が出ねぇなぁ……

 血塗れのカーペットを洗う気にもならん。



「わー! すごい! ここが教会?」



 微かに聞こえてくる甲高い歓声。

 ハッとして顔を上げると、正面から入ってきた少女と目が合う。

 ――いや、ただの少女じゃない。



「ルビベル! 勝手に入るなって。そこには邪悪な神官が……」


「神官に向かって邪悪とは失礼な人ですね。あなた地獄に落ちますよ」



 少女のあとに続くようにして教会に駆け込んできたグラムが俺を見て苦虫を噛み潰したような顔をする。



「くっ……復活したってのは本当だったか」


「色々あってすっかり忘れてましたが、あなたへのお仕置きがまだでしたね。ちょうど良い。アーティスティックな勇者の死体がわんさか送られてくるおかげで色んなお仕置きアイデアが浮かんでくるんです」


「拷問じゃねぇか!」


「……まぁそれはそうと。その娘はなんです」



 グラムは俺の視線を遮るように少女の前に立つ。



「お、俺の妹だ」


「あなた本当に馬鹿ですね。吐くにしてももっとマシな嘘があるでしょう」



 俺はため息を吐きながらグラムの背中からぴょこんと飛び出した耳を見る。

 頭頂部から突き出るようにして生えた、短い毛に覆われた耳。

 獣人だ。

 人里離れた森の中で暮らしている者が多いため俺たちが目にすることは稀だが、奴隷として連れてこられた者もいると聞く。

 俺も王都で金持ちっぽいおっさんがこれみよがしにはべらせていたのを何回か見たことがあった。

 獣人の奴隷は非常に高価だし、売買のルートだって限られている。グラムに買えるはずがないのだ。



「今すぐ神の前で懺悔なさい。どこかの貴族か大商人、あるいは奴隷商を殺しましたね?」


「ちっげーよ!! クソッ、そう言われると思ったから会わせたくなかったんだ」


「ごめんなさいお兄ちゃん、ルビベルが教会見たいって言ったから……」


「ああいや、お前のせいじゃないさ」



 ほう、奴隷の獣人幼女に“お兄ちゃん”と呼ばせているのか。見た目に似合わずなかなか罪深い性癖をお持ちのようだ。



「な、なんだその目は……ちょっとこっち来い。兄ちゃんは神官さんとお話があるから、ルビベルはその辺で遊んでなさい」


「なんなんですか? 子供に聞かせられない話ですか?」


「ちょっと黙れ」



 まったく、強引なヤツだ。

 だが俺を教会裏に呼び出したグラム先輩は、いつになく殊勝な態度だった。



「ルビベルは見ての通り獣人だ。多分どこかの奴隷商か、あるいは主人のとこから抜け出してきたんだと思う」


「思う、ですか?」


「別に誤魔化してるわけじゃない。俺も良く知らないんだ。ルビベルも話したがらないし、俺も無理矢理聞くつもりはない。辛い生活だったのは聞くまでもないからな。あの子が血塗れで森を彷徨っていたのを俺が保護した。それだけだ」


「それだけって。これからどうするんです? 獣人の里にでも返すんですか?」


「どうする……か」



 グラムが遠い目をする。



「それを俺も考えてるんだ。どうすればあの子が幸せになるのか。人間ならば孤児院に預けるという手もあるが、あの子は獣人だ。どうしたって差別は受けるだろう。かといって人の世で育った彼女が今更獣人の世界でやっていけるのか……」



 善人ぶりやがってぇ~

 どうせ幼女で油断を誘って俺を殺す気なんだろう。そうなんだろう。

 そうはいかないぞ。俺はローブに隠し持った女神像を右手に装備する。武器や防具は持ってるだけじゃ意味ないからな。ちゃんと装備しないとな。



「とりあえず、今はあの子が見たいというものを見せて回ってる。今日は教会を見てみたいというから連れてきたんだ。本当はもっと小綺麗な教会を見せてやりたかったんだが」



 グラムが不意に俺に背を向け、薄汚れたステンドグラスを見上げる。

 殺られる前に殺るしかない……殺るなら今だッ!

 俺は女神像を振り上げる。



「お兄ちゃあん!」



 やべっ。



「あっ、こらルビベル。来ちゃダメだろ」


「神官さん、なにやってるの?」



 こちらを見上げて首を傾げる幼女に、俺は女神像をローブの中に隠しながら神官スマイルを向ける。



「お祈りですよ。神官はいかなる時も祈りを忘れません」


「そうなんだ。じゃあルビベルも祈る!」



 幼女はそう言って両手を組み、目を閉じる。

 ああ……感じる……イノセンスを感じるよ……

 天から降りてきて時間が経っていないせいか、子供というのは時折驚くほどの神々しさを放つ。

 夢の中のロリよりよっぽど神に近いよ。うん。正直見習ってほしいね。


 俺は彼女を抱き上げた。



「な、なにしてんだ!」


「素行不良借金持ち勇者に子供を預けておけるはずないじゃないですか。何をするか分かったものじゃない。この子は教会本部に連れていきます」


「ルビベルを離せロリコン神官が!」


「ロリコンはお前だろ!」


「んん……んしょっ」



 俺の腕をすり抜け、幼女が地面へ降り立つ。

 そしてあろうことか罪深いチンピラ勇者の元へと駆け寄っていくではないか。



「私、お兄ちゃんと一緒にいるよ」


「ルビベル……」



 くっ、遅かったか。

 おそらく彼女はヤツからなんらかの洗脳を受けているのだ。そうでなくてはヤツの元へ行くはずがない。可哀想に……

 俺も教養のため洗脳の勉強くらいはしておこうかな。教養のためにね。



「そういう訳だ。俺らはもう行くぜ」


「待ちなさい。彼女がどう言おうと、そんな子供を戦いに連れていくなど危険すぎる」


「そんな事するわけないだろ。しばらく勇者業はお休みだ」


「神前で嘘を吐くのはやめなさい」


「嘘じゃねーよ! バカンスってやつだ。勇者にだって休みがあっても良いだろ」


「それは借金の無い人間のセリフです」



 勝ち目がないと悟ったか。グラムはルビベルを抱えて駆け出す。

 その後ろ姿は子をかばう父親のようで……と思ったがヤツの借金はあの子とは別に関係ないので次会ったらやっぱり殴ることにした。





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