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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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157、取り引き



 扉の隙間から声が漏れ聞こえる。



「概ね予定通りいったよ」



 聞き覚えのある男の声。機嫌が良さそうだが、どこか突き放すような冷酷な印象も受ける。



「トラブルがあったと聞きましたが」



 同じく聞き覚えのある声が応じる。そちらは幼い少年の声だ。あどけない声に似つかわしくない事務的な口調だった。

 男が軽い調子で答える。



「実験にトラブルはつきものだよ。むしろそちらの方が重要な発見であることすら珍しくない。データは問題なく取れたしね。君にとって重要なのはそこでしょ?」


「顧客もきっと喜びます」



 顧客……?

 俺はさらに扉に体を寄せ、二人の会話に耳をそばだてる。

 が、そんなことするまでもなく扉が開いた。俺が足を踏み入れるまでもなく部屋の中に引き込まれる。

 ボンデージから飛び出た触手に宙づりにされた俺をウサギ頭が見上げた。



「神官さんでしたか。すみません、潰してしまうところでした」



 危ねっ……潰されるところだった……

 領主の館の執務室。低いテーブルを挟み向き合うように座ったマッドとロンドが二人して笑顔をこちらに向ける。



「どうしたんですかユリウス神官。そんなところで」


「今ちょっと領主様と仕事の話をしていてね」



 仕事ね。

 潰されることなく無事地面に降ろされた俺は、二人の手元に広げられた書類に目をやる。

 そしてマッドに視線を移した。



「外で大暴れしているバケモノについて、なにか知っていますか」



 街中に突如現れた勇者を取り込むバケモノ。こんな辺境の地に街があるのだ。魔物が迷い込んでもおかしくはないが、それにしては妙に攻撃性が低い。勇者を食いはしたが建物や一般住民への被害はほぼなかった。

 そしてあの勇者を取り込む妙なスキル、自然界ではあまり見かけない個性的なフォルム。少し考えれば自然とこの男に辿り着く。

 マッドは拍子抜けするほどアッサリ口を割った。



「うん、俺が作ったよ。魔物って人を食べると強くなることは経験則的に知られてるけど、その仕組みまでは分かってない。今そのへんの事を調べててね。実験してたんだ」



 やっぱりコイツの作品かよ。また狂った人工生命体作りやがって……

 まぁここまでは予想通りだが、この件にロンドが絡むとは思ってなかった。

 ロンドに視線をやると、ヤツは人工甘味料じみたわざとらしい笑みを浮かべて言う。



「魔物の生態は未だ多くの謎に包まれています。魔物への有効な対抗手段を講じるにはその謎を解き明かすことが必要不可欠。得たデータは人類の宝です。独占するべきじゃない。しかし先生はお尋ね者の上、今は死んだことになっています。出処の不明瞭な研究データはグッと価値が低くなる……そこで僕が世界中の研究機関と先生とを繋ぐ架け橋になることにしたんです」



 あぁ、読めてきたぞ。

 つまりマッドの研究データをロンドの領主としての肩書やコネを使ってよそに売る。得た金で研究費やらなんやらの援助をする。手数料で街の財政も潤う。もしかすると今回の“実験”とやらもロンドとの協力があったのかもしれない。



「自分一人でどうにかしようとばかり思っていましたが……ユリウス神官が人に頼っても良いと教えてくれたから、先生に話を持ちかけることができたんです」



 おい、俺をサラッと巻き込むな。こんな最悪の大人に頼ると思わないだろ普通。

 とはいえ、どうやら本当に資金難からは脱却できたらしい。ロンドが懐からズッシリ重そうな麻袋を取り出しテーブルに置いた。



「遅れてすみませんでした。この前の賞金です。今後ともよろしくお願いしますね?」



 賞金……しかし提示されていた額より明らかに多い。口止め料か。

 俺はグッと拳を握り込み、唇を固く引き結んだ。

 人類の利益のためとはいえ、人の命を弄んでいいと思っているのか……!

 しかし金は金。金貨に罪などない。俺は麻袋を懐に入れた。

 さて、謎は解けたし金も貰った。俺は三人に軽く挨拶をし、足取り軽やかに館を後にする。


 いやぁ、懐が重い。筋肉痛になりそうだ。

 これなにに使おうかなぁ。纏まった金の使い道を考えるなんていつぶりだ? こうして買いたいものを思い浮かべながらあれこれ悩む時間が楽しいよね。

 ついでに寄った市場での買い出しもいつもより時間をかけてしまった。とはいえ、買い出しは昨日終えたばかりだ。アレコレ買って食材を腐らせても仕方がない。俺は馴染みの店で買ったぶどうジュースだけ抱えて教会へ戻る。

 もちろんいつもの普通のぶどうジュースではない。今朝ハーフェンから入荷したばかりだという珍しいぶどうジュースだ。おそらく輸入モノ。なんとなく小洒落たデザインのラベルに書かれているのは多分エルフ語だ。値段は厳ついけどな。普段なら見向きもしない額だが、今日の俺の懐は無敵。高級ぶどうジュース程度ではかすり傷すら負わない。

 なんだこの万能感は。やはり懐に余裕があると人間は強い。今の俺はいつになく強いぞ!!

 なんて思いながら教会の扉を開けた瞬間、一気に現実に引き戻された。


 視界が真っ赤に染まる。血の海に沈む、山になった肉片。

 バケモノに取り込まれたらしい勇者と、バケモノとの戦いで殺された勇者だ。

 そうだった。マッドの狂った実験の後始末が残されているのだった。金を貰ってしまったので文句も言えない。クソッ、テンション下がるな……




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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり面白い。 [一言] 神官さんじゃなくてまともな神官が赴任していたらこの街はもっと壊滅的な状況だったと思うとやはり神は凄いんだなぁって再評価。
[一言] 何だかんだ神官さんの生臭坊主っぷりが遺憾なく発揮されてる。 まあ、こんなイカレた街ならこれ位図太くないと生きていけないよね。
[良い点] ヤバい、今話はえらく綺麗に終わったと思ってしまった。 自分も随分毒されてきてるわ。
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