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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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154、遺産相続バトル



 宴の翌日。

 王都からやってきた騎士団に護衛され、姫とセシリア先生はフェーゲフォイアーを発った。


 色々あったし根本的な解決が全くなされていないが、まぁ姫が助かったのだからとりあえずは良しとしようじゃないか。

 ……いや、そういえば魔物とか全然関係ないところでぶっ殺された男がいたな。


 俺は教会に集まった連中を見回す。

 メルンとお供の白装束、エイダ、ハンバート、そしてジッパー。

 変なメンバーだな。どいつもこいつもしおらしい顔して長椅子に座ってやがる。しかもみんな喪服だ。ジッパーのウサギ頭すら黒い。死を悼むのにボンデージではマズイという判断か、黒い外套ですっぽり体を覆っている。



「……なんの集まりですか? 葬式の予定は入っていませんが」



 答えたのはメルンだ。



「先生のね、遺言状が出てきたの。見せてあげて」



 メルンに促されると、ジッパーが無言のまま懐から折りたたまれた紙を取り出した。

 遺言状――デカデカと書かれたそれを受け取る。

 マッドが書いたものか。用意周到なことだな。俺はそれを広げ、目を通す。非常にシンプルな内容だったが、俺はその文章を何度も読み返す羽目になった。



『研究所および全研究対象物をユリウス神官に譲るものとする。ただしユリウス神官が相続を放棄した場合には代わりの相続者を指名すること。ユリウス神官が相続を放棄し、さらに研究所を相続する人間がいなかった場合は、研究所の全研究を解き放つ』



 俺は顔を上げた。長椅子に座ったヤツらがみんなしてこちらを見上げていた。



「えっ……解き放つとは? まさかあの人工生命体もですか……? そ、そんな無茶なことしませんよねぇ?」


「遺言は絶対。そうでしょう?」



 エイダの言葉にジッパーが静かに頷く。

 この遺言を守らないと、地下で蠢く種々のバケモノ共が街に解き放たれるということか。脅迫じみてやがる。マッドらしいな。まぁ自分の研究を守りたいという気持ちは分からないではないが、納得できない点もある。俺は遺言状を畳みながら呟く。



「なんで私なんですか。そんな約束した覚えないんですけど」


「先生は神官さんと研究をやりたがっていたからね。それが叶わなくて、さぞ無念だろうけど……」



 ハンバートがそう言って大袈裟にため息をついた。そして力強い眼差しでこちらを見ながら己の胸に手を当てる。



「先生は死んだ……しかしあの素晴らしい研究をこのまま地面の下で腐らせるなんてとんでもない。意思を受け継ぐ者が必要だ。神官さんにその覚悟はあるかい?」


「あ、ないです」



 俺は即答した。冗談じゃねぇよ。あんなもん俺の手には余る。セシリア先生に処刑されるのもごめんだ。

 ここまではヤツらも想定していたのだろう。本題に入ろうとばかりに、ヤツらの姿勢がやや前傾になるのを感じる。

 ハンバートが敢えて感情を抑えたような、抑揚のない声で言う。



「じゃあ、誰を相続者に指名する?」



 あぁ、なるほど。

 このメンバーはマッドの研究所を狙っている連中ってわけか。

 メルンが手を上げ、発言の許可を求める。俺は発言を許可した。



「私たちが先生と共同研究をやってたのは知ってるでしょ?」



 俺は頷いた。

 集会所の連中がマッドと共同で地下監獄の囚人を相手に更生プログラムをやってたのは記憶に新しい。っていうかここに被験者いるし。

 メルンが脇に控えさせた白装束を両手で示しながら自信ありげに言う。



「人手もあるし、先生のやり方も近くで見てきた。私たちならうまくやれる」


「本当にそうかな?」


「……なに?」



 異を唱えたのはハンバートだ。メルンの鋭い視線をものともせずに口を開く。



「先生のやり方を見ていたと言っても、見るのと実際に研究をするのとじゃ全然違う。君たちは素人だ。それに、知っているかい? 実験に使うガラス管一つとっても職人が精密に作っている。ああ見えて高価なんだよ、実験器具は。試薬だって実験動物だって被検体だってタダじゃないんだ。それだけの資金と労力をかけて注いだ研究でも、いつも上手く行くわけじゃない。研究ってのは莫大な時間と労力と資金をベットするギャンブルなんだ。人手があるってだけじゃ全然ダメ。十分な資金、そして研究成果を売り込む商才がなきゃ」



 淀みなく喋りながらハンバートは長い脚を組んで胸に手を当てた。前傾になり、まるで大事な秘密を告白するように声を潜ませて言う。



「僕はどっちも持ってる」



 気取りやがって。コイツ本当腹立つな。しかし資金に関しては確かにハンバートの言う通りかもしれない。

 分が悪くなったと感じたか、すかさずメルンの脇に控えた白装束共が吐き捨てるように言う。



「なにを偉そうに。研究所の幼女化研究技術が欲しいだけだろう」


「お前みたいなヤツのせいで街の風紀が乱れるんだ」



 白装束の言葉にハンバートが不敵な笑みを浮かべた。しかし言い合いに発展するより早く、今まで沈黙を貫いていた三人目の候補者が声を上げる。



「くだらない。はぁ、ホントくだらない」



 エイダだ。頭の後ろで手を組み、足を投げ出すようにして天を仰ぐ。



「人手? 金? そんなものがなんだっていうの? そりゃあ、あるに越したことはないけど。でも実際に研究をやる人間がいなきゃどうしようもないでしょ。あなたたちにそれができるの? やる気があるの?」



 ただでさえ鋭い目つきが今日はなおのこと険しい。メルンとハンバートをジロリと睨みながら胸の前でグッと手を握る。



「私ならできる。やりたい研究もある。私ならあの施設を活用できる。これで私の研究が完成する……あとは……そう、素材さえあれば……」



 ん? お前なに持ってんだ。おっ、注射器じゃん。俺はエイダをビッと指差して言った。



「失格。つまみ出してください」


「なんでぇ!!」



 喚くエイダが白装束に連行されて教会を出ていく。

 よし、これで二択に絞れたな。


 さてどうするか。順当に考えるならハンバートなんだろうが、ロクな研究しないだろうしな。メルンの更生プログラム研究の方が役に立つだろうか。しかしあれもうまくいくかどうか。むしろ精神状態を悪化させる危険もあるしな……

 悩んでいると、窓が開いてエイダが飛び込んできた。チッ、白装束は何してやがる。ちゃんと捕まえとけよ。いや、コイツの脱走スキルが上がっているのか?

 エイダが受け身を取りながら床を転がり、シュタッと体勢を整えて顔を上げる。



「私! 私が研究所を貰う!」



 メルンが呆れたとばかりに首を振る。



「しつこいなぁ。パパに失格判定されたでしょ。せめてルールは守ってよ」


「だから! その“パパ”ってのなんなの!? やめてよ!」


「あなたに何の権限があってそんなこと言うの?」



 言い争う二人をハンバートが見ている。口を開かず、腕を組んでじいっと。

 視線に気付いたエイダがキレ散らかした。



「なに見てんだよ!」


「僕は悲しいんだ」



 エイダの剣幕に全く動じずにハンバートがなんか語り始めた。



「世界から争いを無くそうなんて無理な話だ。人類が発展していくためには共に手を取り合うことが必要だが、共に暮らしている限り人は争い続ける。僕らに必要なのは争いを無くすことじゃない。争いを受容する心。僕はこう考えてみたんだ。不毛な口論を繰り広げている君たちがもしも幼女だったなら。想像するだけで楽しくなってくるよ。きっと僕はこの諍いを笑顔で見ていられる。それこそ何時間でもね。この世界の人間全員が幼女なら……きっと世界はもっと優しくなる」



 ハンバートが不意に俺をみた。目を細め、悲しげに微笑む。



「神官さん。僕はね、そんな優しい世界を作りたいんだ。そのために先生の研究所を活用したいと思ってる」



 そんなディストピア嫌だ。

 やっぱメルンかな~。消去法で。

 いや、ちょっと待てよ。本当にこのメンバーの中から研究所の相続人を選んで良いのか?

 俺は沈黙を貫いているジッパーに視線をやった。そのウサギ頭から感情を推し量ることはできない。



「貴方は良いんですか? 大事な研究所でしょう。家でもある。それを他人に譲渡したりして」



 ジッパーが顔を上げた。つぶらな瞳がこちらを向く。

 ……ん? なんだろう。なんか違和感が。



「もう良い! 表に出て。戦って勝ったヤツが研究所をもらう。それで良いでしょ」



 エイダがそう吐き捨て、肩を怒らせながら裏口より庭へと出ていく。

 なにが良いんだよ。良いわけねぇだろ。なんだアイツ。裏口に鍵かけようぜ鍵。

 そのまま締め出してやろうと画策していたが、外から響いてきたエイダの悲鳴が裏口へ駆け寄ろうとする俺の脚を止めさせた。

 嫌な胸騒ぎがする。



「な、なにかありましたかね」


「放っといた方がいいよ。どうせ構ってほしさにまた大袈裟なこと――」



 メルンの言葉が不意に止んだ。

 俺は振り返り、肩越しにメルンを見る。彼女は口元を押さえ、ゆっくりと指さす。



「あ……パパ、あれ……」



 なんだ? メルンの指の先を辿るようにして窓を見る。

 俺は息を呑んだ。窓枠に切り取られた外の風景。その中に紛れ込んだ白い脚が強烈な違和感を放っていた。

 普段地面に接して日の目を見れない憂さを晴らすかのように、足の裏が天を向いている。まるで地面から脚が生えているみたいだ。あれはエイダか? 窓枠に切り取られて良く見えない。どんな体勢を取っているんだ? 地面に上半身が埋まっているのか?

 いや、どうやら違うっぽい。天に向かって突き出た脚がこちらへ近付いてくる。窓を突き破って教会に飛び込む。


 ガラスを撒き散らしながら乱入してきたのは完全にバケモノだった。いや、よくよく見れば見覚えがある。

 マッドがよく乗っていた触手馬だ。ずっと見ていると正気度の下がりそうな見た目をしている。前見た時もそうだったが、今はなおのこと酷い。なにせ触手馬からエイダの脚が突き出ているのだから。なんだアレ。どうなってんだ。なんで触手馬と融合してしまったんだ? あぁ、分かった。あれ生えてんじゃなくて現在進行形で食われてんのか。納得。

 俺は悲鳴を上げた。



「なんですかあれ! なんですかあれ! なんですかあれ! 肉食!?」



 興奮状態にある獣が全身の毛を逆立てるように、触手馬の触手が広がってうねうね蠢いている。

 俺はダッシュでジッパーの後ろに隠れた。コイツなら触手馬より強い……と踏んだのに、ジッパーは動こうとしない。


 そうこうしている間にも触手馬に立ち向かったメルンが死んだ。

 続いてハンバートのどてっぱらにも触手がぶち込まれる。ヤツは血反吐を吐きながら、なんとも言えない微妙な表情で首を傾げる。



「チェンジで」



 さすがに触手クリーチャーは守備範囲外だったか。

 自慢の超回復もクリーチャーの猛攻には歯が立たず、ハンバートも死んだ。

 二人殺し、一人食った触手馬がとうとうこちらを向く。おいおいおい、いよいよじゃねぇか。俺はジッパーに縋った。



「黙ってないでアレどうにかしてくださいよ!!」



 するとようやくジッパーがようやくその重い腰を上げた。ぬらりと立ち上がり、触手馬に掌を突き出すようにして言う。



「待て」



 たったそれだけで触手馬がピタリと止まった。先程まで触手を暴れ回らせていたのが嘘のように大人しい。

 俺はジッパーを見る。

 サイズ感、佇まい、気配、そして声。

 微かに感じていた違和感が、決定的なものに変わった。



「まさか」



 俺は黒いウサギ頭を両手で掴み、頭からスッポ抜く。

 中から現れたのはみっともなく現世に縋りついた亡霊のニヤケ面だった。

 ……地獄からも追放されたかマッド野郎。



「あれ? あんまり驚かないね」


「なんか……そんな気はしてました」



 ずっと違和感はあった。

 触手マフラーの位置を把握していたマッドがセシリア先生と鉢合わせするようなミスを犯したこと。

 セシリア先生は確かに神官離れした強さだったが、魔族の触手を持つジッパーが先生に歯が立たなかったことも引っ掛かっていた。


 しかしセシリア先生自身が処刑を完遂したと信じて疑わなかった。だから俺もマッドは死んだものと考えていたのだが。



「一体どんな手を使ったんですか」


「シェイプシフターの死骸だよ」



 マッドがサラリと答えたその名前に俺は思わず顔を顰める。

 俺に化けた魔物の死骸こと肌色のドロドロ。一度エイダの手に渡ったが、確かに今はマッドの研究所が所有していた。そういえば電気刺激で任意の姿に変えられるとか言ってたな……

 マッドが得意気に言う。



「電極でシェイプシフターの死骸を俺の形にして、逃走中入れ替わっておいたんだ。マネキンみたいなもので動かすことはできないけど、ジッパーが抱えて走ってればそれほど違和感はない。セシリア先生の処刑方法なら死体が消えるから証拠も残らない」



 あの死骸汎用性高ぇ~

 俺は現場で拾った白衣の切れ端を取り出す。この茶色い染み、シェイプシフターの残骸がこびりついていたか。

 マッドが教会の長椅子に腰かける。自作のクリーチャーとその犠牲者たちの死体を横目に、罪悪感を欠片も感じさせない爽やかな笑顔を浮かべる。



「セシリア先生が凄い人なのは認めるけど、俺の方が一枚上手だ。なんとも清々しい気分だよ。ようやく腐れ縁を切ることができた。ここまで長かったなぁ」



 ヘラヘラするマッドとは違い、助手の方は多少の申し訳なさを持っているようだった。恐らく本物であろうジッパーが裏口からこちらを覗いて恐る恐るという風に言う。



「すみません、ドクター。彼女が大きな声を上げたせいで馬が興奮してしまって。しばらく散歩にも出せていなかったものですから大暴れしてしまいました」


「いや、もう良いよ。ちょうど飽きてきたところだった」



 ……セシリア先生とのことはまぁ分かった。あえて死んだふりをすることでマッドにいろいろとメリットがあるのだろう。それは分かるが、今日のこの惨劇を起こす必要はあったのか? 誰が治すと思ってんだコレ。俺は我慢できず尋ねる。



「この茶番はなんだったんですか」


「みんなに死んだと思われる機会なんてそうないでしょ。どうせなら生きてるとき聞けなかった色んな話聞きたいじゃん? やっぱりここは良い街だよ。俺の研究を高く評価してくれる人間がこんなにいるんだから」



 お前の研究を高く評価してる人間がみんなお前のクリーチャーに殺されてんだけどそれは良いのか?

 俺の疑問をよそにマッドが続ける。



「先生を殺すだけなら簡単だしリスクも少なかったけど、そうするとますます騒ぎが大きくなって街にいられなくなるからね。それに、教え子として最後に先生に花を持たせてあげられた。セシリア先生も満足そうにしてたでしょ?」


「それはもう。見たことないくらいでしたよ」



 俺が認めると、マッドも満足そうに笑って消化不良の脚が突き出た触手馬を撫でた。そして自身の最高傑作兼助手のウサギ頭に視線を向ける。



「本当に俺は先生想いの立派な生徒だ。ねぇジッパー」


「ええドクター」




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― 新着の感想 ―
[一言] マッド復活で喜んでしまった 私の倫理観は一体どこに行ったんだろう
[一言] 死んでないとは思っていたけど、 いなくなると寂しいなと思っていたんだ おかえりなさい
[良い点] おかえりドクター [一言] こんなことで死ぬわけないよな そんな簡単に死ぬなら苦労しない
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