149、人工幼女隊
前回までのあらすじ:カジノでルビベルにボロ負けし、怪しい部屋に連行された勇者たち。白衣の男の施術を受け、目が覚めたら体が縮んだうえに大事なものを失っていた!
「でもこれで借金帳消しですって」
ちょっと見ないうちにだいぶ若返った上に性別まで変わっていた勇者どもが教会の椅子の上に寝そべってダラダラしている。
「貴方たちそれ……どんな気分なんですか……」
掛ける言葉に迷ったので思い切って聞いてみると、勇者共は気怠そうに寝返りを打ちながら口を開く。
「手術の影響で体があんまり動かないのが不便ですけど」
「まぁ身の回りの世話はメイドさんがやってくれるし」
「食事も貰えるし、働かなくていいし、なにしても許される気がする。無敵ボディを手に入れましたよ」
「あの人もどんな変態かと思ったけど、意外と紳士だよな。触ってきたりしないし。ロリコンの鑑だよ」
目を覚ませ……ロリコンに鑑なんてものはない……
いや、待て。そんなことより。俺は勇者共に詰め寄る。
「体動かないと困るじゃないですか。どうやって勇者続けていくんですか」
「ねぇ~……どうしようなぁ……」
「ちょっとちょっと! カジノの借金は帳消しかもしれませんが、教会の蘇生費の支払いはまだなんですよ!」
「そうそう。今日はその話をしに来たんですよ~俺たちこの体なんで支払い待ってくださ~い」
「は!?」
思わず素っ頓狂な声を上げると、人造幼女共が気怠そうに口を開く。
「どうしてもって言うならハンバートさんに言ってくださいよ~きっと払ってくれますよ~」
「俺たち可愛いからな~なんでも言うこと聞いてくれそ~」
クッソ、なんだこいつら。なんかムカつくな……
「君たちここにいたか」
ハンバートだ。こんなことされたのに意外と関係は良好らしい。勇者共が寝ころんだままではあるが、その小さな手を挙げて教会へ入ってくる変態に挨拶をする。
「お、ハンバートさん。ちーっす」
寝転んだ幼女たちにハンバートは優しい声をかける。
「ボディの調子は悪くなさそうだね?」
「そっすね~体ダルいですけど~」
「じゃあそろそろやろっか」
「なんスか~?」
ハンバートがカッと目を見開く。
「幼女訓練だよ……!」
手を叩いて軽快な音を鳴らし、ハンバートは勇者たちに指示を出す。
「みんな並んで!! ほら、ダラダラしない! 幼女はいつも機敏だ」
一応ハンバートの指示に従い緩慢な動きで体を起こした勇者たちだったが、やる気が急に沸くはずもない。
「訓練ってなんですか~? もう十分幼女じゃないですかぁ」
ハンバートは至って冷静な、しかし怒りの滲んだ視線を勇者に向けた。静かに言う。
「君たちの心は老化している」
……凄い言い草だな。
ポカンとした勇者共を見回し、ハンバートが続ける。
「見た目だけで幼女になれると思ったら大間違いだ。所作、喋り方、目の輝き……なにもかもが幼女からは程遠い。とはいえ、だ。僕はね、魂というのはある程度流動性のあるものだと思っている。注がれた水がその器によって形を変えるように、君たちの魂も幼女の形を取ることができるのではないか。僕はそれを確かめたい」
分かるような分からんような理論を振りかざしやがって……
まぁ、確かにこいつらのダラダラ感は幼女のそれとは程遠い。道のりは長いな。
ハンバートが改めて勇者たちに指示を出す。
「さぁこれからレッスンだ。休む暇はないぞ」
「ええ~?」
文句ばかり立派な勇者共に、ハンバートが凄む。
「グズるのは構わない……しかし幼女のグズり方をしてくれ」
「幼女のグズり方ってなんですか!?」
「頭で考えるんじゃない。幼女が頭で考えてグズっていると思うか? 感じるんだ、幼女を」
「幼女を感じるってなんですか~!?」
……マズイ、このままだとヤツらのペースに飲まれそうだ。
俺は勇気を出してハンバートの肩を叩く。
「あの、蘇生費……」
しかしハンバートは俺の手を振り払った。
「あとにしてくれ! まだ彼らは金を出せるレベルの幼女に達していない」
金を出せるレベルの幼女ってなんだよ……
*****
こうして幼女の形をした成人男性共が本物の幼女に近付くための幼女レッスンが始まった。
しかし幼女への道は俺の想像以上に辛く険しいものであるらしい。
「神官さぁん! 助けてぇ!」
おぼつかない足取りで教会へ飛び込んできた幼女モドキ共が俺に助けを求めてきた。
さらに幼女を追いかけてきた変態が派手な動きで教会の扉を開け放ち、こちらへ歩いてくる。
「ダメじゃないか……まだシチューを可愛く食べる訓練の途中だろう……? でもその途中で外へ飛び出していく感じは幼女っぽくて良いよ……」
「助けてえ!! 誘拐です!!」
あぁ、やはり見た目というのは大事だな。中身が成人男性のクズだと分かっていても少し心が痛む。
しかしここでレッスンをやめれば何もかもが中途半端になってしまう。俺は心を鬼にした。
「早く立派な幼女になって蘇生費返してくださいね」
「神官さーん!?」
ハンバートに抱えられ、エセ幼女が連行されていく。
「離せぇ! 俺はビール飲むまで帰らねぇ!!」
「ははは、ダメじゃないか幼女が酒なんか飲んだら。帰ったら乳酸菌飲料をあげようね」
「嫌だぁ!」
確かについ先日まで成人男性だった人間が幼女のフリをするのは大変だろう。
しかし人間やればできるものである。
数日後、街中ですれ違ったヤツらの姿は見違えるほど立派になっていた。
「神官さんコンニチハ!」
俺に気付いた偽幼女共が元気よく俺に挨拶をする。
「あっ……ハイ。こんにちは」
散歩の時間らしい。ハンバートに連れられた偽幼女たちがよちよち歩いている。
訓練の成果か。事情を知らない人間が見れば、ヤツらが成人男性だなんて考えもしないだろう。俺から見てもヤツらの姿は幼女そのもの――いや、所作は幼女だが目はしっかり死んでんな。
でもまぁ聞くだけ聞いてみよう。俺はハンバートにすすっと近付く。
「あの、蘇生費……」
しかし幼女ソムリエの目は厳しい。
「まだだ。まだだよ神官さん。彼女たちのポテンシャルはこんなものじゃないさ」
まだダメなのかよ……。
一体いつになったら俺は蘇生費を貰えるんだ。しかし後天的幼女になった今のコイツらに返済能力などないし、俺はハンバートのジャッジを待つしかない。
そうこうしていくうちにもハンバートが集団模造幼女を引き連れて歩いていく。
「さぁ行こうみんな。帰ったらかくれんぼの途中で寝ちゃう訓練だ」
「は~い」
……だが俺がなによりも嫌なのは、蘇生費返済の目処が立たないことではない。
俺から遠ざかり、小さくなっていく偽造幼女共の後ろ姿を眺めながら自分の胸に手を当てる。鉛を吸い込んだように肺が重い。
やはり見た目ってのは大事だな。力と知恵と経験に乏しい未成熟な個体が厳しい環境を生き抜くため、神は人の子にあの姿を与えたんだろう。つい手を差し伸べたくなってしまう。
見えない何かに後ろ髪引かれるのを振り切り、俺は教会へ戻る。
死んだ目をした幼女の姿に騙され、ヤツらを可哀想に思ってしまった自分がなによりも嫌だった。
*****
夜。教会を包む静寂を激しいノックの音が破った。
無視しようかとも思ったが、扉を蹴破らん勢いだ。
俺は渋々ながら扉を少しだけ開けて外の様子を見る。月明かりに照らされた白衣の男が薄っぺらい笑みを浮かべて立っていた。ヤツの後ろに控えていたウサギ頭が、申し訳なさそうに口を開く。
「夜分遅くにすみません神官さん。こちらにあの方たちは来ていないでしょうか」
「あの方……?」
俺が首を傾げると、マッドが困ったように肩を竦める。
「人工幼女隊だよ。集団脱走。おかげで俺まで探索に駆り出されてさぁ。いい迷惑だよね」
「うちには来ていませんよ」
「ん? ふうん」
マッドが背伸びをして、僅かに開いた扉の隙間から教会の中を窺う。俺の顔をじっと見て言った。
「いないんだね?」
「いませんよ」
マッドが軽薄な笑みを浮かべた。
「ユリウス君なら分かると思うけど、あの施術もの凄い無茶やってるんだよね。あれこれ切って削いで整えて、無理矢理あの形にしてる。だからさ、メンテナンスを欠かすと命が危ないんだ。鎮痛剤が切れただけでも凄い苦痛だと思うよ。まぁ俺は仕事でやっただけだからどうでも良いけど。見つけたら教えてね。じゃ」
言いたいことだけ言ってマッドが去っていく。
俺は静かに扉を閉め、中から鍵をかける。振り向いて言った。
「……これで良かったんですか」
暗闇の中で、小さな輪郭が微かに動く。
「あぁ……ありがとう……神官さん」
マッドの言っていたことは本当だろう。
雲の切れ間から射し込む月明かりが暗闇の中から幼女たちの輪郭を浮かび上がらせる。
どいつもこいつも酷い顔だ。真っ蒼じゃないか。ぜえぜえと肩で息をしながら、子供らしからぬ皮肉めいた笑みを浮かべる。
「悪くない気分だぜ。鎮痛剤ってのが抜けたおかげか。ものすごく頭がクリアだ」
強がりの言葉すら、次の瞬間には激しい咳き込みに掻き消える。口元を押さえた小さな手のひらが鮮やかな赤で染まった。
「へへっ……もう長くねぇみたいだけどな」
赤く染まった口元を歪ませて笑う。それがあまりに痛々しくて、俺は自分の選択に迷いを抱いた。
「無理しないでください。今治療をすればまだ間に合うかもしれません。やはりマッドを呼び戻して――」
「良いんだ。もう良いんだよ神官さん」
幼女共は俺の神官服の裾を小さな手で掴む。そして力なく笑い、俺の選択は間違っていないとでも言うようにこちらを見上げた。
「確かに幼女の姿は良いよ……訓練は大変だけど、みんなちやほやしてくれるし、なにもしなくても食事が出てくるし、温かいベッドでなんの心配もなく眠れる……」
「でも俺たちは成人男性なんだ……酒が飲みたいし、可愛い女の子侍らせたいし、カッコよく戦ってキャーキャー言われたい……幼女の体じゃできないことだ……」
俺は幼女の手を握った。それが偽物であると分かっていても信じ難いくらいに小さくて柔らかくて、そして冷たく震えている。
あまりに痛々しくて見ていられない。俺は幼女共から視線を逸らしながら言う。
「……後ろ二つは元の体でも難しいんじゃ」
「ゲホォ!!」
幼女共が盛大に血反吐を吐いたので、俺は慌てて口をつぐんだ。
「大丈夫ですか!?」
幼女共が小さな手で俺に縋りつく。振り解こうと思えば簡単にそうできるほどに弱弱しい。もちろんそんなことはできないが。
涙を溜めた大きな瞳に俺の顔が映り込む。絞り出した声は外を吹く風の音に掻き消されそうなほどにか細く、わずかに残った命を燃やしているようだった。
「こんなことなら……元の体の時にもっと頑張っときゃよかった……なぁ……」
大きな目から涙が零れ、血の気を失った頬を伝い俺の手を濡らす。それが彼の最後の言葉になった。
光を失った大きな目にはもう何も写らない。俺は手のひらで幼女の瞼を閉じさせる。その死に顔はまるで安らかに眠っているようで。しかしいくら揺すっても彼らが目を覚ますことはなかった。
*****
「いやぁ、やっぱ自分の体が一番だな!」
幼女の形をしたクズから成人男性の姿をしたクズに見事成長を果たしたクズ共が呑気な声を上げてやがる。
勇者ってのは死ねば大抵の事はどうにかなる。っていうか俺がどうにかした。マッドがあれこれ切って削いで整えて無理矢理幼女の姿にしていたのを俺が治して伸ばして整えて無理矢理元の姿に戻したのだ。めちゃめちゃ手間と時間がかかった。死にそう。しかしヤツらは無一文。俺が睡眠時間を削って行った労働は容赦なくツケにされ、今のところ何の対価も支払われていない。
俺は見えない力に引っ張られるように長椅子に倒れ込み、クズ共を見上げる。
「……ハンバートとの幼女契約はどうなったんですか」
「俺たちは男だ!! 幼女の真似なんかできるかよ!!」
あぁ……クビになったなこれ……
しかし悪い事ばかりではない。さすがに幼女の時は強く言いづらかったが、この姿なら容赦なく取り立てができる。中途半端な結末に終わったものの、ハンバートのところへの借金はチャラになっている。あとは馬車馬のように働いて俺へのツケを返すだけだ。
俺は女神像(小)を手に取り、気力を振り絞ってふらりと立ち上がった。
「で、いつ滞納している蘇生費をお支払いいただけるんでしょうか」
するとクズ共は威勢良く言い放つ。
「俺たちは幼女じゃねぇ。成人男性だぜ。金を稼ぐ手段ならあるさ!」
クズ共は固く握りしめた拳を突き上げ、雄々しい声を上げた。
「姫を救うぞ! 逆玉じゃい!!」
一周して元に戻った……





