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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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106、生贄の要求




 ヤバい……相当に怒らせちゃってるな。教会に降り注ぐ勇者の死体を見るだけで魔物たちの憎しみが伝わってくる。死体の損傷が酷い。死体蹴りやめろや。


 街にまで侵攻されれば俺たち一般人の尊い命が犠牲になる可能性が高い。大規模作戦が発動し、フェーゲフォイアーのほとんどの勇者たちがルラック洞窟へ向かった。戦地へ向かったという事は死んで教会へ戻ってくる事と半ばセットである。

 俺はおめめグルグルさせながら洞窟での死と教会での蘇生というデス・スパイラルを回し続ける。


 とはいえ、死体の数だけで戦況は測れない。

 俺は蘇生したての勇者に現場の状況を尋ねる。すると勇者は再び戦場に戻るべく立ち上がりながら、こちらを振り向き親指を立てた。



「任せてくれよ神官さん。アイツらの腹、はち切れさせてやるからよ……!」



 フードファイトで勝とうとするな。


 戦況はいつも通り圧倒的劣勢なのだろう。しかし俺たちは負け戦に慣れすぎてる。死体の山が築かれてはいるが、防衛戦や先日の魔族戦に比べれば大したことないように思えてくる。降り注ぐ死体の数にあの時ほどの勢いはない。


 やがてにわかに降り注ぐ勇者が止まった。

 血と小さな肉片を残し誰もいなくなった教会で俺は一人佇む。

 向こうはどうなっている。決着が付いたのか。あるいは……?


 出ていくばかりだった教会の扉から、久しぶりに生きた人間が入ってきた。

 マッドとジッパーだ。いつか見た、ずっと視界に入れていると正気度の下がりそうな見た目をした触手馬に跨っている。

 ヤツの馬が気持ちの悪い動きで俺の目前にまで迫った。



「なにやってんのユリウス君、行くよ。まだ完全じゃないけど、仕方ない……!」



 行くとは……?

 答えを聞くより早く、俺の脇腹に触手が巻き付いた。





*****





 まぁ予感はしていたが、連れてこられたのは案の定ルラック洞窟だった。

 戦闘は行われていないが、勇者共は洞窟の入り口付近で固まったまま。まだ戦いに勝利したわけではないようだ。

 俺の到着に気付いた勇者の何人かが振り返ってニッと笑い親指を立てる。



「へへ……見てください。ヤツら満腹ですよ……!」



 敗北を誇るな。


 話を聞くに、食っても食っても減らない勇者にうんざりした魔物どもが洞窟の奥に籠城したせいで膠着状態に陥ったらしい。ヤツらを追って洞窟に入るとドラゴンのブレスで焼かれて近付けないというのだ。



「今別のルートでヤツらのところに行けないか探索を進めているところです」



 どうやらドラゴンが無事らしいことを聞くなり、マッドが安堵したように笑顔を見せる。



「良かった。まだ薬を試せそうだね」



 まだ言ってる。俺は首を横に振る。



「なに言ってるんですか。この状況じゃあ薬なんか投与できないでしょう」


「ドラゴンとはいえ、エネルギーは無限じゃないでしょ。勇者特攻させまくってガス切れ起こさせるしかないんじゃない?」



 ふざけんな。冗談じゃねぇぞ。誰が蘇生させると思ってんだ!

 しかし勇者たちは納得したようだ。



「そっかぁ」



 勇者たちがマッドの言葉に頷きながら麻痺毒を取り出しはじめた……

 おいおい、勘弁してくれ。お前らが死ななくても俺は死ぬんだよ! 過労死回避のため、俺は声を張り上げる。



「他に方法があるでしょう! 命を無駄にするようなことをしないでください」


「えっ、なんで?」



 なんで……?

 予想外の質問に思考が停止する……。常識の根幹を突く質問には案外咄嗟に答えられないものだ。

 俺がもにょもにょしていると、足元から場違いな子供の声が聞こえてきた。



「仲良くしてくれないか、お話してみましょう!」



 ロンドだ。

 コイツ命が惜しくないのか? 護衛の強面兄ちゃん軍団を引き連れているとはいえ、街の外……しかもこんな戦場にのこのこ来るなんて。

 その上、ヤツは俺の足元をすり抜けてドラゴンの潜んでいるデカい岩場の陰に駆け寄っていく。



「あっ、こら! 危ないからよしなさい!」



 俺の制止を無視し、ロンドが洞窟の奥のドラゴンに向けて可愛らしい声を上げた。



「ドラゴンさーん、ボクらとお友達になりましょうっ!」



 可愛らしい子供の申し出に、ドラゴン君は小さめの噴火と見紛うブレスで答えた。

 焦げた前髪を気にするロンドに洞窟の奥から恐ろしい声が降り注ぐ。



「友達? 笑わせる。非力な人間共が姑息な手で我らを封じおって……」



 怒ってるぞ……そりゃそうだよな。

 顔を覗かせたドラゴンの後ろから声が聞こえてくる。



「そうだそうだ!」


「食っちまえ食っちまえ!」



 チッ、外野ウゼェな。

 よく見えないので判然としないが、声と気配から奥にはドラゴン以外にも数体の魔物がいそうだ。魔物が洞窟の中で共闘しだしたというのはどうやら本当らしいな。

 言語を操れるほど知能の発達した魔物がこれほど集まるのは珍しい。これは厄介だ。

 井戸魔人が“魔物たちは憔悴しきっている”と言っていたが、まさかガセネタだったのか? クソッ、魔物の言うことなんか信用するもんじゃねぇ。


 ロンドが泣いている。さっきのブレスで火傷したのか? いや……涙が出ていない。嘘泣きだわあれ。



「ボクらがドラゴンさんに勝てるわけないじゃないですかぁ。街を守るためにはこうするしかなかったんですぅ。だからお詫びにこうやってたくさん生贄をお渡ししたんじゃないですかぁ」



 勇者たちをサラッと供物ってことにしやがった。

 しかしグルメのドラゴン君は我々の提供した食事に満足していただけなかったようだ。



「なにが生贄だ! 小汚い勇者ばかりじゃないか!」



 ドラゴンのあんまりな言葉に勇者たちがシュンとする。



「あんなにいっぱい食べたくせに……」



 漏れ聞こえてくる勇者の囁きを塗りつぶすようにドラゴンが声を張る。



「生娘だ。街で一番美しい生娘を差し出せ。さすれば貴様らの街を火の海にするまでしばし猶予をやろう」



 ロンドが難しい顔をして口元に手を当てる。

 ややあって答えた。



「“きむすめ”ってなんですかぁ?」


「お父さんに聞け!!」



 ドラゴンとの交渉を終えたロンドがてくてくとこちらへ歩いてくる。

 どうやら生贄を用意するために少し時間を貰えたらしい。戻ってきたロンドが俺にボソボソと耳打ちする。



「ユリウス神官、適当な女勇者を見繕ってもらえますか? こちらで純朴な生娘っぽくコーディネートするので」



 人身売買ブローカーに頼むような案件を神官に持ちかけるな。

 とはいえ……考えようによっては……

 俺はマッドに視線を移す。



「……例の薬物、投与経路は?」


「経口だよ。ほんとは静脈投与が確実だけど、あの鱗を注射針が通るとは思えないからね」



 ……ならイケるな。俺は辺りを見回す。

 カタリナ……ダメだな。清楚さが足りない。

 アイギス……もっとダメ。大人しく喰われるビジョンが一切浮かばない。

 メルン……悪くないけど、信者がくっついてきそうだ。

 リエール……ひいっ、こっち見てる。めっちゃ見てる。俺は慌てて目を逸らした。

 ロクなヤツがいないなこの街には!


 いや、待てよ。アイツ良いじゃん。俺はにっこり笑って手招きした。



「すみません、ちょっとこちらへ」


「ん? 僕ですか?」



 オリヴィエが自らを指さし、きょとんとした顔で首を傾げた。






*****





 白いワンピースに身を包んだ少女が鳶色の長い髪を揺らしながらドラゴンの潜む岩場へと歩いていく。

 口元は悲鳴を堪えるかのように一文字にきつく結ばれ、恐怖に引き攣った顔を見せまいとするかのように深く俯いている。

 ドラゴンは岩場の陰から注意深く顔を出し、切り裂いたような縦長の瞳孔を哀れな生贄に向け、カミソリに似た鋭利な歯の並んだ口を開く。



「ほう……ちゃんといるじゃないか。美味そうなのが」



 良かった~、ドラゴン君もご満悦だ。さっすが我が街きっての清楚系美少女オリヴィアちゃんだぜ。

 この期に及んで“なんで僕なんだ”とばかりに目で訴えてくるが、仕方ないだろ。この街の女勇者はヤベェやつばっかだからな。きちんと怯えた演技をしながら大人しく喰われる儚げ美少女などいない……

 やめろやめろ、口をもぐもぐさせるな。口内が薬物でパンパンなのがバレるだろうが。



「なんで口の中なの? ポケットで良くない?」



 マッドの疑問に俺はボソボソ答える。



「ワンピースにポケットなかったし……それにもし服剥いて喰う派だったらマズいじゃないですか」


「服剥いて喰う派なら男だってバレない?」


「挟めばバレませんよ」



 俺は拳を握って胸に当て、密かにオリヴィエにエールを送る。

 勇者が女装してバケモノを退治するのは英雄譚のお約束だ。男を見せろオリヴィエ。


 どうやらあのドラゴン、服は剥かずに喰う派だったらしい。ワイルドだね。

 オリヴィエの眼前にドラゴンの鋭い歯が迫る。死に慣れたオリヴィエもデカい生物にゆっくり食われるのは恐ろしいらしいな。あの体の震えはきっと演技じゃない。

 オリヴィエの体の震えが最高潮に達したその時、凄まじい地響きが洞窟の奥から響いた。



「な、なんですか? 崩落?」



 瓦礫を撤去したとは言っても、爆発で洞窟内はあちこち脆くなっているはずだ。

 ここも危ないかもしれない。逃げるか?



「ゲホッ……ゲホゲホッ!」



 むっ、オリヴィエが激しくむせながら地面に膝をついている。

 馬鹿お前、そんな事したら……

 案の定、口に含んでいた錠剤がボロボロと地面に吐き出される。あ~……

 ヤツは涙に滲んだ目をこちらに向ける。



「音っ……ビックリして……錠剤飲んじゃっ……」



 マジ?

 あぁ……マジだ……オリヴィエの瞳孔がガンガンに開いていく。結構な量飲んでしまったらしい。

 やがて恐怖に固まったオリヴィエの表情が湯でふやかしたように緩んでいく。焦点の定まらないトロンとした目を虚空に向け、ヘラリと笑いながら立ち上がった。



「わぁ……ピンクの象さん……」


「オリヴィエーッ!」



 無邪気な笑い声を発しながら、オリヴィエが洞窟の奥へ走り抜けていく。

 その異様な様子と吐き出した錠剤に、さすがのドラゴン君もなにか察したようだ。



「爆発の次は毒? どこまでも卑劣な種族だな、人間というのは!」



 んー、これは“詰み”かな……?

 密かに蘇生過労死を覚悟した時。



「アァーッ!」



 奥からオリヴィエの悲鳴が響く。食われたか、崩落した瓦礫に潰されたか。死因はいくらでも思い浮かぶが、魔物たちは一体何を思い浮かべたのだろう。

 岩の向こうから怯えた声が響く。



「おい……なんだよ今の。まさかアイツじゃ」


「んなわけないだろ! アイツは確かに奈落の底に突き落とした……はず……」


「じゃあ今の悲鳴なんだよ!」



 んん? 魔物どもが岩陰の向こうで小競り合いをしている。

 俺は井戸魔人の言葉を思い出していた。



『そりゃあもう、大変なことになってますよ。まさかあんな化け物がいるなんて……』

『あんなのが相手じゃとてもとても……ほかの魔物たちも憔悴しきっています』



 ……そういえばアイツは一度も化け物の名を口にしていなかった。俺は自分の持っている情報からそれがドラゴンだと思い込んでいたが、もしかして違うのか? ドラゴンもまた“憔悴しきっていた魔物”の一体でしかなかったとしたら?

 俺は身震いした。

 洞窟の奥に未知の魔物が……しかもドラゴンを怯えさせるほどのバケモノがいるとしたら……



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