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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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100、性癖ねじ曲がり三銃士




 教会の地下室。

 肌に纏わりつくようなヒンヤリした湿気。窓はなく、蝋燭から少し目を逸らせばそこには吸い込まれそうな闇がどこまでも広がっている。

 気が狂いそうになるほどの静寂を打ち破るかのように、ロンドが声を上げる。



「な、なんのつもりだ。僕にこんなことしてただで済むと思ってるのか」



 口は達者だが、逆に言えばロンドが動かすことができるのは口だけである。椅子に縛り付けられた非力な子供にここから逃れる術はない。

 俺は蝋燭を持ったまま、ロンドをジッと見下ろす。俺の呼吸に合わせて炎が揺れ、地下室に浮かび上がった影法師が不気味に波打つ。



 姫と結婚できるほどの功績を上げられる勇者が現れるとしたらそれはきっとフェーゲフォイアーだろう。海のない国で鯨を狩れないのと同じだ。王都近郊に姫のハートを射止められるような強力な魔物はいない。

 だからこの街から勇者を追い出せば……とロンドが考えたことは容易に推測ができる。子供らしい浅慮な考えといわざるを得ない。


 俺たちが最前線で文字通り命を張っているからこそ、王都は安全なのだ。この街から勇者が消えれば人間が安全に活動できる領域が少なくなるだけの事。遠い辺境の地で積みあがった数えきれないほどの屍の上にお前の愛してやまない姫様の安寧な暮らしが成り立っているのだぞと声高に叫びたい。


 と、まぁ言いたい正論は山ほどあるがそれはとりあえず置いといて。俺は怯えるロンドの肩に手を置き、ずいっと顔を寄せた。



「男のメンヘラに需要はありません」


「……え?」



 聞こえなかったか? なら何度でも言おう。俺は先ほどよりもハッキリとした口調で言う。



「男のメンヘラに需要はありません」



 ぽかんとした表情のロンド。

 ややあって、ヤツは絞り出すように言う。



「需要ってなんだよ……女なら良いの?」



 俺は半ば反射的にロンドの胸ぐらを掴む。



「女のメンヘラの話はしないでください!」


「えぇ……」



 恐怖を振り払い気持ちを落ち着かせて、ようやく本題に入る。



「貴方はまだ若い。今からなら間に合います。いや、今でなくては間に合わない。その捻じ曲がった性癖を矯正するのは今しかないんです」


「勝手なこと言うな! 僕のなにが分かるっていうんだ」



 分かるんだな、これが。

 ロンドの絵に描いたようなベッタベタのメンヘラ部屋の事をフランツさんに尋ねると、彼は頭を抱えながら案外アッサリ色々な事を教えてくれた。

 フランツさん曰く、姉である姫の婚姻を邪魔しまくったことが遠因となりここへ島流しになったらしい。ハッキリ言って異常だ。姉弟愛の域を超えてる。まぁこの街で他人の異常性にケチをつけていたら口がいくつあっても足りないが、ロンドの場合は周りに及ぼす影響力が絶大だからな。取り敢えずスタンダードな説得に取り掛かる。



「貴方たち姉弟でしょう。よく自分とほぼ同じ顔をした人間を好きになれますね……ご存じかと思いますが、お姉さんとは結婚できないんですよ」


「いいや、そんなことはないね。仮に今そうだとしても法律は変えられる」


「そんなこと許したら家系図が収束しちゃいますよ」


「未来の事なんか知るか」



 ううん、やっぱ正面からねじ伏せようとしても無理だな。そもそも性癖というものは合理性や正論から最も遠い場所にある。

 最初から言葉による説得なんて生温い方法でロンドを真人間にできるとは思っていない。っていうか、そもそも本当は人の性癖に口なんか出したくないんだよ俺は。

 ロンドには自分で自分の愚かさに気付いてほしい。そのためのお膳立ては既にしてある。



「今日は貴方の将来の糧にしてもらうために、性癖ねじ曲がり三銃士を連れてきました」


「性癖ねじ曲がり三銃士?」



 合図を出すと、三人の男たちがぞろぞろ地下室へ入ってくる。

 俺は雁首揃えた精鋭たちを順に紹介していく。



「言わずと知れた性癖の闇鍋、ハンバート」


「また会えて嬉しいよ……」


「犯罪度ナンバーワン、暫定死刑囚マッド」


「え? マッドって俺? ユリウス君あだ名付けてくれたの? 嬉しいなぁ。でもなんでマッド?」


「突撃玉砕粘着系少年、オリヴィエ」


「変な二つ名付けるのやめてください」



 ヤツらをわざわざ連れてきた理由は一つ。変態共を客観的に見ることでロンドに自分の愚かさに気付いてほしい。つまり反面教師だな。悲しいかな、この街は見渡す限り反面教師だらけだ。地域ぐるみでの教育、イイよね。

 ロンドは性癖ねじ曲がり三銃士を見回し……そして部屋の隅にちょこんと立っているボンデージのウサギ頭に視線を留めた。



「そこの女が一番ヤバそうなんだけど」


「コラ、女性にヤバいとかいうものじゃありませんよ。彼女はマッドの付き添いで、私を除けばこの部屋で一番まともです。多分」



 こくりと頷くジッパー。会話を邪魔するまいと部屋の隅で気配を消そうとしているようだがウサギ頭が目立ちすぎるので全然気配を消せていない。

 俺の言葉に、オリヴィエが不服そうに声を上げた。



「いやいや、一番まともなのは僕ですよ。正直このラインナップに入れられてるの嫌なんですけど……ええと、とにかく領主様を説得すれば良いんでしたよね。あのね、貴方がお姉さんを好きなのは結構だけどお姉さんはどう思ってるんですか? 相手の気持ちを考えないと」



 おいおいおいおい。オリヴィエ君が真人間のフリして偉そうに説教なんぞ垂れてやがる。どの口が言うんだ。



「近親交配はあんまりオススメできないなぁ。王族が血に拘るのは分かるけど、遺伝病の発現リスクが高くなる。外から遺伝子を取り入れた方が良いんだよ」



 くっ、マッドまで……

 そういう真正面からの説教なんてお前らに求めてないんだよ。いつもの勢いはどうした。どうして分からない。俺が今欲しいのは反面教師なんだよ!



「そんな当たり前のこと言うためにここに連れてこられたのか僕は?」



 ほらぁ、ロンド君が退屈し始めてるよ。だいたい正論かますなら別の人間に頼むだろ普通。宿屋のババアとかよぉ。自分の役割を理解しろよな。

 ……ん? もしかしてコイツら自分だけはまともだと思っているのか? だから他人にはあんな偉そうに説教かましてんのか。笑っちゃうな。



「二人の言う通りだ。姉弟婚は文化的にも生物学的にも禁忌とされている。姉君の気持ちを考えていないのも問題だ」



 おいおいハンバート、お前までそんなぬるい説教するのか? ガッカリだよ。

 ハンバートが一歩、二歩とロンドの縛り付けられた椅子に歩み寄っていく。懐から使い込まれたナイフを出し、その柄をロンドに差し出した。



「だが、愛してしまったものは仕方がないね? 本気の若者を応援するのは大人の務めだ。でも無償でという訳にはいかない。いかなる物事にも代償は付き物だ。なに、大したことじゃない。この前のようなナイフ捌きを見せてくれるだけで良い――」


「ひっ」



 先日のことを思い出したか。ロンドの表情が恐怖に染め上げられる。

 俺は思わず手を叩いて声を上げ、ハンバートの上腕をバシバシ叩いた。



「それそれそれそれェ! それですよ、私が求めているのは!」


「えぇ……」



 オリヴィエが常識人ぶってドン引きなどして言う。



「性癖がどうこうとかは知りませんけど、一番性根が歪んでるのは神官様だと思います」



 んだとテメェ……闇深サイコ野郎のくせに……



「だいたい、この街の勇者が姫と結婚なんてありえないでしょう。姫が冗談で言っただけじゃないですか。あるいは領主様を諦めさせようとしたのかも」



 オリヴィエの言葉に、ロンドの表情が曇る。



「僕も最初はそう思っていた。でも……お告げがあったんだ。この街の誰かが姉様に求婚するお告げが」


「お告げ? お告げってなんですか。まさか夢の話とか言うんじゃないですよね?」



 するとロンドはふくれっ面で視線を足元に下ろす。

 急に子供っぽい事を言い出したのと、その内容の支離滅裂さに俺は思わず吹き出す。



「はは。一体誰ですかその恥知らずは。さすがにほとんど関わりもない姫様に唐突に求婚するアホはこの街にもいませんよ」



 これには性癖ねじ曲がり三銃士も苦笑いだ。



「そうですよ。そこまで酷い馬鹿はいませんって」


「どれだけ美しい幼女でもいきなり求婚まではしないな。いくらなんでも無礼だろう?」


「あはは」


「…………」



 ん? 気配を消していたジッパーが急にこちらを向いた。俺は振り返って背後を見るが特に変わったところはない。なんだよ。まぁ良い。



「っていうかそんなくだらないお告げとやらで税率千パーセントにしたんですか? 呆れて物も言えませんねぇ。今からでも撤回しませんか?」



 しかしロンドは頑なに首を縦に振ろうとしない。

 うーん、どうしたものかなぁ。

 マッドが思いついたように声を上げた。



「俺が処置ってあげようか?」


「…………処置るとは?」



 短い言葉に漂う不穏な雰囲気。

 マッドは頭を掻きながらヘラリと笑う。



「ユリウス君、オークションの時に脳をイジりたいって言ってたでしょ? だから俺も練習してたんだ」



 おい、誤解を招きかねないこと言うな。別に積極的にイジりたいわけじゃねぇよ。

 だが俺に言い訳の隙も与えず、マッドがジッパーを手招きして呼び寄せた。脇腹辺りのチャックを開けると、細い触手がしゅるしゅると這い出てくる。



「えっ、なにそれ。なに? どうするの? イジるってどういうこと?」



 当然の疑問を口に出すロンドに、マッドが心配しなくて良いとばかりに手を振りながら答える。



「大丈夫大丈夫、鼻腔から触手突っ込んでちょっとイジるだけだから。成功率も六割あるから安心してよ」



 全く安心できない成功率にロンドが体をよじらせ、顔をそむける。



「やっ、やめろ! やめて!」


「大丈夫、大丈夫。痛かったら左手上げてね」



 ちなみにロンドの左手は拘束されているので上げられない。

 マッドのヤツ、脅しで言ってるんだよな? いや、本気っぽい……触手がロンドの頭を固定して角度調節などやっている。



「ま、まぁそのへんで……」



 と、その時。

 ジッパーがピクリと体を震わせ、出入り口の戸を見る。

 ん? なんだ?

 触手がロンドの体を離れ、その先端を扉に向ける。マッドも首を傾げた。



「どうしたのジッパー?」


「……来ます」



 ジッパーの予言は数秒と経たず現実のものとなった。

 ロンドの屋敷前を根城としていたデモ隊こと、自殺芸という狂った文化を生み出しつつある変態共が地下室になだれ込んできたのである。

 何故ヤツらがここに! 先頭にいた男がロンドを見るや声を張り上げる。



「ロンドくーん! 助けに来たよ!」



 助けだと……!?

 なぜだ。なぜお前らがロンドを助ける。全く意味が分からない。お前らとロンドは敵対しているだろう。それとも、なにか思惑があるのか?

 ロンドも突然の出来事に目を白黒させている。

 と、とにかく相手は武器を持っている。俺は慌てて女神像(極小)を取り出し、ロンドを縛るロープを切る。

 勇者共と暫定死刑囚は放っておくとしても、いざとなればコイツを連れてヤツらから逃げなくては。



「ぐわーっ!」



 なんて心配する暇もなく暴徒どもはジッパーの触手の餌食となった。

 チッ、血塗れじゃねぇか。教会の地下室を汚しやがってクソ共が。結局なにしに来たんだお前ら?



「ロ、ロンド君……」



 触手ぶち込まれた腹から色んなもん露出させた露出狂が息も絶え絶えにロンドへ手を伸ばす。



「逃……げて……」



 なっ……

 こ、こいつら本当にロンドを助けるために来たのか? お前らは税金を搾り取ろうとする悪徳領主を憎み、ロンドの屋敷前の広場を血で染め上げたんじゃなかったのか。

 ロンドが目に涙を溜めながら、フラフラとハラワタ露出狂に近付いていく。



「ど、どうして……僕の為にそこまで……」



 すると露出狂は目を丸くし、そしてスッと細める。



「見てて……俺たちが死ぬとこ。それだけで……」



 そうか……理解はできなかったが、納得はできた。どうやら性癖は時に実利をも超えるらしい。

 露出狂の目から光が消える。その手がロンドの手をすり抜け、地面に力なく垂れる。

 ロンドがいくら声を掛けても、もう目を覚ますことはなかった……いや、目を覚ました。



「ッ!?」



 ハラワタをぶらぶらさせながら立ち上がる露出狂共。どういうことだ!? 完全に致命傷だ。この傷と出血量では生きていられないはず。いや、生きていない? まさか――

 マッドが声を上げる。



「ジッパー気を付けろ! ネクロマンシーだッ!」



 露出狂ゾンビ共の後ろの暗闇から、ぼんやりとパステルカラーが浮かび上がる。

 な、なぜアイツがここに。いや、というかアイツらはなぜここが分かったんだ。領主拉致ったなんてヤバいこと人に知れると不味いから秘密裏に事を進めたのに……!

 いや、大丈夫。こちらだって戦力は十分だ。俺は変態三銃士に指示を飛ばす。



「ジッパーはそのままゾンビ共を押しのけて退路の確保を。ハンバートはロンドを抱えて、オリヴィエは護衛をお願いします。一気に駆け抜けますよ」


「任せたまえ」



 意気揚々と頷くハンバートの口から血が噴き出す。



「……え?」



 ハンバートの白いシャツが真っ赤に染まっていく。腹から飛び出た刃からポタポタと鮮血が垂れ落ちる。

 頭が真っ白になる。どうしてお前が――オリヴィエ。



「すみません神官様。協力するのはここまでです」



 オリヴィエがニタリと笑う。クソッ、やられた!

 パステルの手先め……ヤツをここへ呼んだのはお前か!



「ふふ、オリヴィエってばこんなところで……まさか若い子に嫉妬し」



 オリヴィエのナイフがハンバートの喉を掻き切る。ハンバートはまだ口をパクパクさせていたが、聞こえるのは喉から漏れるヒューヒューという空気音と血の泡が弾ける音のみ。

 賢い選択だ。殺り慣れているだけあるな。



「触手はそれ以上出せないんですか!?」



 ゾンビ共が投げてくる飛び道具を細い触手で弾きながらジッパーが首を振る。



「すみません、これ以上出すと制御が甘くなります。この狭い部屋ではドクターや神官さんに接触する可能性もあり、危険です」



 くっ……やられた。

 ジッパーの触手を屍共の肉壁に封じられ、ハンバートはオリヴィエに封じられた。戦闘力を削ぎ落された俺に、もはや成す術などない。

 血の池を渡り、こちらへ歩み寄ってくるリエールを震えながら見上げるほかない。



「なにをしに来たネクロマンサー……!」



 噛みつくように言うマッド。しかしジッパーを封じられた彼に対抗する手立てはない。それが分かっているかのように、リエールはマッドを一瞥して余裕の笑みを浮かべる。



「貴方たちじゃユリウスの役には立てないよ。私なら完璧にできるのに、どうしてユリウスは私じゃなく役立たず(あなたたち)を頼るのかな……?」



 パステルイカれ女の瞳の中に小さい俺が映り込んでいる。パステルカラーに染められた俺が二人、怯えた顔をして縮こまっている……

 リエールが血塗れの地下室に似つかわしくない優しい笑みを浮かべる。怯えるロンドの手を掴んだ。



「さ、一緒にいこうね?」


「え? ……え?」



 困惑しながらこちらをチラチラ見てくるロンド。しかし俺はヤツと目を合わせることができない。

 すまない、俺はここまでだ。もうどうにもできない。本当にごめん。


 パステルイカれ女の魔の手によって意識を奪われ、連行されていくロンドを見送る。

 俺には彼がぬいぐるみにされないよう祈ることしかできない……





*****





 リエールに連れ去られて数日。

 結果的に言うとロンドは一応人の形を保っていた。いや、特に怪我もなさそうだし身なりも綺麗だしきちんと世話はされていたようだ。気になるとすれば。



「……その、目のヤツなんですか?」



 ロンドの瞳の中になにかある。星の形をしているように見えるが。ゴミ……にしては左右対称に入っている。

 よく見ようと顔を寄せるが、ロンドは目をぎゅっとつむって俺の診察を拒むように首を振る。



「大人しくして。ちょっと見せてください」


「ふえぇ、ボクは大丈夫だよぉ」


「いや、眼病はシャレになら――ん?」



 なんだ? 今誰が喋った?

 俺は辺りを見回す。それっぽい人はいない。ぐるりと視線を一周させ、ロンドに戻す。ロンドが目をパチクリと動かす。パステルカラーの星が瞳の中で瞬いている。



「どおしたのユリウス神官~?」



 ロンドだ……ロンドが喋ってる……人工甘味料を感じさせる甘ったるい声で……

 俺は両手でヤツの顔をガッと挟み、手術痕を探す。



「はわわわ! なにするのユリウス神官っ」


「こちらのセリフです。リエールになにされたんですか」



 特に開頭痕は見当たらない。いや、しかしこれはもう脳に器質的な変化があったとしか思えない。そういえばマッドは鼻腔から触手突っ込むって言ってたしな。絶対なんかイジったろこれ……



「私はなにもしてないよ」


「ひいっ……」



 ど、どこに隠れていやがった。どうしてお前はいつも背後に潜んでいるんだ。

 リエールが聖母のような微笑みを携えてロンドの肩を抱く。



「少しお話をしただけ。賢い子だから、すぐに私が教えたことを理解してくれたよ。ね?」


「うん!」



 ロンドがパステルスターの浮かんだ目をパチクリとさせる。

 どういうことだ。頭の整理が追い付かない。俺はなんとか声を絞り出す。



「ぜ、税は! 税はどうするんですか」



 するとロンドは人差し指を突き合わせてイジイジする。



「ふえぇ……もちろん勇者さんたちにゴメンナサイして撤回するよぉ。勇者さんたち、許してくれるかなぁ……?」


「もちろんだよ。こんなに可愛いロンドのお願いを聞かない人なんていないよ」



 言いながら、リエールがロンドの髪を撫でつける。俺を逃すまいとするかのように視線だけはこちらへ向き続けている……



「ひ、姫様は。貴方のお姉さんのことは良いんですか!?」



 ロンドの顔から笑顔が消えた。目の中のパステル星がギラリと瞬く。



「絶対に手に入れるよ。そのためなら何でもするし何にでも縋るし何でも利用するよ」



 精神状態が悪化してやがる……パステルになに吹き込まれたんだ……

 リエールが少し首を傾げ、ロンドの耳元に口を寄せる。



「ロンド、笑顔は?」


「いっけなーい!」



 ロンドが自分の頭をコツンと叩く。

 この感じ……演じてやがる。大人の欲しがる子供像を作り上げてやがる。

 だがこのやり方は悪くない。非力な子供がイキッたところでなんの得もない。反感を買うだけなのだ。ならばいっそ子供としての可愛さを押し出した方が賢い。

 俺は聡明な領主の誕生を喜ぶべきなのか。それともパステルカラーに染め上げられたバケモノの誕生を悲しむべきなのか……


 リエールが俺の腕に絡みつき、耳元に唇を寄せる。



「私、子育てにも自信あるよ?」



 “子育て”だと? 違うね。これは洗脳かあるいは調教だ……




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