101、拉致監禁洗脳事件の余波
「……うん、外科的手術の痕跡はないね」
眼にパステルスターを刻まれたロンド君の体をくまなく調べた結果、マッドはそう結論付けた。
マッドが言うなら間違いない。“外科的”な手術はされていないのだろう。しかしロンドがパステルイカれ女に何らかのイカれた処置をされたのは間違いない。
「洗脳の類か、あるいは怪しげな呪術か……なんなんでしょう」
「そうだねぇ、もう少し調べないとね。ジッパー」
そう言って差し出した手に、ジッパーは先端が二股になった金属製の器具を手渡す。フォークに似てるが、その割には先が丸い。なんだそれ。
マッドがロンドの瞼を指で広げ、もう片方の手に持った器具を近付けていく。なんだろう。なんか嫌な予感がする……
「ちょ、ちょっと待ってください。なにするんですか?」
マッドの手首を掴み、そう尋ねる。
するとマッドは少し驚いたような顔をして首を傾げる。
「なにって、眼球を摘出して調べるんだよ」
「ぬんっ!!」
マッドから器具を奪い、投げ捨てる。金属音を立てながら床に転がった器具を見て、マッドが悲しげな声を漏らした。
「あぁっ……」
「勇者ならともかく、普通の子供にそんなことしないでくださいよ! 元に戻らないでしょう!?」
「……俺は悔しいんだよ」
なんで悔しいと子供の眼球くりぬこうとするんだ?
その理由をマッドは珍しく強い口調で語りはじめた。
「あのネクロマンサーにはずっと邪魔されてきた。初めて会ったオークションの時だってそうだ! 今回なんて役立たず呼ばわりされてさ。俺はあの女に一矢報いたいんだッ!」
おー、キレてるキレてる。オークションの時もだったが、コイツも意外と幼稚なとこがあるよな。
マッドを落ち着かせるようにヤツの背中をさすりながら、ジッパーがウサギ頭を上げる。
「ドクターは神官さんのお役に立ちたいんです。悪気はないんですよ」
悪気無しに人の眼球エグる方が問題なんだよなぁ。
「先生はぁ、ホントに脳をイジって思想を変えることができるのぉ?」
自分の眼球をエグろうとしていた相手に、全く怯える様子もなく無邪気に話しかけるロンド。
リエールの渾身の作品となったロンドを直視したくないのだろうか。マッドは腕を組み、苦々しい顔でロンドから視線を逸らす。
「まぁ、研究段階だけどね」
その言葉に、ロンドの瞳の中のパステルスターが瞬く。
「へぇ、凄いね」
……お前、今なにを考えている?
マッドの謎技術をなにかに使うつもりじゃないだろうな? ……一体なにに?
や、やめろよ。俺を不安にさせるんじゃねぇよ……。
*****
パステルイカれ女がどうやったのか、ロンドの身になにが起こったかは結局解明できなかった。
だが「偏屈生意気少年」から「あざとい子役」への変身を、一部のマゾ露出狂以外にはおおむね好意的に受け止められたようだ。
これで男勇者も重税から解き放たれ、フェーゲフォイアーの経済も回り出すだろう。
「で、特に重税も掛けられていなかった貴方がどうして蘇生費の一つも払えないんです」
「ハイ……スミマセン……」
教会の床で正座したカタリナが肩を落として項垂れている。
「あの……次教会に来るときには必ず蘇生費持ってきますので。ツケも一気に払いますので……」
「それは前回も聞きました」
「ハイ……スミマセン……」
この死にたがり女は近頃蘇生費を滞納しまくっている。
日銭を稼ぐために冒険へ出ては死に、その遅れを取り戻すかのように高難易度のモンスターに挑んでは死に、装備や物資を十分に揃えることもできず冒険へ出ては死んでる。絵に描いたような悪循環だ。
「貴方一人で冒険出てるんですか? 他のパーティーメンバーはどうしたんです」
「リエールが最近忙しくて一緒に冒険に出てくれなくて、オリヴィエも三人揃うまでは冒険出ないって言うので一人で行ってました」
な、なるほど……俺は納得した。ここ数日、リエールがロンドの世話にかかりきりだったことは想像に難くない。
パステルイカれ女のロンド拉致監禁洗脳事件がこんなところにまで影響するとは……
まぁ洗脳も完了したことだしヤツが冒険に復帰するのもそう遠くないだろう。これ以上カタリナが一人で冒険したところで悪循環を回しまくって蘇生費のツケが膨らむばかりである。
「とにかく、今は一旦冒険をストップして装備と物資を整えて蘇生費のツケを清算しなさい。そんなんじゃ勝てるものにも勝てません」
「装備と物資を整えて蘇生費を返すにはお金が必要ですよね? お金を得るにはやっぱり冒険に出なきゃいけないじゃないですかぁ」
「勇者が副業しちゃダメなんて法はありませんよ。コツコツバイトしたら良いじゃないですか」
「えぇ? バイトぉ……?」
カタリナは露骨に顔を曇らせる。かと思うと急に元気な笑顔を浮かべて杖を振り上げた。
「私は杖さえあれば冒険に出られるので大丈夫ですっ!」
「その杖は本当に丈夫ですねぇ……」
持ち主がバッキバキに折られてもブッチブチに千切られても杖だけは一度も壊れていない。カタリナにも見習ってほしい頑丈さである。
攻撃は最大の防御とはよく言ったものだが、カタリナにそれが当てはまらないのは溜まりに溜まった蘇生費が証明している。
俺はヤツに詰め寄った。
「新領主様のご意向で、街のあちこちで公共事業が行われています。仕事は山とありますよ」
「公共事業って、色んなとこでやってる工事のことですか? 働いてるのおじさんばっかりだし、私にはちょっと……」
仕事選んでる場合かよ。
だがまぁ、確かに嫌がる仕事を無理にやらせても仕方がないか。別に仕事は土木工事だけではない。
「分かりました。仕方ないですね……ではフェーゲフォイアーの職をつかさどる人間を紹介しましょう」
「えっ、そんな人がいたんですか」
俺は笑顔で頷く。
そして俺たちは教会を出て宿屋の屋根裏部屋へと向かった――





