襲来(まさかこんな時にとはね)
その日は、朝から刃の様子がおかしかった。落ち着きなく動き回って苛々してる様子もあった。
「どうやら出産が近いようですね」
エレクシアに言われて、俺も「やっぱりか」と返していた。明を産んだ時もこんな感じだった。
と思うと、何だか密の様子もおかしい。
「こちらもですか」
おいおい、二人同時かよ…!
野生で出産する二人は、人間の出産ほどはつきっきりでなくてもいいし、傍に俺がいると逆に牙を剥いたりするので俺は手伝えなかった。雄がいると邪魔というより、危険だからだろう。特に刃の種族の場合は共食いの可能性もあるし、それを警戒してるものと思われる。
悠の時には見守ったりもしてたが、それもあくまで離れたところからだったし、夫である力も何をするでもなくただ周りを泳いでいただけだった。まあそれについては外敵を警戒してというのもあるのか。
なので俺も、宇宙船の外で見張りをする。という体で外に出た。
今日は、エレクシアとセシリアがそれぞれ密と刃に付き添うことになるだろう。水中出産になる悠を除けば皆、安全を考えて宇宙船のキャビンを分娩室として使ってる。だから二人はむしろ安全だ。
とは言え、こっちも、もし危険な動物が近付いて来ればエレクシアが対処してくれるから心配は要らないがな。それでも一応、光を見守りながら監視カメラの映像をタブレットに映し、警戒はする。
だがその時、密林の中で蠢く影が見えた。背筋を固いものが走り抜ける感覚がある。一瞬だったが間違いない。ボクサー竜だ。まったく、こんな時に…!
俺はハンドガンの弾丸を確認し、それを構えてボクサー竜の姿が確認されたカメラの方向に銃口を向けた。
と、俺の背後で、「シャーッ!!」という警告音が。鷹と翔の声だった。たぶん、ボクサー竜の気配を感じたんだろうなと思って、ちらりと視線を向けると、二人は俺が銃口を向けているのとは全く別の方向に向かって威嚇をしていた。
『まさか、陽動…!?』
俺がそう思った時には既に、鷹が宙を舞っていた。翔はと見ると、ローバーの上で翼を広げて牙を剥いて、威嚇のポーズをとっている。
再び鷹に視線を戻すと、木の上から地面に向けて急降下するところだった。
「ギャイッッ!!」
金切り音のような悲鳴が密林の中から届く。鷹の声じゃなかった。とホッとした瞬間、俺の視界の隅に何かがよぎる。だから反射的に引き金を引いていた。
「ギャンッ!!」
こちらからも先程のと似たような悲鳴が上がった。木の陰でのた打ち回る姿が見える。毛の生えた恐竜のような姿。まぎれもなくボクサー竜だった。




