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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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114、お友達作戦



 ドラゴンの尻尾で雑に殺されたエイダの死体は教会に転送され、残された血の染みだけが地面を伝って水路に流れ込んでいく。

 尻尾を血で汚したドラゴンはというと、ジェノスラに首元を掴まれて目を白黒させていた。偉そうに生贄を要求していたのが嘘みたいな情けなさにこちらまで胸が苦しくなる。

 ま、それはどうでも良い。こんなとこまでわざわざ足を運んだんだ。さっさと本題に入ろう。俺はジェノスラの頭頂部という安全地帯からドラゴンを見下ろして言う。



「貴方たち、一体どこから湖の魔族の死を聞きつけてきたんですか」



 洞窟に集まってきたのは言語を操る魔物ばかりだった。全体で見れば、言語を操ることができる魔物はそう多くないにもかかわらずだ。

 であれば、情報が言葉によって伝達されたと考えるのが自然だろう。情報を広めたのは一体誰か。答えてもらおう。



「いや……それは……」


「ジェノスラ」



 視線を泳がせるドラゴンの首をジェノスラがギチギチ締め上げる。



「殺しちゃダメです! 殺しちゃダメですよ!」



 ロンドが小さな手で俺の頬をベチベチ引っ叩く。

 おいおい、尋問中の対象を心配するような真似しちゃダメだろ。お前なんて殺したって別に良いんだぜ、というスタンスでいなきゃ意味がない。やっぱ子供だな。っていうか普通に痛いからやめろ。

 俺はロンドの手を掴み、呟く。



「大丈夫ですよ。まぁ見ててください」



 心配になる気も分からないではないが、ドラゴンがそう簡単に死ぬものか。人間のやわな肌とは違うのだ。

 ドラゴンは目を白黒させているが、それは身体的な苦しさというよりはジェノスラに対する恐怖という精神的なものから来る反応だろう。

 やがてドラゴンは鋭い牙のビッチリならんだ口を大きく開いた。しかし聞こえてくるのは蚊の鳴くような喘鳴ばかり。

 あれ? やっぱちょっと締めすぎたかな……ドラゴンがこの程度でへばるんじゃねぇよ……

 取り敢えずジェノスラに触手を緩めてもらう。ドラゴンは項垂れるように地面に頭をつけ、ゼェゼェと息をしながらボソボソと呟く。



「はぁ……はぁ……そうだよな、別に言ったって構わない。我は被害者だ。アイツが適当なこと言ったせいでこんな目に……」


「魔王の手の者ですか?」



 間髪入れず尋ねると、ドラゴンは俯いたままで微かに頷く。



「本当かどうか知らないが……そう言ってた」



 やはりそうか。

 俺は平静を装いながら、しかしやや前のめりになってさらに尋ねる。



「それ……犬みたいなヤツでした?」



 ようやく一番聞きたいことが聞けた。

 たったこれだけの質問をするまでに一体どれほどの手間と労力を掛けさせられたことか。その辺の勇者に聞いてきてもらえば済む話だと思っていたのに、なんで俺がダンジョンなんかに来る羽目になんだよ……

 だが感傷に浸る俺をよそに、ドラゴンは怪訝な表情を浮かべた。



「犬? いいや、違う。ヤツは滝から現れて――」



 それは一瞬のことで、俺の貧弱な動体視力では何が起きたのかを把握することは困難だった。

 だが何かとんでもないことが起きたのは確かだ。



「あ……?」



 腹に大穴を開けたドラゴンが、間の抜けた声を上げながら倒れた。



「伏せろッ!」



 肩車していたロンドを下ろし、背中を丸めて抱えこむ。俺にできたのはそれだけだった。水路から放たれた何かが目前に迫る。通常の人間の反応速度を超えた攻撃に身体を硬直させることしかできない俺にかわり、生え出たジェノスラの触手がそれを弾いた。

 しかしジェノスラですらその攻撃を完全に防ぐことは困難だったらしい。凄まじい音を立てて触手が吹っ飛び、全身に衝撃が走る。


 ……死んだか?

 恐る恐る目を開ける。視界に映るのは花畑ではなく、先程までと同じ殺風景な洞窟だ。腕も吹っ飛んでいない。指も揃ってる。ロンドは? ……見た感じ大丈夫そうだ。



「痛むところは?」



 ずぶ濡れになったロンドが捨て犬のような顔で首を振る。

 冷てぇ。服がずっしり重い。なにか液体を被ってしまったようだ。神官服の袖から滴る液体を見る。無色透明、無臭、粘り気もなくサラサラしている。特に刺激も感じない。水か?

 俺は顔を上げて水路に視線を向ける。側頭部からヒレの生えた水死体のような女が地に伏したドラゴンを恨めしそうに見ていた。



「これだから竜族は。裏切り者の蝙蝠野郎」



 聞き覚えのある声。思わず呟く。



「井戸魔人……!?」



 ヤツのねっとりとした視線がこちらへ向く。

 俺の呟きに対する返事だとばかりに、水路から飛び出た水の塊が俺たちを襲った。しかしジェノスラは一度受けた攻撃を食らうほど間抜けではない。触手を鞭のようにしならせ、打ち出される水球を続々と捌いていく。もはや水飛沫すら俺たちに届くことはなかった。

 それが不毛な行動だと気付いたのか、あるいは単に息切れを起こしたのか。井戸魔人の攻撃が止む。

 俺は叫んだ。



「ヤツを捕まえて下さい!」



 ジェノスラの触手が水路へと伸びる。

 しかしヤツのほうが行動が早かった。スッと水中に沈み、あとはもう、いくらジェノスラが底をさらっても出てくることはなかった。

 迂闊だった。俺は思わず唇を噛む。

 どうして思い至らなかった。犬が喋っているのを見た時もそばに水辺があった。喋っていたということは会話をする相手がいたということだ。水脈を自由に行き来できるのなら情報の伝達はお手の物だろう。ヤツもまた魔王の手の者だったということか。くそっ……やはりあの時、マーガレットちゃんに頼んで殺しておけば。



「ユリウス神官! ドラゴンが!」



 ロンドに言われ、俺は横たわったドラゴンに視線を向ける。すでに死んでいると思い込んでいたが、さすがの生命力だな。まだ微かに息がある。鮮度の良いうちにと思ったのだろうか。ジェノスラがゆっくりとドラゴンに触手を這わせている。



「ジェノスラ、食べるのは待ってください」



 懐からナイフを取り出し手の中で回す。



「せっかくなので鱗を剥がしてアルベリヒから皿を貰いましょう」



 俺を見上げるロンドの眼が大きく見開かれる。



「なに言ってるんですか!?」


「別にいらないっちゃいらないですけど、貰えるなら欲しくないですか。皿」


「皿なんかどうだって良いじゃないですか! ドラゴンはまだ生きています。魔法で治して下さい」


「嫌ですよ。なんで私がドラゴンの手当てなんてしなきゃならないんですか。主食が人間のデカいトカゲですよ」


「主食が人間のスライムに乗ってるくせに……」



 まぁね。俺はへらへらした。

 しびれを切らしたらしいロンドが俺の手を掻い潜り、ジェノスラのすべすべの身体を滑り降りてドラゴンに駆け寄っていく。

 そしてドラゴンの腹にあいた大穴に覆い被さった。止血のつもりか?



「危ないですよ。やめなさい。ドラゴンが気まぐれに寝返りを打っただけで死にますよ」



 しかしロンドは頑なだった。



「ドラゴンはっ……王族にとって特別な魔物なんです。その昔、僕のご先祖様はドラゴンに騎乗して魔王と共に戦ったと伝えられています。ドラゴンは説得すれば仲間にできるんです!」


「いやぁ、主食が人間のドラゴンは厳しいでしょう」


勇者エサの十人や二十人、ドラゴンの戦力に比べれば大したことないじゃありませんか!」



 思っててもそれ言う?

 ロンドが続ける。



「姉様は英雄譚が好きで、僕にも本を読んでくれました。ドラゴンが勇者と一緒に魔王を倒す物語です。姉様はいつかドラゴンに乗って空を飛んでみたいって……だから僕は姉様と一緒にこのドラゴンの背に乗って姉様に粉をかける不届き者の貴族の屋敷をブレスで焼きたいんです。お願いしますユリウス神官、僕らの夢を壊さないで!」



 そんな幼気な子供の皮を被って放火殺人の計画を持ちかけられても困る……

 俺が困っていると、ドラゴンがゆっくりと目を開け、息も絶え絶えに言う。



「貴様も見た通り、この洞窟に集った魔物は我以外みな死んだ。魔王の情報を握っているのは我だけだぞ……」



 俺は口をへの字に曲げた。




*****




 回復魔法は万能じゃない。あれだけの傷だ。手当したところで助かるかどうかは正直五分五分だと思ったが、さすがの生命力である。ドラゴンは一命を取り留めた。

 さて、世の中はギブアンドテイクだ。俺はドラゴンへの尋問を再開する。



「さぁ、約束通り知っていることをすべて吐いて下さい」



 ドラゴンはこの期に及んでたっぷり時間をかけてもったいぶった挙句、ゆっくり口を開いた。



「我らは皆アイツに唆されてこの場所に来た。ヤツがここいらに魔物を集めているのだ」


「はい」


「ん」



 ……は?

 なんだコイツ。「ん」じゃねぇんだよ。分かり切ったことドヤ顔で言いやがって。こっちから質問しないと喋らないタイプか?

 俺はイラつきを押さえながら先を促す。



「それで?」


「……他になにが聞きたい?」


「いや……ヤツらの根城……とか」


「知らん」


「知らないんですか? ヤツら、魔王城がどうこうとか……言ってましたけど……」


「あぁ、言っていたな。だがそのへんの事情は知らん。そもそも魔王なんて存在しているのか? 寝物語でしか聞いたことが無いぞ」



 オッケー、貴重な話どうもありがとうな。俺はドラゴンを親指でビッと指す。



「ジェノスラ、食べて良いですよ」


「ダメですー!」



 ロンドが俺の足に纏わりついてくる。

 そして縋るような視線をドラゴンに向けた。



「僕たち、もうお友達です。僕らの役に立ってくれますよね。ね?」



 しかしドラゴンは小さな領主様に無感情な金色の目を向け、彼の言葉をふんと鼻で笑う。



「人間如きが我の友達だと? 調子に乗るなよ小童ぁぁぁああああ!?」



 ドラゴンの巨体がビクンビクンと跳ね上がる。

 その様子を眺めながら、ロンドがきゃっきゃと声を上げた。



「すごいすごい! 成功しました!」



 ロンドが手に何か持っている。小さい箱みたいな……スイッチ? なんだそれ。

 ドラゴンも自分の身に何が起きたのか知りたいようだ。金色の目を見開いて言う。



「なっ、なにをした!?」



 ロンドはケロリとして答えた。



「体の中に電極を埋め込みました」



 あぁ……やっぱりそうか。マッドあたりにでも作らせたな。井戸魔人に穿たれた大穴に謎の金属が貼り付けられていたからおかしいと思ったんだ。摘出しようとするとロンドが「早く回復魔法をかけてください~! ドラゴンが死んじゃいます~」なんて言うから言われた通りにしたが、どうやらロンドのお友達作戦に加担してしまったらしい。不覚だった。

 ロンドは満面の笑みで、しかし有無を言わさぬ気迫をこめて言う。



「僕たち、お友達ですよね?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] お友だちの定義にいろいろあるの知ってた(笑)
[一言] ロンド君、たくましくなって…
[良い点] 「ロンドの野郎、こんなもの差し込んでやがった、我の体ん中にさ」
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