127、ゲリラ戦勃発
ロンドの思惑はだいたい分かった。
視察か、あるいは若くして領主の座に就いた弟君の顔を見に来るのが目的かは分からないが、どうやら姫様がこの街に来るらしい。その下準備として、街の治安を乱す素行の悪い勇者を始めとした“姫様に見られるとまずい人間たち”をメルン率いる集会所の連中と共に牢にぶち込んで回っているのだ。
メルンの掲げていた“フェーゲフォイアーを平和な街にする”という目標とロンドの思惑が一致した形なのだろう。
「どう? 素敵な街になったでしょ?」
「ホントですね~」
静かになった街をメルンと並んで歩いていく。
ガラの悪い勇者が軒並み牢獄にぶち込まれているので非常に歩きやすくはなっている。その分まともな、あるいはまともじゃない部分を上手く隠した勇者は牢にぶち込まれた勇者の分まで外で魔物退治をさせられているため、街はまるでゴーストタウンのように閑散としていた。
客の勇者がいないからか。普通の住人の姿すらまばらだ。
「しかし、いつまでも勇者を牢に繋いでおくわけにはいかないでしょう? なにか策があるのですか」
こんな状態がいつまでも持つわけないし、こんな閑散とした街では姫だって怪訝に思うはずだ。
するとメルンは胸を張って言う。
「大丈夫! 今勇者たちの倫理観を矯正するための更生プログラムの研究をやってるの」
更生プログラムねぇ……大丈夫なのかそれ……
メルンが笑顔で続ける。
「先生にも協力してもらってるんだよ」
マッドが?
あっ、大丈夫じゃないなこれ。俺は確信した。
「でもまだゴミ掃除が完璧じゃないから、そっちも進めていかないと。パパが帰ってくる前に完璧にしたかったんだけどな~」
十分だと思うが、メルンからしてみればまだまだゴミがうろついているのか。だがこれ以上勇者の数が減るとマズいんじゃ。
背後からガサッと音が聞こえる。振り返ると、買い物袋を落とし呆然と立ち尽くしているエイダと目が合った。
「パ……パパ……?」
ヤベッ……
俺はバッと顔を前に向け、メルンの腕を掴む。
「ちょ、ちょっと集会所戻りましょう」
「どうしたのパパ。忘れ物?」
首を傾げるメルンを連れ、地面を蹴って逃げ出す。しかし回り込まれてしまった!
何て身体能力だ。俺たちの進行方向を塞いだエイダが凄まじい殺気を放ちながらゆっくり距離を詰めてくる。
「パパ? パパってなに……? 子持ち……いや、どう見ても年が合わない……どういうこと? 説明して」
俺は後退りしながら、半分命乞いみたいな気分で言葉を絞り出す。
「いや、パパというのは愛称みたいなもので」
「言い訳しないで」
コイツ……説明しろだの言い訳するなだの……
っていうか勢いに飲まれてなんか慌ててしまったが、よくよく考えたらエイダに俺とメルンの関係を説明する義理など無い。
俺はそそくさとメルンの後ろに隠れながらキッパリ言った。
「話すと長くなるし面倒なので話しません。他の勇者にでも聞いてください」
「私に話せない事なんだ……?」
エイダの足は止まらない。
「いくら払ってるの?」
「は?」
「いくら払って、こんな子供みたいな女の子侍らせてパパなんて呼ばせてるの!?」
ヤバい……マズい方向に勘違いをされた。これは選択をミスったか? しかし俺は諦めない。今からだって軌道修正できるんじゃないか。突き放すような言い方は良くなかったな。事実、俺にやましい事はないのだ。話せばきっと分かってくれる。
俺は信者に説教をするような、落ち着いた声でエイダに語りかける。
「良いですかエイダ。私は神に誓って貴方の思っているような公序良俗に反する行為は――」
「あの人の顔で! 私に言えないようなことしないでよ!」
これはダメだな。俺は諦めた。
「連れてけ」
メルンの冷徹な指示により、白装束の連中がどこからともなく集まってエイダを拘束する。
「離せええぇ!」
エイダが神輿のように担がれ、白装束の集団に連行されていく。
まーたアイツは優しいだけの肌色のドロドロを神格化してその幻影に縋っているのか。悲しい女だな。まぁメルンの更生プログラムとやらに期待しよう。
どこぞに連行されていくエイダを眺めながら、メルンが頬に手を当ててため息を吐く。
「普段は普通なのに条件が揃うとおかしくなる勇者も多いから掃除がなかなか進まないんだよね。まだゴミ集団の残党も駆除しきれていないし……」
なるほどね。メルンの苦労が垣間見えた気がする。
素直に連行される勇者の方が少ないくらいだろうからな。ほら、今も白装束の勇者がこめかみを射られて死んだ。
「敵襲! 敵襲!」
どこからか白装束の連中がわらわらと湧き出てきた。突然の攻撃に慌てふためく事もなく冷静に武器を抜いている。街中でこういった戦いが頻発しているのだろう。勇者じゃない住民も外出を控えるわけだ。
矢を構えた黒衣の秘密警察が、屋根の上にずらりと並んで白装束を睨みつける。黒いメガホンを口に当てて野太い声を上げた。
「即刻、我々の仲間を解放せよ!」
「出たな殺戮集団」
メルンが苦々しく呟く。
秘密警察は野太い声での仰々しい演説をやめない。
「我々は街の治安の維持に貢献してきた。牢獄に繋がれる謂れはない!」
「なに言ってるの? あなたたちが一番勇者を殺してるの! 誰よりも!」
正論だね。さて、どう返す?
屋根の上に並んだ秘密警察たちは握り込んだ拳を小刻みに震わせ、血の滲むような勢いで唇を噛み締めている。
やがて一人の秘密警察が震える声で叫んだ。
「治安の維持のための殺戮を働いただけでっ……我々は牢にブチ込まれなくてはならないのか!」
ダメだ……倫理観に致命的なズレがある。話し合いなど無駄。
双方ともにそれが分かったのだろう。いや、そんなことは最初から分かっていたのかもしれない。高いところから低いところへ水が落ちるように、ごく自然な流れで二つの集団は武力衝突を始めた。
人はどうして争うのか。外には打ち倒すべき敵が山ほどいるのに、どうして勇者同士で刃を向け合うのか。
秘密警察の一斉射撃により、白装束が赤く染まっていく。勇者の攻撃により倒れていく勇者が折り重なり山となる。
俺は悲しかった。休暇明け早々仕事が増えていくのが悲しかった。
しかし悲しんでばかりもいられない。
「ひえ~!」
降り注ぐ矢の雨が俺の足元にまで迫る。危ねえだろどこ狙ってんだヘタクソ!! ったく雑魚共が、せめて殺るなら密室で勝手に殺ってろ。これではいつ俺に流れ弾が当たるか分からん。
っていうか治安悪化してない? 街の外では魔物共が跋扈し、街の中ではゲリラ戦の勃発する超絶紛争地帯に姫を呼ぶ気か?
まぁ今は姫どころじゃない。
いのちだいじに。俺はメルンに縋った。
「に、逃げましょう! こんなとこにいたら命がいくつあっても足りませんよ」
「大丈夫だよ。あんなヤツらすぐやっつけるから」
メルンは跳ねるようにして俺の腕に抱きつき、親に甘える子供のような笑みを浮かべてこちらを見上げた。
「危ないから離れないでね」
俺はジッと目を凝らす。
微かに見えてきた。メルンの指から伸びる白銀の糸。繋がる先にいるのは白装束の勇者たちだ。
メルンの指の動きに合わせて糸で繋がれた勇者が弾かれたように動き出す。気持ちの悪い不自然な動きで建物を這い登り、秘密警察に接近する。
強いな。メルンの操作で白装束の連中の動きが格段に良くなった。繰り出す攻撃が人間業じゃない。事実、人間にできる動きを超えているらしい。「ブチッ」だの「バキッ」だの、筋繊維や関節の悲鳴がここにまで届いてる。
秘密警察が一網打尽にされるのが先か、メルンの操り人形が壊れるのが先か……良い勝負だな。
メルンの操り勇者の攻撃をギリギリで躱しながら、秘密警察が叫ぶ。
「アイギスさんを解放しろ!」
その言葉にハッとした。
街に戻ってきてから、まだ一度もアイギスに会っていない。まさか。俺はメルンに問いかける。
「メルン! アイギスは――」
言いかけた言葉を飲み込んだ。
メルン、お前……首どこにやったんだ?
いつのまにか人体の最も重要な部分である頭部をどこかに落っことしてしまったらしいメルンが俺の神官服に血を擦り付けるようにしながらズルリと崩れ落ちた。
「ひ……」
い、一体なにが起きている?
秘密警察の攻撃か? いや、違う。ヤツらにこんな芸当はできまい。
それに、メルンの首はどこに?
俺はあたりを見回しかけてバッと顔を伏せた。おぞましいものが視界の端にチラついたからだ。
血の気が引いていく。下がる血圧をなんとか上げようとしているのか、心音だけが耳障りなほどに大きく聞こえる。崩れ落ちたメルンの代わりになにかが俺の腕に絡みつく。
それでも俺は顔を上げることができなかった。その正体を確認するのが怖かったから。
しかしその行動を嘲笑うかのように、視界がパステルカラーに染まった。
「長旅だったね。ちょっと疲れちゃった」
リエールのハイライトに乏しいパステルカラーの眼球に映った俺は、自分では見たことがないくらい酷い顔をしていた。
たまらず目を逸らすと、今度はメルンと目が合った。あれ? なんで首を無くしたメルンと目が合うんだ? あぁ、なんだ。メルンの生首、お前が持ってたのか。
俺は天を仰いだ。
背筋を這いまわる悪寒。帰ってきたって感じがするな……





