第32話 魔物も人間も色々いる
ボウガの背後から金色の光が射し、真横を猛スピードで飛んでいく。
ガシャアアアンッ!!
光は魔物の頭部にクリーンヒットして、大きな音を立てて兜が地面に落ちた。
「あっ……」
兜を失った鎧の魔物を見て、ボウガは小さく声をあげた。
すっかり夜になった景色の中、鎧の首から中身が真っ暗な“空洞”だったからだ。ボウガが思っていた通り、中身が無い……いや、有るかもしれないが見えない。
――――鎧が勝手に動いてた……?
まるで『幽霊』だ。しかし、世界において『魔物』というのはれっきとした『動物』である。
必ず、身体を持って生きているのが普通で、それはボウガも無意識のうちに理解していたことだ。
「それは魔法で造られた『デュラハン』です! 鎧の中心部を貫いてください!!」
後方から聞こえた声に振り向くも、暗い街道では人も馬車もシルエットしかわからない。
たった今、デュラハンの兜を弾き飛ばした光は馬車のある方から来ていたが、その光源らしきものはどこにも無いように思えた。
――――さっきの光は魔法……?
すぐに前を向きデュラハンを見ると、兜が取れたことに動揺したようにその場でオロオロと足踏みをしていた。
――――今なら攻撃できるけど……
絶好の機会だが、ボウガの持っている武器では巨体の表面に刺さるだけ。
「オレの剣とダガーじゃ“中心”には届かない……」
そう呟いた時、
「おい、ちょっとこれ貸せ!」
「わっ! な、何を……!?」
「ボウガ!! コレ使え!!」
小競り合いのような声が聞こえて、足元に長柄の槍がガランッと乱暴に転がってきた。この槍は馬車を守っていた兵士のものだ。
バグナが兵士に借りて(?)投げて寄越したらしい。
「これなら……」
拾いあげて槍の先をデュラハンに向ける。
「……せぇええのっ!!」
柄の真ん中を握り締め、叫んで踏み出すと同時に思いっきりデュラハンへと投げつけた。
ガチィインッ!!
槍が鎧のみぞおち部分に突き刺さり、完全に中心を捉えて背中まで貫通させる。
『ぐぁ…………』
鎧の中からくぐもった鳴き声のようなものが聞こえ、デュラハンの巨体はその場にガシャン!! と崩れ落ちた。
「ふぅうううっ!! やったやったーっ!!」
「………………すごい」
無邪気なアンクスの歓声に紛れて、小さな感嘆の呟きが聞こえた。
「おぅ、やっぱお前凄ぇな! ガハハッ」
「ははは……ありがとう」
「うはーいっ!! でっかい奴倒したぜー!!」
魔物が倒れて動かなくなったと同時に、バグナとアンクスが物凄い勢いで駆け寄ってきてボウガの背中をバンバン叩く。
しかしバグナは急に真顔になり、チラッと後ろを見た後、ボウガに向けてそっと耳打ちした。
「あの馬車、どうやら【魔神族】のお貴族様のもんだ。今こっち来るから気を付けろ……」
「………………」
言われた通り、暗がりの中に三人の人影が近付いてくるのが見えた。
先ほど馬車を守っていた兵士二人。そしてもう一人、小柄な人物がいる。
手に持ったランプの灯りでぼんやりと見える姿は『魔人』の少年だった。
頭には三角のツノが左右に2本。几帳面に整えられた少し長めの金髪、背はアロよりも少し高いだろうか。
服装はあまり派手ではないが、庶民の目にも質の良いものを着ていると判断できた。
少年はボウガの前で立ち止まり、深々と頭を下げる。
「危ないところを、ありがとうございます。グールは囲まれてしまうと、身動きが取れなくなるのが厄介でしたので……」
「いえ……大したことは……」
丁寧な反応に、ボウガも頭を下げながら答えた。
「謙虚な方ですね。あの巨体を正面から倒せるなんて、相当な腕がないとできないことなのに…………あ、私の名前は『クロス』といいます。皆様のお名前をお聞きしても?」
顔を上げた『魔人』の少年、クロスは三人に向けてにっこりと微笑んだ。
「ボウガです……」
「バグナ……だ」
「アンクス、だよ」
三人とも“【魔神族】は気難しく面倒な人間”というイメージが頭に浮かんでしまい、自己紹介が何となくぎこちなくなった。
「改めて、本当にありがとうございました!」
「「「っ……!?」」」
しかし、クロスはそんな三人の様子も気にせずに、順番に両手で握手をしてきた。
――――何か、想像の『魔人』と違う……?
唯一、ボウガが知っているのは、チェリを狙ってきた『サーセンデス公爵』の息子ハゼロである。あの時は正直言って『バカ貴族』としか思わなかった。
だが、目の前のクロスはボウガたちを見て、見下すどころか丁寧な礼まで述べている。
――――そうだな。『魔人』だって色々いるよな。決めつけは良くない……。
アレとクロスを比べてしまったことに、申し訳なささえこみ上げてくる。
「皆様は旅の方々ですか?」
「あ、はい……」
「では、これから先の『カルタロック』の都へ向かわれている?」
「…………はい」
クロスはニコニコとして尋ねてくる。そこには特に悪意を感じたりはしないのだが……何故か居心地の悪さを感じる。
「あ、そうだ。もし差し障りなければ…………」
再び目の前に立ったクロスは、ボウガを真っ直ぐ見上げて話し掛けてきた。
その時、
「おい。終わったなら、もう行くぞ」
急な大声に振り向くと、アロとチェリが立っていた。チェリはまだ眠いのか目を擦っている。
「うん、ア……」
「…………」
名前を呼ぼうとすると、アロが黙って小さく首を振った。暗に“お前から俺たちの名前は言うな”と言っているのが解って、ボウガは黙ってクロスの方に向き直る。
「あぁ、他にお連れの方がいらっしゃったのですね?」
アロを見るや、クロスはエルフ兄妹の方へと歩いていった。
「魔物から、あなたのお仲間に助けていただいた者です。クロスといいます」
「うちの仲間が役に立って良かったです」
「あなた方のお名前は?」
「……名乗るほどではありません」
「ーー……」
「そうですか」
やはり『魔人』を前にして、アロもチェリも警戒の色が顔に出ている。だが、二人が名乗らなくても、クロスは気分を害した様子もなく笑顔で頷きながら応えた。
「皆様にぜひ、お礼をしたいのですが……」
「礼には及びません。我々も目的地まで、この街道を使う旅人です。魔物被害を解決するのは、旅人の義務であり助け合いの一環だと心得ております」
アロの口調がとても丁寧だ。あの態度のアロは相手を突き放すつもりの時。
相当、あのクロスという少年に警戒しているのがわかる。
笑顔のままだが、アロを見るクロスの目がすぅっと細くなった。
「では、街道を通られる方々に尋ねていることをお聞きしても?」
「何でしょうか……」
「最近、この街道で土地の魔力に不相応な『魔物』が出現するのはご存知でしたか?」
「え……」
「今、あなたのお仲間が倒した『デュラハン』がそれです。あれを見てください」
クロスが倒されたデュラハンを指差す。
「くそ、思い切り刺さってて抜けない!」
「固ってぇー!」
ぶつくさと文句を言いながら、兵士二人が刺さっていた槍を回収して鎧を分解しているところだった。
胴の部分が開かれた時、中からゴロンと何かが転がってくる。
「うわっ……」
「ーっ……!?」
「え、なに……あれ?」
地面には、犬に似た丸っこい動物が血塗れになって倒れていた。
「ーーっ!」
「あ! ちょっ…… 」
それを見たチェリが犬のところに駆け寄っていく。チェリのあとを追って、ボウガたちも近くへと寄っていく。
チェリは、もしかしたら治してあげられるのでは? と考えたのかもしれない。しかし、犬を見た後に俯いて首を振った。
クロスがチェリの隣へしゃがみ込む。
「ー…………」
「無駄ですよ。すでに事切れてます。それに助けたとしても、また通り掛かる人間を襲ってくるはずです。これは『人工魔法動物』ですから」
「人工……?」
「魔法で意図的に造られた生命体です。野生とは違い、造った人間の命令しか聞かない」
ボウガが倒したデュラハンは、この『犬モドキ』が“核”になって鎧と繋がって動かしていたという。
「クロス様、ありました!」
「ありがとう。やはり、これを時限装置にしてましたか…………」
兵士が鎧の内部から、さらに何かを見付けてクロスへと差し出す。
それは大きく割れた“水晶玉”とか“ガラスの球”のようなもの。破片には赤黒い液体がぽたぽたと滴っている。
――――これ、見たことある。確か滝のあったキャンプ場の……『デスハウンド』が出た時に見た。
滝の中に隠すように沈められていた。あの時も“水晶玉”のようなものに、謎の液体が入っていたのだ。
「この玉が割れると『魔物』として発動します。国などで合法的に訓練として製造されていなければ、禁呪とされている『魔物生成』となる魔法生命体の一つです。魔法関係なら【精霊族】の方がそういうのは詳しいとは思いますが……」
「全員じゃない。少なくとも俺の分野じゃありませんし、ちゃんとした研究者なら、人を襲うための『魔物生成』には手を出さないはずです」
「…………そうですか」
アロに話を振ったクロスは、全員の顔をジッと観察しているように思えた。
そういえば、クロスから“この街道に魔力に不相応な魔物が出る”と言われた。
どう見ても、クロスの格好は長旅をするようには見えない。
「……もしかして、この街道の魔物の中にも? それに、あなたは旅人ではないですよね?」
ボウガがクロスに尋ねると、彼はパッと表情を明るくした。初めてこちらから尋ねられたことに喜んでるみたいだ。
「申し遅れました。私はある【魔神族】の『近衛兵団』に所属しています。今回は【盟友の祭典】が行われる前後の期間、『精霊の女王』からの依頼で、担当の街道から王都までの治安を守る役目を担っております!」
やはりクロスは【魔神族】のどこぞの『貴族令息』なのだろう。
祭典に前乗りして王都に滞在し、国のあちこちを“警備”と称して観察するのが目的であるはずだ。
「この街道の責任者より、先ほどもいた『グール』、それから『ミノタウロス』『コカトリス』『アイアンサーペント』『グリフィン』などの出現報告を受けています。おそらく、この半分は人工の魔物だった可能性がありますね」
「「「……………………」」」
「すでに通り掛かった冒険者によって倒されたらしいのですが……初めてこの国に来た【魔神族】の一般人から『【精霊族】が殺しにきてる!!』とあらぬ誤解があがってしまって…………残念ながら、まだ魔物を仕掛けた犯人の目星もついてません」
「「「……………………」」」
クロスは【魔神族】の兵団員として、一般人のために街道の様子を見て回っていたという。
「皆様、魔物について何かご存知ではないでしょうか?」
「「「……………………」」」
誰も口を開かずに目を背けている。
クロスが話し始めてから、アロはチェリに、バグナはアンクスに目配せをして黙らせていた。このパーティは全員察しが良い。
全員が暗黙の了解で『え? 街道でそんなことあったの? ヤダ、怖ーい!!』というスタンスを貫こうとしていた。絶対に面倒事には関わらない意志を感じる。
「ご存知ないなら仕方ありません。私はこれから、もっと王都から離れている場所まで調査するつもりです。この街道で何かありましたら、王都にいる近衛兵団に言ってください。あ、これは私が王都に居る間にお世話になっている場所です」
クロスは小さなメモ紙をアロに渡し、その際に強引に手を取って笑顔で握手した。
「それでは皆様、本当にありがとうございました。王都まではもう少しありますので、どうかお気をつけて。このお礼は必ず!」
馬車にクロスと二人の兵士が乗り込むと、御者台で丸くなっていた男(たぶんネズミとかの『獣人』)が馬の手網を持って発車させた。
アロは馬車の発車直後は動こうとしなかった。やっと口を開いたのは馬車が見えなくなってからだ。
「あいつが貴族なら、王都で会うかもしれない……」
「会ったらマズいの?」
「今ので何か探りを入れられていたらな……」
「そう……なんだ」
アロも名乗っていなかったし、今の短時間で何を探られるのか? とも思ったが、アロだけでなくリザードマン兄弟も難しい顔をしている。
――――オレって、危機感薄いのかなぁ。
ボウガは自分の感覚に少し自信がなくなってきた。




