第31話 記憶に無い経験
現在は夕方。
街道を歩く旅人は少ない。目的地への長さを測って、もっと前のキャンプ場で早めに休んだ者が多いのだろう。
ボウガたちはその前のキャンプ場を素通りして、次の街へと向かっていた。
「薄暗くなってきたな。早めにランプ出しとくか……アンクス、荷物から取ってくれ」
「あいよ!」
「俺たちのも出すか。あ、杖の先に掛けてていいぞ」
「うん。頼んだ」
暗くなってきたこともあり、一行は立ち止まって明かりの準備をする。
今の状況は、眠ってしまったチェリをボウガが抱っこし、アロが杖に乗って移動している。バグナたちはその隣りを並走していた。
バグナたちのことを考えて以前よりは遅いペースではあったが、他の徒歩の旅人と比べればかなりのスピードである。
「もう少しで日の入りだな」
「街道沿いなら何とかなるか……?」
このまま歩いたら到着は夜中になるが、五人は少しでも街に近付く選択をした。
「夜遅くなっても水辺だけの野営より、街に隣接しているキャンプ場の方がいい。王都も近くなって、色んな奴らに遭遇してるのも気になるし」
「うん…………」
「そこで休んだら、次の日には馬車での移動になる。ここは少しくらい無理をしてでも行こう」
次に行く街が、王都へ向かう途中の大きな街では最後になる。
その街へ行けば、王宮が直接運営している馬車に乗って王都まで移動する予定だった。
再び歩き始めた時、バグナがアロに向かって恐る恐る尋ねる。
「……ってゆーか、おれらもその馬車に乗ってイイのか?」
「ん? そりゃ、一緒に行動してんだから良いに決まってんだろ」
「へっ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ」
「うはー、それって“王族の馬車”なんだろ? 何か楽しみだなー!」
バグナがホッとしたような顔をし、アンクスが鼻歌混じりにスキップをする。この二人もすっかり旅の一員になってきた。
……………………
………………
日が暮れて、街道を歩く旅人はほとんどいない。途中で街道脇の森の近くでぽつりぽつりと焚き火が見えたので、キャンプ場を目指すのを諦めて野営をする旅人が多いのだとわかった。
「暗くなってきたな……あとどれくらいだ?」
「まだ街の灯りは見えないな……」
街道の先は曲がりくねっていて、さらに森があるので先は見通せない。だが、近付いているのは確かだ。
「…………ーー」
「チェリ、大丈夫?」
「ーー……」
ボウガに抱えられ、眠っていたチェリだが目を擦りながら顔を上げた。チェリの頭にある赤い髪の毛がぴょんっと動き、チェリがピタッと動きを止める。
「ーーっ……?」
「うん? 何かあった?」
「何? どうした?」
チェリがキョロキョロとしだしたので、ボウガとアロも立ち止まって首を傾げる。
《いま……何か聞こえました……》
「へ?」
チェリが呟いたと同時に、三人の少し前に立っていたバグナたちがその場で空を見上げて固まっていた。
「……………………」
「おい、どうした?」
「…………しぃっ……」
「……?」
まるで耳を澄ますように、リザードマン兄弟が街道の先をじっと見ている。
「……この先、街道に魔物がいるぞ」
「えっ!?」
「しかも複数いる……」
いつもより声のトーンを低くしてアンクスが指摘する。
「兄貴、どうする?」
「街道にいるんじゃ避けらんねぇな。ここで立ち止まって、やり過ごすこともでき…………いや、こっちが風上か……」
街道を睨み付けるバグナに、ボウガが小さくに話し掛けた。
「風上でよくわかったな?」
「おれらリザードマンは周囲の温度に敏感だ。街道の先に不自然な集まりを感じた」
匂いだったらわからなかったが、温度ならば風の向きに関係なく周囲の異変を感知できる。
「ボウガ、どうせ進むなら、こっちからやっちまった方がいい。匂いを辿ってくる魔物なら、そのうちこっちにも来るはずだし……」
「………………」
言われて、チラリと後ろを振り返る。
ボウガたちが歩いてきた街道沿いには、別の人間たちが疎らに野営をしていた。
「アロ、チェリのこと頼む」
「わかった。チェリ、こっちおいで」
「ーー……」
ボウガが下に降ろすと、チェリはアロの側へと移動して杖に乗った。
「よっしゃ、行くぜー!」
「おい、気をつけろ!」
「……行こう」
アロとチェリを後方に距離を取らせ、ボウガと兄弟たちは走って街道を進んでいった。
灯りを持ったアンクスを先頭に、しばらく進んで街道の短い森を抜けた時に“それ”は見えてきた。
薄暗い街道だったが、今夜は満月が出ていたので開けた場所はぼんやりと浮かび上がっている。
「あれじゃないか?」
「うわっ! たくさんいる!」
「あれは……『グール』か……?」
いつか見たことがあった『グール』の集団だ。
動きは遅いが前よりも数は多く、約20体ほどが街道の真ん中に集まっていた。
――――なんか、一箇所に固まってる?
そう見えた時、アンクスが声をあげた。
「真ん中に誰かいるぞっ!?」
グールたちの隙間から、誰かが懸命に武器を振るっているのが見えた。
「襲われてる。加勢しよう」
「おうよっ!」
「はいさっ!」
グールたちは後ろから来る攻撃に気付かずに、目の前の獲物に群がろうとしていた。
三人は集団に向かって武器を手に駆けていく。
集団に辿り着くと同時に、あっという間に複数を切り伏せた。
グールが倒れたことにより、中心にあったのは小さな馬車であることが判った。
馬車を守るように戦っていたのは、長槍を持ち鎧を纏った人物が二人だけ。あとは、御者台に乗っている小柄な人物が丸まって震えているのが見えた。
『ガァアアア……!!』
『グァアアッ!!』
中心にいたグールがボウガたちに気付いたが、気が逸れて攻撃の手を休めたことで、中心にいた兵士によって倒された。
「なんだ、楽勝じゃん!!」
こちらが加勢したことにより、グールは簡単に倒れていく。
アンクスがグールの最後の一体をショートソードで切り倒したところで勝利を確信する。
しかし、
「っ!? アンクス!! 後ろっ!!」
ボウガの視界の隅、アンクスの真後ろに大きな影が突然現れる。
「へっ?」
「危ねぇっ!!」
ズガンッ!!
影の一部が大きく動いて、アンクス目掛けて振り下ろされる。
咄嗟にバグナがアンクスの首根っこを掴んで、強引に振り回して回避させると、アンクスが元いた場所には大きな鉈のような武器が街道の石畳を割って刺さっていた。
「あわわわわっ……!?」
「あ……わぁ……これ『魔物』だよな?」
攻撃を避けた二人の目の前に居たのは、身長5メートルはある『全身鎧の騎士』だった。
鎧を着てはいるが、これは確実に『魔物』である。大柄でも『人間』なら『オーク』や『オーガ』でも3メートルくらいだからだ。
「二人とも下がって!!」
反射的にボウガが二人の前に出ていった。
いつもなら、その瞬間に魔物に向かって行く。しかし今日は前に立った途端に、一瞬だけ身体が動きを止めた。
「あ…………」
別に、大柄な魔物を目の前に恐怖で固まった訳ではない。
――――オレ、この魔物とは戦ったことがない。
記憶がないのに頭の中で自然とそう思った。
だが、立ち止まったのは本当に一瞬で、ボウガはすぐに持っていた長剣を納め、腰にあったダガーとメイルブレーカーに持ち替えた。
――――……大きさならミノタウロスを倒しているし、硬い外皮ならアイアンサーペントを相手にした。大丈夫、戦える。
記憶になくても、以前に戦った相手からの応用で何とかなると考える。自分でも驚くほどに、ボウガは戦闘では冷静だった。
巨大な魔物に対峙し、ボウガはダガーを構えた。
『………………』
魔物が無言で石畳に刺さっていた大鉈を引き抜く。そして、頭を目の前のボウガの方へと傾けた。
…………………………
………………
「ブラザー、おれらは引くぞ!」
「はい、兄貴!」
近くに居れば邪魔になると悟ったバグナが、アンクスを連れて距離を取った。駆け出しとは言っていたものの、彼らは旅の間での魔物との戦闘経験はそれなりにある。危機回避能力と言ってもいい。
「ボウガ、無理すんなよ!」
「わかった!」
一応程度に声を掛けて走る。
二人はボウガと魔物から離れ、先ほどグールに囲まれていた馬車の近くへと逃げた。
そこには槍を持った兵士二人が、何をするでもなく立ち尽くしている。まるで、後から現れた魔物は管轄外だと言わんばかりに。
「…………おい、あんたらは何もしないのか? その武器は飾りかねぇ?」
「「………………」」
ぼんやりと見ている兵士たちに、バグナは思わず嫌味混じりで言い放つ。
兵士二人は顔を見合せてムッとした表情をしたが、バグナの言葉には反応せずに馬車にピッタリと張り付いて動かなかった。
よく見ると兵士二人は、頭に角のある『魔人』である。例に漏れず、この『魔人』たちも『リザードマン』はお好きではないようだ。
「……ったく」
――――おれらとボウガが助けてるのに、礼の一つもなしか? 馬車の中にも人がいるんだろうーに。
想像するに、この馬車の中には【魔神族】の貴族でもいるのだろう。
馬車の中で怯えて震えているか、高みの見物でも決め込んでいるのか…………そう思ってバグナかが馬車を睨んだ時、馬車の中からコンコンとノックされる。
『すまないが、外に出してほしい。状況が見たい』
大人の男よりも若干高いトーンの声。
兵士二人は慌てて声の主に言う。
「……いけません! 今は中に居てください!」
「そうです! まだ危険です!」
『いいえ。街道の様子を見に行くと言ったのは私です。先程も何も出来ずに、引っ込んでいては意味がない』
兵士たちに窘めるように言った声は凛としている。
――――へぇ? 中のご主人様はまともか?
バグナが何となく馬車でのやり取りを眺めていると、馬車の小さなドアが開いた。
「私も出ます。周りの援護を」
兵士たちは顔を顰めつつも敬礼をした。
…………………………
………………
――――おかしい。手応えが感じられない……?
リザードマン兄弟が下がり、魔物と一対一で向き合ったボウガだが、戦闘中に度々首を傾げてしまっていた。
ボウガは両手にダガーとメイルブレーカーを持ち、相手の攻撃を避けながら確実に一撃を加えている。
相手は全身鎧の巨体のうえ、攻撃は大鉈を振り回すだけなので動きは単調だった。だから攻撃を避けつつ少しずつダメージを与え、地面に伏したところでトドメを刺そうと思ったが上手くいかない。
以前戦ったミノタウロスは、この方法であっさり倒せた。
この魔物の硬い鎧も、装甲の継ぎ目や節をメイルブレーカーで刺していけば、アイアンサーペントの時のように確実に弱らせることができるはずだった。
しかし、メイルブレーカーで刺しても中身に届いてないような気がする。
――――何で、効かない? それなら……
少々骨が折れるが『急所』を狙う。
そう考えると、ボウガは相手との間合いを一気に詰めた。
魔物は急に攻撃範囲に入った相手を仕留めようとして、慌てて大鉈を振り回したのがわかる。雑な攻撃を躱し、降ろされた腕を踏み台にして跳躍した。
ヒュッ! と勢いをつけて跳んだ先は魔物の顔面であり、その首元……鎧兜の隙間からメイルブレーカーを突き刺した。そして、それを横へと滑らせて引き抜く。
ガチンッと音がして、兜の金属の一部が欠けて落ちた。
普通ならば、今の一撃で『鎧の中身』の首はほとんど掻っ切られているはずだ。
「…………?」
だが、地面に着地したボウガは腑に落ちないような表情だった。
――――やっぱり、手応えが無い……?
まるで空振りをしたような。
メイルブレーカーの刃先を見ると、血も肉も何も付いていなかった。
『………………』
ガシャン!
鎧の魔物の頭が地面に立つボウガの方を向いて、何事も無かったように一歩前に進み出る。
「…………“中身”が……無い?」
いくら刺してもダメージが与えられていない。考えられることは“鎧の中が空洞”だということ。
――――これ、何で動いているんだろ? 困ったな…………どこを攻撃したらいいんだろ?
再び振り下ろされる大鉈を避けながら、恐怖よりも目の前の魔物の仕組みが気になる。不思議と負ける気もなく、倒し方を模索しながら動き続けた。
だが、鎧の魔物の攻撃はいくら待っても衰えない。
「参ったな……さすがに疲れるかも」
月明かりの中で攻撃を避け続けるのにも限界はある。しかしまだ、相手の弱点が見つからない。
途方に暮れかけた時、
「そこ、動かないでっ!!」
「えっ……?」
掛けられた声と同時に後方から眩い光が放たれた。




